第一話
『魔王城』。
この世界の全てを、圧倒的なまでの力と、様々な『魔物』達を操り、恐怖と力で支配していた『魔王』の城だ。
その『魔物』は、ただ一匹、魔王のすぐ側に、最後まで侍ることを許されていた。魔王に仕える魔物、あるいは力ある『魔族』達は皆、襲撃者を討伐する為に、既に城を出て行って、誰一人として戻って来ない、城の外からは、爆発音や剣撃の音が、ずっと響いていたけれど、やがてそれも聞こえなくなり、今では静寂だけが周囲を支配していた。
その静寂も、もうじき破られることになるだろう。
『魔物』は、そう思った。
そして。
その通りに、遠くの方からドカドカと、幾人もの足音が聞こえて来た。
「……来たか」
背後で声がする。魔王だ。小さく、弱い存在だった自分を広い、ここまで育ててくれた恩人とも言うべき相手。魔物と呼ばれる存在である自分達は、他者に恩義を感じることも、主に忠誠心を抱く、という事も無い、主に平伏するのは力を恐れての事であり、忠誠などは無い、従っていたとしても、いずれ必ずその地位を奪う、そのように考え、その機会を窺うため、或いは相手を油断させる為に、形ばかりの忠誠を誓うばかりだ。
だが……
『魔物』は、魔王に対しては絶対の忠誠心を抱いていた。この主君を守る、どんな奴が襲ってきたとしても、決して自分が……
自分が、傷つけさせはしない。
そう思って、『魔物』はずっと己を鍛えて来た、かつては魔物達の中でも最弱の存在だったけれど、とにかく強くなろうと努力した。そして今では……
この魔王城の中で、魔王のすぐ側に、常にいるのは自分だけに許された特権だ。
それが、自分の実力を物語っているだろう、事実、魔王に近づいてその地位を奪おうとした者、魔王を暗殺しようと企てた者、それら全てを、自分は爪と牙で引き裂き、食い殺した。
そうだ。
今回も、きっとそうなる。
そのように、して見せる。
自分が……
自分こそが。
魔王を、守るのだ。
そう思って、『魔物』はゆっくりと……
ゆっくりと、身体を起こした。そのまま威嚇する様に、扉の向こうにいるであろう者達に向かって唸る。
ややあって。
轟音が轟き、扉が吹き飛ばされる。
『魔物』は、その粉塵の中に、確かに佇む四つの影を見た。
赤い鎧の剣士。
青い服の魔道士。
黄色い全身鎧に身を包んだ重戦士。
緑の衣服の女性神官。
敵は四体。
それぞれが、手に剣や杖を携え、魔王を見据えている。自分の事など眼中に無い、という様子で、誰一人としてこちらに目は向けていない。
『魔物』はゆっくりと身体を起こし、ぐるる、と唸り声をあげた。そしてゆっくりと、四肢に力を込める。自分が……『主君』を守る。
『魔王』様を、守るのだ。そう思いながら、『魔物』は四つの人影を見る。
そして。
『魔物』は、だっ、と床を蹴り、爪と牙を剥きだして四人に飛びかかる。ぐあっ、と口を開け、爪を伸ばして、目の前にいる赤い鎧の剣士に向かう、喉笛を噛み切り、爪を心臓に突き立てて、そのまま……
そのまま……
ぐおおぉう!! と一声咆哮する。相手が怯むのが見える、だが。
すぐに、ばっ、と目の前に黄色い影が現れる。それはあの重戦士だった。ぎらり、と光る大きな斧を構えている、全身鎧に覆われている中、微かに見える口元に、こちらをバカにした様な笑みが浮かんだ。そのままぶんっ、と手にした斧を振り下ろされる。
ざんっ、と音がする。視界が真っ赤に染まり、『魔物』はどさり、と倒れた。何処を攻撃されたのかすらも解らない、だけど……このままでは『魔王』が……
主が……
そう思いながら、ふらり、と立ち上がる。だけど。
「邪魔だよ」
青い服の魔道士が、ぶんっ、と右手を一振りする。その瞬間、猛烈な突風が『魔物』を吹き飛ばした。
がああ……!! と一声吠える。だけど、その場に踏ん張る力も出ない。吹き飛ばされた『魔物』の身体は、そのまま広間の隅にある窓に向かって飛んで行く。
がしゃあんっ!! と音がして、『魔物』の身体は窓を突き破って、そのまま城の外へと飛ばされる。『魔物』はそれでも身体をばたつかせ、城へ戻ろうとする。だけど……身体は既に広間の外に飛ばされ、戻る事も出来ない、四人は既に自分の事など眼中に無い、という様子で『魔王』に向き合っていた。
『魔物』は再び吠えたけれど……
もうその声は、誰にも届かない。