表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔犬と少女  作者: KAIN
第二章
5/11

第五話

「ラッシュ、危ないから、貴方は逃げて」

 リルは言いながら、ラッシュの身体を離してばっ、と走らせようとする。そのままくるりと熊の魔物の方を振り返り、両腕を広げて熊の魔物から自分を庇う。

 熊の魔物が、ゆっくりとリルに近づいて行く。

「……ラッシュ……」

 リルが小さい声で言うのが聞こえる。魔物の聴覚のおかげで、その小さい声ははっきりと聞こえた。

「貴方だけは……私の側にいてくれたね」

 リルが言う。

 彼女はそのまま、ゆっくりと振り返る。

 潰れた両目で……

 それでも彼女は、穏やかに微笑んだ。見えているはずが無いのに。彼女は真っ直ぐに自分を見ていた。

 その真っ直ぐな眼差し。

 ラッシュは、思い出す。

 魔王が自分を見てくれた時の事。

 この少女が自分を見てくれた時の事。

 自分は、この少女に魔王を。

 主君の姿を、見ていた。

 違う。

 彼女は自分を助けてくれたし、優しくもしてくれた、今だって、自分の為に、見えない目で、それでも食べ物だけを確保しに来てくれたのだ。

 そんな彼女を。

 自分は、また助けられないのか?

 また、守れないのか?

 そんな……

 自分はそんなにも、情けない奴だったのか?

 違う。

 自分は……

 自分は。

 もう二度と。

 大切な存在を、失わない。

 今度こそ。

 今度こそ、守るんだ。

 気がつけば、ラッシュは走り出していた。魔力は、まだ少ししか回復していない。

 だけど

 走りながら、前脚を振り上げ、そこに魔力を込め、前脚だけをかつて魔王の側にいた時と同じ状態に戻す、子犬程度のそれだった前脚は太く、逞しくなり、爪は鋭く伸びる、そのまま跳躍し、熊の魔物の頭に向けて振り下ろす。

 ぐしゅり、と鈍い水音がして、そいつの頭が胴体から斬り飛ばされる。ぐるぐると弧を描いて飛んで行く熊の魔物の頭は、そのまま離れた場所にある藪の中にがさり、と音をたてて落ち、見えなくなった。

 残った胴体が、どさり、と地面の上に倒れ、斬り落とされた首の部分から、赤黒い血が流れ出す。

 ラッシュは、リルの方を振り返る。

「……ラッシュ? いるの? ラッシュ?」

 リルが、慌てて両手で近くの地面をまさぐりながら自分の名を呼んでいた。

 ラッシュは、リルにゆっくりと近づいて、その手に自分の頭を触れさせた。

「ああ、ラッシュ、大丈夫なの?」

 ラッシュは、安心させるように小さく吠えた。

「良かった、ラッシュ……」

 ぎゅっ、とリルがラッシュを抱きしめる。

「貴方まで、私の側からいなくならないで……」

 リルが小さい声で言う。

 側から……

 いなくなる?

 ラッシュは、自分を抱きしめるリルの頬に自分の頬を押し当て、頬ずりをする。

「……ラッシュ」

 リルは、泣きながら言う。ラッシュは、慰める様にリルに頬ずりをしていた。


 ややあって。

 リルの腕から離れ、ラッシュは倒れている熊の魔物に近づいた。魔力を回復する為に、どうすれば良いのか。それは知っている、ラッシュは熊の魔物に思い切り食らいついて、肉を食いちぎる。久方ぶりに味わう血と肉の味……ラッシュは自分の身体に、力が漲るのを感じていた。

 そうだ。

 彼女の過去に何があったのかは知らない。

 だが……

 今、彼女の側には自分しかいないのだ。

 ならば……

 自分が、彼女を守る。それが……

 それが一体、どういう理由なのかは……

 まだ、解らないままだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