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医者の言うこと無視しちゃって気まずい

 俺はちらりと、部屋にある時計を見上げた。

 数字が読めるようになったので、時間も正確に理解できる。

 そうでなくともアナログ時計の仕組みは元の世界と一緒なので、針の位置で時間はわかる。


 食事の時間だ。

 もちろん、俺は点滴だが、本来なら俺のきょうだいが、食事を持って見舞いにくる時間だった。


 誰も来ない。

 俺は掛け布団を跳ね除けて、ベッドから飛び降りた。

 飛び出さんばかりに目を見開いたユリウスの脇を通って、病室の外に出る。


「ごめんユリウス。シセルがしんぱいだ、さがしにいく」

「待て待て待て! おいお前なんで立てんだよその体で!?」


 今日の順番はシセルだ。

 シセルは小柄だ。幼いトトとナギと、同じくらいの体格しかない。

 それが理由でいじめられているのかもしれない。


 まずはマルコを探すべきか。

 テレパスで探し人の位置がわかるはずだ。

 俺の思考も聞いているかも。それでシセルの危機に気づいてくれればいいが。


 部屋を出てずんずんと廊下を進む。

 腰にしがみつくユリウスが邪魔だが、無視できる範囲だ。

 幻覚にしては重すぎるから、これは本物だろう。

 新しい区別の仕方を学んだな。持ってみて重かったら本物だ。


「力が強すぎる! ありえねえ! お前自分の筋力でスクラップ動かしてたのか!?」

「そんなわけないだろ」

「わかってるわアホ!」


 すれ違う人々が、みんなぎょっとしながら俺たちを見ている。

 こんなことして、大人として恥ずかしくないのかな、ユリウスは。


「てめっ、医者の言うこと聞けねえのか!」

「シセルがおれみたいにころされかけてたらどうする? それはいしゃのりょうぶんじゃないな?」

「ぐうう……!」


 未来視で、傍を通る人々がユリウスに手を貸し始めた。

 チッ、さすがに2人以上を相手にするとなれば俺が不利だ。殴って解決するわけにもいかない。

 こういうときリサがいれば交渉でなんとかなるのに、と思った矢先、リサが走り込んできた。


「兄さん、シセルは今来るわ! だからベッドに戻って!」

「わかった」


 聞きたいことは聞けた。それで充分だ。

 俺は病室への道を戻り始めた。

 帰りもユリウスを引きずらなきゃいけないのかと思ったが、ユリウスは手を放し、ぜえぜえ息を切らしながら、俺の隣を歩いてついてきた。


「くっそこいつ、妹の言うことならすぐに信じやがって……!」

「ユリウスがおなじこといっててもしんじたよ」

「この野郎……!」


 なぜ睨まれなきゃならないんだ俺は。

 もしユリウスがシセルの無事を知っていて、それを俺に伝えたというのなら、俺だってこんな無茶はしなかった。

 そうしなかったのは、ユリウスだって無事を知らなかった、あるいは知っていたくせに教えなかった口下手のせいだろう。


 ベッドに潜り込みながら、俺は疲れからくるため息をついた。


「はー。ユリウスがおれにむちゃをさせたんじゃないか? むだにちからをつかった。つかれた」

「ぶん殴りてえ……!」

「てんてきのりょうをふやすか、けつあつとしんぱくをさげるきょかがほしいな。からだのなかの、エネルギーがたりない」

「電化製品と喋ってる気分だ」


 それが褒め言葉なのか罵倒なのか、俺には判断できなかった。


 遅れて部屋にやってきたリサが、額の汗をハンカチで拭いながら言う。


「兄さん、ごめんなさい。私には外せない商談があって、マルコは突然倒れた急患を運び込んでいたみたいで、すぐにシセルを呼びに行けなかったの。シセルは集中すると、途端に周りが見えなくなるから、こうならないよういつも私かマルコが迎えに行っていたんだけど、今日はそれがうまくいかなくて……」

