第八話
リルは、身体を起こした。
気配が、しない。ラッシュの気配が……
「……ラッシュ……」
小さく呟く。
両親がいなくなった時も、こうだった。
両親は……
否。
自分の故郷にいる者達は皆、人々を苦しめ、魔物を操る『魔王』を、神様の様に崇めている者達だった。両親は、そんな故郷の人々とは違い、人を苦しめる存在を何故崇めるのか、と疑問に思っていた。それが故郷の人達の逆鱗に触れ、両親と自分達は故郷から追放され、森の近くの街で暮らしていた。だが……
自分達が、魔王を崇める者達だという話が何処からか広まり……
人々は、自分達家族を、『魔王の手先』と断じて追い立て、街から追い出した。
さらにリルは、両目を潰された。
『魔王』なんて、自分は知らないのに。
自分は、魔王の事を崇めてなどいないのに。
痛みの中で……リルは涙と血を、同時に流していた。
そして。
闇の中に閉じ込められたリルを、街の者達はこの打ち捨てられた小屋に放り投げて去って行った。
自分はこれから、どうなるのだろう?
リルは、そう思ってただ……
ただ、身体を震わせていた。
かなりの血が流れ、このままでは死んでしまう、その恐怖だけがリルの身体を震わせていた、死にたく無い、生きていたい、このまま孤独に……
孤独に、死にたく無い。それだけを思いながら、リルは闇の中で必死に『生きたい』とだけ唱え続けた。
その祈りを聞き届けたのは……神と崇める『魔王』だったのか、或いは他の神なのかは解らない。だけど、気がついた時……リルは闇の中で、それでも意識を取り戻していた。
だけど。気がついた時。
リルは、暗い闇の中にいて。
近くには誰もいない。父も母もいない、何処へ行ってしまったのかは解らない、目が見えないせいで、何処を探せば良いのかも解らない、とにかく近くを必死になって手探りで探したけれど、両親の声も聞こえず、気配も無い。誰か……
誰か、来て……一人に……しないで。
リルは、両目から血とも涙ともつかないものを流しながら……
それだけを、必死に願った。
それからどれくらいの時間が過ぎたのか、もうリルには解らない。
とにかく、手探りで周囲を探り、ここがどうやら何処かの小屋の中であることや、外には森が広がっている事、そして小川が流れている事だけは、どうにか解った、必死に音のした方に走り、小川に近づいて水を飲み、近くに生えている草を摘んでは食べ、どうにか生き延びてきた。だけど……闇の中で一人で生きる事は、何も変わらない。
もう涙も涸れ果てたある日……今日も孤独に震えながら眠りに落ちた、この目になってから、昼も夜も解らず、とにかく疲れたら眠り、意識を取り戻す、という事が続いていた。
もう自分は……ずっと、こうやって生きていくのだろう。そう思いながら、手探りで小屋の中を歩いていた時だ。
何かの気配がした。
両親が、戻って来てくれたのか? そんな風に思ったが、その雰囲気は明らかに違う、随分と小さく、弱々しい、歩いていた時に、身体が何処かの壁に当たり、かたん、と小さい音がした、だがその気配の主は、その音も聞こえていないのか、ぴくりとも動かない。
その気配の主に近づき、そっと触れて見る。ふわふわとした毛並みが、手に伝わって来る、両親、どころか人間では無い、見えないせいで解らないが、猫か、或いは犬の様な動物だ。手を伸ばして、そっと優しく抱きしめてみる。温かい……もう、ずっと感じられないと思っていた温もりが……リルの腕に伝わって来る。リルはそっとその動物を撫でながら、心地良い温もりが伝わって来る。
そのまま、心地良く……
本当に久しぶりに、心地良く眠れた。
そうして小屋の中に現れたその動物、見えないせいで何なのかはまだ解らないけど、その動物にラッシュと名を付けた。ラッシュだけは……自分と一緒にいてくれる、と思っていたのに、どうして……
どうして、ラッシュまで……
そんな風に考えていた時だ。
がたんっ、と音がする。
「……ラッシュ?」
リルは、そちらの方に向かって声をかけた、もしかして、帰って来てくれたのか? そう思った。だけど、次に聞こえて来たのはドカドカと、乱暴に小屋の中に入って来る足音だった。