伝説の機体扱いされてて気まずい
ヴォルフ傭兵団の駐屯地はいつも騒がしい。
居住区における寝室の防音機能が優秀であるため、寝ているやつを起こさないのならばいつでも騒いでもいいだろう、というのが傭兵たちの考えだ。
実際、戦闘が深夜に行われることもある。
戦闘時、傭兵たちはリンクベースに集う。
リンクベースには何十ものブースが並んでいた。
各ブースの中では、パイロットたちがまるで本物の戦場にいるかのように機体を動かしている。
ブースとは、遠隔で機体を動かすためのコックピットだ。
ブースから出てきたグレンがVRゴーグルを外すと、すぐに声をかけられる。エンジニアのニコだ。
機体の修繕費、あるいは扱いが雑であることの叱咤か、とグレンが身構えるも、ニコの顔は明るい。
グレンは珍しく、今回はほぼ無傷で帰還できたことを思い出した。
「今日のスクラップ担当はグレン?」
「ああ。あとでデータを送るけど、破壊率を更新したんじゃないか? 俺が『スクラップをスクラップにしたランキング』1位に輝く日がついに来たか」
「ランキングが変動しようとスクラップは変わんないよ。どうせ明日には何事もなかったかのように修繕されてるって」
「何事もなくはないだろ、毎回形は変わってんだから」
スクラップ、というのは敵機体につけられた愛称だ。
どの汎用機体にも似ていないその姿は、戦場では常に目立つ。
名付けの理由は単純で、屑鉄にしか見えないからだ。
戦場に現れる度わずかに、あるいは大きく姿を変えるが、屑鉄のパッチワークのような全体像は変わらない。
廃材置き場の鉄屑が勝手に動き出したかのような不気味な見た目を恐れる者も多いが、機体を破壊された実際の経験からスクラップを恐れている者のほうが、もっと多い。
次にどんな動きをするかまるで読めないため、スクラップによってスクラップにされてきた機体の数は数えるのが嫌になるほどだ。
スクラップの正体は、天気の次にポピュラーな話題となっている。
杜撰に扱われて来たガラクタが固まって動き出した機体の幽霊だとか、A07が唯一隠し持っている超性能の機体だとか、引退した伝説の傭兵が家族を人質にとられて働かされてるだとか、皆好き勝手に噂している。
ヴォルフ傭兵団が手を貸しているこの抗争に決着がつくその日までは、スクラップの正体は明らかにならないだろう。
もう3年だ。これほど長く同じ戦場で戦うのは、ヴォルフ傭兵団にとっては珍しいことである。
ヴォルフ団長は長期化する戦場を嫌う。
傭兵は根を張るべきではないという古臭い考えだが、新しい土地を旅するのが好きなニコには有難くもあった。
誰もがすぐに終わる抗争だと考えていた。
A07の物資不足と治安の悪化は知らない者がいないほどだし、B29の領土拡大は破竹の勢いだ。
A07は名前ごとなくなるだろう、というのが皆の見解であった。
しかし、現実にはそうなっていない。
その原因は、たった一つと言っていいだろう。
スクラップだ。
異常に強いひとつの機体だけで、A07は戦線を保ち続けている。
「中に人が入ってると思う」
グレンとニコは場所を移し、カフェスペースまで来ていた。
コーヒー片手に、ニコは今日も飽きず、自説を提唱する。
この説を支持している者は少ない。
戦争に有人機が使われていた時代は久しく、傭兵たちの誰も博物館以外で戦闘用の有人機を見たことがないからだ。
機体を操作する兵士を育てるにはコストがかかる。
戦闘の度にすぐに死んで消耗しては効率が悪い。そもそも誰が死にたいというのか。
ナノ導線を介した有線制御のリアルタイム制御機体に始まり、今では高速通信技術を使い、無線無人機は遠距離における操作でもラグをほぼゼロに近づけている。
だがゼロではない。直接操作した方がより繊細に動かせるはずだ――少なくとも理論上は。
大企業が新しく制作してるプロトタイプ機体、という説を支持しているグレンは、ニコの説を一蹴した。
「さすがに無人機でしょ。というか俺は自律思考型AI搭載、パイロットなしの完全独立無人機だと思ってるから」
「いーや、無人機だとしたら無駄が多い。中に人が乗ってないと胸部の装甲あそこまで厚くしないと思う」
レンチを握りながら、ニコがグレンの言葉を否定する。
だがエンジニアとしてのニコのように、グレンにもパイロットしての意見があった。
「そりゃ、そこにコアがあるんだろ? 意表を突くためにコア部分を移動させて場所を読ませないのが一般的になりつつあるけど、元々は破損しにくい中央部分にコアを置くのがスタンダードだぜ」
コアとは、機体における重要機関の集まりのことだ。ここを破壊されると機能が停止する、機体における心臓部分である。
無人機を開発するエンジニアとして、見過ごせない発言だった。
ニコはエンジニアの道に身を投じてまだ日は浅いが、それでもパイロットのグレンよりは詳しいという自負があった。
「意表を突きたいなら、そんなにわかりやすく装甲付けないでしょ」
「ま、囮って可能性もあるな。現に、俺たちがここまで議論してるんだから、攪乱の目的なら十分に果たしてる」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。
パイロットにはパイロットなりの見地があるというわけだ、とニコは納得した。
「今日のスクラップには、胸部付近にかなり損傷与えたけど、普通に帰ってったからなあ。中に人がいるなら、今までに何度か死んでるだろ」
