第二話
どぼんっ!! と音がする。魔王城の裏手は、大きな谷になっており、その谷底には激流が流れている。魔物はそのままどんどんと川を流されて行く、時折水の中から顔を出し、何処かに飛び移れる場所は無いか、と探すが、激しい川の流れのせいで、飛び移れるような場所が無い。今、どの辺りを流れているのかは解らない……だが……
魔王城からは、どんどんと離れている。
それだけは、魔物にも理解出来た。
水から顔を出し、せめて自分の居場所を『魔王』に伝えようと吠えるが、もちろんそれが『魔王』に届く訳が無い。魔物は悔しげにぐるる、と唸る。
そして……
魔物は、そのまま意識を失った。
どれくらいの間、意識を失っていたのだろう?
解らない。
だけど……
気がつけば、魔物は水の中では無く、固い地面の上にいた。ゆっくりと身体を起こし、周囲を見回す。
さわさわと音が響いた、伸びた草が、風に揺られて音をたてていた。どうやら川の近くの草原らしかった。ゆっくりと背後を振り返る、さっきまでの激流とは打って変わった穏やかな川が流れていた、どうやら流れに流され、すっかり下流の方に来てしまったらしい、魔物はゆっくりと川に近づき、水面に自分の姿を映し出す。
自分の身体は、すっかり『力』を失い、魔王の側に侍っていた時とはまるで違う、まるで子犬のような姿に変わっていた。右の目が完全に潰れており、視界が塞がっていた。
だけど……とりあえず自分は……
まだ、生きている。
右の目の再生には、まだ少し時間がかかるが、数日もあれば多分戻るだろう。だが問題は、この小さくなってしまった身体だ、この姿では、人間達ばかりでは無く……顔を上げて周囲を見回す。川の向こう側には、鬱蒼とした森が見える、ここが何処なのかは知らないが、どうやら森の中の開けた場所らしい。離れた位置に、木製の小屋が見える。
魔物は、その小屋に向かってゆっくりと歩いて行く、近づくにつれて、小屋は小さく、あちこちが苔に覆われ、汚れている事が解って来た。
これなら隠れ場所としてはちょうど良いかも知れない。魔物はそう思った、この小屋は多分人間が造ったものだろうが、こんなにも汚れているのだから、どうせ中には誰もいないだろうし、きっと誰も来ないだろう。壁にはご丁寧に穴が開いている、魔物はその穴からするり、と中に入った。
そのまま小屋の真ん中まで進み、身体を床の上、というよりも板が剝がれてむき出しになっている地面の上にそっと横たわった。
すうう、と息を吐く。
魔王は……
自分の主は、どうなってしまったのだろう?
解らない。
否。
解っている。
魔王は恐らく……
恐らく、もう……
魔物は目を閉じた。目から涙がぽろり、とこぼれ落ちる。魔王は……
魔王こそが、自分の唯一の主君であり。育ての親でもあったのに。
その親を、主君を、自分は守る事が出来なかった。ずっと……守りたいと思っていたのに。魔物は目から涙を流しながら、主の事を思い出して泣いていた。
それから……
どれくらい泣き続けていたのか解らないままに……魔物はゆっくりと……
ゆっくりと、眠りに落ちていく。
かた、と微かな音がする。大方風に吹かれて小屋の壁でも揺れたのだろう、そう思って魔物は気にも止めなかった。