◆1 ようこそ、才能豊かな、お嬢様方。みなさんこそが、私の息子ーーライン王子の婚約者候補です!
【プロローグ】
雨が降りしきる、ある日、パレス王国の王宮内にてーー。
そこは、ステンドグラスの窓が輝く、綺麗で、広いお部屋でした。
衣服を替えるための控室だそうですけど、なんだか勝手が違います。
私、パトリシア・グラスソード伯爵令嬢は、戸惑っていました。
(ドレスの着付けのためって言われて、この部屋に呼ばれたけどーー。
なによ、これ!?
ただ年配のおっさんが、いるだけじゃない?)
腹が突き出た、脂ぎったおじさんが、ニタニタ笑っています。
「ようこそ、いらっしゃいました。パトリシア・グラスソード伯爵令嬢」
「他の令嬢方はーー?」
私以外の令嬢方も、一緒に王宮に招かれたはずですけど、誰もいません。
「今日は大雨で、みな、来られなくなりましたようで。
私と二人だけなんですよ。グフフフ」
「……」
たしかに朝から雨でした。
けれども、馬車が出せないほどではありません。
なんだか、怪しい……。
「あのう、私、着替えをしたいのですが、お付きの者をーー」
「私です。私が預かっておりますよ、ドレス」
おっさんは箱からドレスを出して、大鏡の傍らにあるテーブルに置きます。
そして、私の方に向き直り、巻き尺を片手に、息を弾ませていました。
「ハアハア……。
まず、ドレスが貴女にぴったりのサイズかどうか確認したいから、寸法をはかろうね。
さあーー」
太った指が、私の肌に触れようとします。
私はするりと身をかわしました。
「じかに、そのドレスを着ますから、お構いなく」
「そういうわけにはまいりません。ここは王宮ですから」
「そんな……」
おっさんが、脂ぎった顔を寄せてきます。
「服を脱がないと、測れないよ」
「どうして、女性のお付きの方を、呼んでくださらないのですか?」
「王宮の決まりですので」
(嘘つかないでよ! そんなわけ、ないでしょう!?)
私が王宮に入る前に、私専任の侍従が、心配そうな顔をしていたのを思い出しました。
そして、私が「大丈夫よ」と、彼を軽くあしらったことも。
私は強く唇を咬みました。
(ええい、仕方ない!)
おじさんは、王妃様の弟で、公爵の身分です。
伯爵のお父様よりも身分が高く、姉の王妃様は素敵な方との評判です。
そして今日は、私自身、王子様の婚約者候補として、王宮に呼ばれてきたのです。
いくらなんでも手荒な真似はすまいと思い、覚悟しました。
私は、とっておきの衣服を脱ぎます。
待ってましたとばかりに、おっさんが私の肌にベタベタ触ってきます。
鼻息が吹き付けられます。
おっさんの息遣いが、激しくなってきました。
私は鳥肌が立つ思いです。
「下着だけですと寒いので、早くドレスをーー」
「お、王子様から宝石を贈るように言われてまして。
これ、ネックレス。
かけますんで、後ろを向いてください。
それからドレスを……」
(普通、逆よね?)
そう思いながらも、おっさんの顔を見たくないので、私はくるりと反転します。
しばらくして、ネックレスの冷たい感触が首にかかりました。
そう思った、瞬間ーー。
「可愛いねえ、あんた……。せえのぉ!」
ビリリッと、私の下着が一気に引き剥がされたのです。
「きゃあああ!」
驚いて振り向くと、おっさんのタラコ唇が迫ってきていました。
「いやッ!」
私は力一杯、手で押しのけます。
なんとか、タラコ唇の接触は防げました。
でも、力では勝てません。
おっさんに身体を押し付けられ、のしかかられます。
私の太腿に、おっさんの手が伸びてきて、指を動かされました。
「痛い! やめてよ、なにをーー」
「心配いらない。はぁはぁ。
そのうち気持ち良くなるさ……」
(なるか、馬鹿!)
ビクビクッと、私の身体が、痙攣し始めました。
その途端、身体が思うように動かなくなってしまいました。
(どうして!? 自分の身体なのに……)
首を下に向けて、目を見張ります。
すると、私は見てしまいました。
私の身体じゅうに、怪しげな黒い蔦のような紋様が広がっていくのを。
(こ、これは……!? まさか、緊縛の魔法!