「何度か死んでるのかもね。パイロットが死んだら自動帰還機能が作動」
「嫌なこと言うなよ。知らない間に人殺しになってても牢獄行きになるのか?」
まず、見た目はしょぼいが、おそらく汎用機以上の高性能機体であろう、というのは皆の意見が一致している。
そのうえで、中に人が乗っていなければ不可解な動きをしている、とニコは判断した。
無人機での戦争が一般的な戦場で、中に人が乗る意味は分からない。
性能が上がるかどうかさえ不鮮明だし、操縦者が死んでしまっては元も子もない。
機体を操作できる人材を無駄に消費する、非効率的な投資だ。
なによりこの紛争は、命をかけるほど重要なものとはとても思えない。
「スクラップの性能、現代の技術を越えすぎなんだよ。人間至上主義を唱えたくなる。あれが機械としての性能なんだったら、私たちにも再現可能なわけ。そんなの無理だよ」
これだけのことができる機械など作れるわけがないから、人間の仕業だと思いたい。
だがグレンは真逆のことを、パイロットの立場で考えていた。
「あれだけのことができる人間はいない。最高クラスの機械による補助か、そもそも人間の補助なんざ要らないレベルの高性能AIが操作してないとおかしいんだって」
「そんなんもうオカルトだよ。オーパーツの話?」
「じゃ、オーパーツを使った無人機だ。古代文明が作った制御AIが、人知を超えた性能を実現」
「私はオーパーツ使った有人機に一票だね。中に超文明を持った古代人がいる」
「団長は?」
通りすがったヴォルフにグレンが話を振ると、鍛錬が終わったばかりだったらしい団長が、タオルで汗を拭きとりながら答えた。
「超能力者が操作してる」
「古代人とどっちがありうるかな?」
「どっこいじゃん?」
3年も同じ話題で話していると、どんどん話が突飛なものになっていく。
最初は「粗悪な機体でもあれだけ動かせる凄腕の傭兵がいる」くらいしか言っていなかったヴォルフ団長でさえ、超能力者などと言うようになるほどだ。
ラテの入ったマグを揺らし、揺れる茶色の水面を見ながら、グレンはヴォルフの考えを噛み砕いた。
「超能力者ね。スクラップに考えを読まれてるんじゃないかなとは思うのはしょっちゅうだけど、脳波を読み取る超性能スキャンが搭載されてるってほうがまだ現実的だな」
「心を読む機械の製造がどれだけ難航してるかを知らないからそう言えるんだよ」
「機体は脳波で動かせんのに?」
「指一本動かす神経の活性を読み取るのと、どうしてその指を動かそうかとしている理由を読み取るのではまるで意味が違うんだよ、グレン」
ニコは再び、テクノロジーに過大な期待を抱いているグレンを否定した。
グレンは大人しく両手を上げて降参した。
エンジニアに勝てるパイロットはいない。機体の命を預かっているのはエンジニアだ。
機体はパイロットの命を預かってはいないが、機体が壊れればパイロットに修繕費用が請求される。
破損しなくともメンテナンスが必要だし、エンジニアはパイロットにとって生命線だ。
嫌われれば金額が吹っかけられるかもしれない。
傭兵団に所属している以上、悪徳商法が行われることはないが、逆に言えば割引やサービスは存在する。
ウォーターサーバーから汲んだ水を飲み終わったヴォルフは、スクラップについての所見を述べた。
「戦う相手が何を考えているか、パイロットならば多少は読める。こちらのどこを破壊したいのか、持久戦に持ち込みたいのか、破壊されたくない場所はどこか――スクラップはそれを隠すのが上手い。テレパスで心を閉じているのか、あるいは我々とはまったく違うものを見ているのか」
「俺は相手の思考なんて全然読めないっすけどね」
ヴォルフほどの腕となれば、相手の心が読めるらしい。
もっと素晴らしい使い手ならば、超能力者と見まごうばかりの力があるということなのかもしれない、とニコは思った。
ともかく、今のニコの興味はスクラップだ。今というか、この3年ずっとそうだった。
あの機体を目にした時、この傭兵団に入って良かったと心底思ったのだ。ニコはヴォルフへ激励の言葉をかけた。
「次のスクラップ担当は団長ですよね? 今度こそ正体見抜いて帰ってきてくださいよ」
「努力はしよう」
スクラップ担当とは、ヴォルフ傭兵団の中でも成績の良いパイロットに割り振られているシフト制の役割である。
スクラップを相手にすると、こちらの損害が大きい。できれば相手をしたくないし、そもそも相手ができるほどの技量がない場合もある。
だからヴォルフ傭兵団では、スクラップを見たら逃げて良いことになっている。スクラップには懸賞金がついているため、一発逆転にかけて無謀にも戦いを挑む者の方が多い。
今ではスクラップを討ち取ったとて、今までの自分の機体の修繕費を払いきれない者もいるだろう。
しかしヴォルフ傭兵団には、無謀な博打打ちが多いのだ。
通りがかっただけのヴォルフは去っていったが、お喋り好きのグレンと、スクラップ好きのニコの議論はまだ終わらなかった。
「操作担当が1人じゃないだろうってのは言ってる人多いね。両手足の動き全部独立してるし、パイロットが4人いてもおかしくないな」
「あの機体の中に4人詰められんなら、サーカスのほうが稼げるだろ」
「古代人は小さいのかも」
「俺たち毎日妖精さんたちを虐めてんのか? 心が痛むぜ」
「虐められてる、の間違いじゃない?」
「確かに。今日も腕一本持ってかれかけた」