「いつもありがとう」

「いいのよ。私たち、いつだって助け合ってきたでしょう」


 俺の妹って本当に最高だ。

 兄ちゃんとして誇らしい。


 続いてマルコが、紙の束へ夢中になっているシセルを抱えて走り込んできた。

 息すら切れていない。さすが俺の弟、兄ちゃんとして誇らしい。


 マルコがベッド脇の椅子にシセルを座らせて、リサがいつの間にか持ってきていたシセルの食事をテーブルに置いた。


「私は商談に戻るわ。これが上手くいったら、兄さんの治療費が一括で払えると思う」

「むりしないでな」

「ええもちろん。こんなのとっても簡単だわ。外の地区の人たちって、とっても純朴なのね」


 リサの笑顔は美しい。

 相手がロリコンだったらどうしよう。そっちに殴り込む準備もしておくべきだろうか。


 マルコに流し目すると、ぶんぶんと首を横に振っている。

 相手は正常な人間ということか。ひとまず安心だ。


 去り際、マルコは何度も振り返って、俺のことを心配に思った。

 申し訳ない。心配をかけるつもりはなかった。

 マルコたちのことを信頼していないわけでもなかった。


 だが心配だったのだ。

 俺はさほど優秀な兄ではない。

 完璧じゃないからこそ、常に全力で努力しないと、大切なものを取りこぼしてしまう。


 抱えていた紙束から顔を上げたシセルは、嬉しそうに俺へ報告してくれた。


「兄さん聞いて! 新しい設計が思い浮かんでね、まだ試験段階なんだけどニコにもほめてもらった!」

「うん。うん。よかったね」


 いつも通り、いや、A07にいた頃とは比べ物にならないほど元気なシセルが見れて、俺は安心する。


 だが、ユリウスは真逆だったようだ。

 険しい顔をして、シセルに言う。


「おい。てめえの兄の主治医として、お前に言っておくことがある」

「……なに?」

「お前のせいで、アッシュの健康は損なわれた。退院から一歩遠ざかった」

「えっ」


 シセルはぎょっとして、持っていた紙を全部ばらまいた。

 俺は慌てて間に入る。


「ユリウス、ごめん。でもシセルのせいじゃ……」

「いいや。こいつのせいだ」


 ユリウスは断固としてそう言った。


「こいつはきょうだいのためなら命張れる男だ。それはわかってるな?」

「うん」

「お前が時間通りに来なかったから、お前が危険かもしれねえと思って、アッシュは無茶して助けに行こうとした。無茶すりゃ元気になれねえ。わかるか」

「……うん」

「お前らが前いた場所でもこいつは同じことしてきたんだろう。お前はそれでいいのか?」

「……よくない」


 自分でばらまいて、散乱した紙をじっと眺めながら、シセルは言った。

 紙には緻密な図形が書かれている。

 シセルは俺と同じで文字が書けないし、読めない。

 今覚えている途中だと聞くが、それでも設計図がこれほど書けるようになっているなんて、兄ちゃんは誇らしいぞ。


 今まで俺たちは、自分の頭の中でしか設計図を作ってこなかった。

 誰に見せる必要もなかった。

 必要なのは理想形ではなく、完成した物品だけだったからだ。

 ここでは違う。それを喜ばしく思う。


「こ、ここなら、お兄ちゃんより私の方が稼げると思った。だからお兄ちゃんのかわりできると思って、で、でも、私お兄ちゃんの足引っ張って、また、前と変わらない、これじゃ」


 シセルの目に、どんどん涙が溜まっていくのが見え、俺は慌ててシセルを抱きしめた。

 妹にこんな無茶をさせるなんて、兄失格である。


「なかないで、シセル。ありがとな、にいちゃんうれしいよ」

「う、うええ~ん」


 け、結局泣いた。シセルの泣き顔を見るのはいつぶりだろう。

 A07地区から出たらもっとみんな幸せになれるかと思っていたのだが、こっちに来てからの方が泣き顔を見ているかもしれない。心配になって来た。


 ついのんびりしてしまっているが、俺だっていつまでもベッドにはいられない。

 ユリウスを説得して働きに出るべきか。


 シセルが泣き始めたことで、ユリウスの説教相手は俺にスライドした。


「アッシュ、お前はきょうだいを甘やかしすぎだ。こいつらみんなやればできんだよ。全部代わりにやってたら一生独り立ちできねえぞ」

「う……!」


 ユリウスの言うことはもっともだ。もっともだけど、でも、その。

 腕の中のシセルを、もう少しだけぎゅっと強く抱きしめる。


「し、シセルはまだこんなにちいさいのに……!?」

「体格は平均以下だが、頭はとっくに大人より出来上がってるよ」

「ならまもってやらないとだろ……!?」

「なんでだよ」

「おとなとたいとうであろうとしたら、たいかくでまける」

「あのな、大人ってのはすぐ殴り合ったりしねえんだよ」

「うそをつくな……!」

「ええ……」


 俺はぎゅっと口を引き結んで、一度言葉を飲み込んだ。

 言葉が強すぎた。これはいけない。

 一度深呼吸して、心を落ち着ける。冷静に話そう。


「ごめん。ユリウスのおもうおとなは、そうなんだな。だが、おれのしるおとなは、そうじゃない。このようへいだんの、ひとたちを、ばかにしたわけでも、ないんだ」


 俺はユリウスの素朴な正義感を好ましく思っている。

 だが、それは俺の常識とは異なる価値観だ。

 ユリウスがA07にいたら、夜を明かすこともできないだろう。


「おれとユリウスの、じょうしきが、かなりちがうことは、わかってるだろ?」

「そうだな」

「あわせるのに、じかんがかかるのは、ゆるしてほしい。こればかりは、けつあつや、しんぱくのように、そうかんたんには、ちょうせいできない」

「血圧や心拍を完全にコントロールできるのもキモいけどな」

「ええ……!?」


 キモがられてちょっと本気でショックを受けてしまった。

 ふ、普通に特技だと思っていたのだが……!? これ欠点だったのか……!?


「や、やらないほうがいいのか……? でも、じぶんでからだを、かんりしていないかんかくが、わからないから、すこしじかんがかかる。どりょくのほうこうせいも、ふめいりょうだし」

「全身マニュアル操作なのか、てめえは」


 そういうチートを授かって転生したのだという認識だ。

 機体を操作できる。自分の体も機体のようなものだ。

 自分の体のパイロットは自分だから、チート級に操作できる。


 だが機体(からだ)の性能はそれほどチートでもない。

 衰弱はするし、死にもする。


 不死身のチートがよかったな〜。

 そしたらもっと無茶やれたのに。


 相手が無人機だとわかっていれば、爆弾背負って自爆するだけで戦闘が終わる。めちゃ楽じゃん。


 敵を倒すだけなら簡単なのだ。

 生きて帰るのが難しい。

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― 新着の感想 ―
傭兵団のライブラリにあるかわかんないけど、常在戦場PTSDマンの復帰プログラムでちょっと力足らずくらいでいいんでないの そしてひたひたと忍び寄る最大の苦痛、きょうだい離れ
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