さっき、ベタベタ身体を触ってきたのは、これを私にかけるため!?)
私は必死にもがこうとしました。
ですが、全身に蔦が絡まったようで、動けません。
しかも、所々に尖った棘が刺さるような痛みを感じます。
身動きできません。
「へへへ……これであんたは、しばらく動けない。
さあ、楽しもうぜ!」
おっさんは衣服を無造作に捨て去り、裸になりました。
突き出た腹の下にある、見たくもないモノを見せつけられます。
「よいしょ!」
ねっとりとした唾が私の胸に垂れ落ち、太腿には硬くなったモノを押し付けられます。
「いやあああ!」
私は声が出る限りに叫びましたが、広い部屋には、私とこの太った暴漢しかいません。
しかも、身体は魔法で動けません。
万事休すでした。
(許せない、コイツ! 絶対、泣き寝入りなんかしない!
なんとしても、追い詰めてーー)
そう思っているときにも、下半身に焼けるような痛みが感じられ、涙が出てきました。
私は唇を強く噛むしかありませんでした。
【第一話】
私、伯爵令嬢パトリシア・グラスソードは現在、十七歳。
独り立ちを目指して、ステンドグラスの製作を続けていました。
今では体力がついて、「赤髪のお転婆姫」などと街の人から呼ばれるようになりましたが、小さい頃は、私は身体が弱く、部屋にこもりっきりでした。
とはいえ、まったく寂しくはありませんでした。
いつも、五歳年上の男の子の侍従が、つきっきりで私の面倒を見てくれて、話し相手になってくれていたからです。
「お嬢様は、窓から外を見るのがお好きですね」
銀色の髪に、青色の綺麗な瞳をした、私の従者が、ベッドの上で朝食を終えた私に話しかけます。
「そうよ。ほら、もう季節は冬だから、森も町もすっかり雪に覆われて、日の光を反射してキラキラ輝いてるわ」
私は本来、物静かな性格で、窓から外の景色を眺めるのも好きでした。
私の部屋は二階にあって、小高い丘の上に建つ家から、麓に広がる森林と湖、そして小さな町や村が見下ろせます。
「でもーー」
と、美男の侍従は話を続けます。
「なに?」
と、問い返すと、彼は白い歯を見せました。
「不思議だな、と思いまして」
「なにが?」
「外をご覧になる際、お嬢様は窓を開けないんですね」
「そう言われてみれば、そうね。
私、透明なガラス越しに見る雪景色も好きなんだけど、色ガラス越しに日の光を浴びるのが好きなの。
ほら。私がベッドで上半身を起こすと、ちょうど透明ガラス越しに麓の景色が見られるうえに、胸やお腹に赤や緑の光が当たるのよ。
ああ、気持ち良い……」
「ああ、それで。
ーーそれって、聖魔法を浴びているのかもしれませんね」
「はい?」
「伝説にあるんですよ。
古式に則って作られたステンドグラスは、太陽の光を〈聖なる光〉に変えるって」
「ふうん……」
私の従者ザックは、私が食べた食事の皿を片付けながら微笑みました。
彼は物知りです。ヘタな貴族より博識でした。
物心ついた頃からいつも一緒で、主従というより、幼馴染のようなものです。
実際、子供の頃は、お兄様と信じていたほどでした。
彼が面倒を見てくれたおかげで、私は生きてこられました。
彼は何でも私の言うことを聞いてくれます。
私はパンと両手を合わせて、声を弾ませました。
「窓にもっと光があったり、色があったりしたらいいな。
そうだ!
私、ステンドグラスを作りたいわ」
我が家、グラスソード伯爵家では、剣の鞘などに装飾を施すこともしていました。
その細工技術を、ガラスに向けて発揮すればーー。
私の、子供らしい思い付きに、五歳上の侍従は乗ってくれました。
「旦那様のご許可をいただければ」と。
私は真面目な顔で、侍従に忠告しました。
「お父様は実績を示さないと、お許しくださらないわ。
先に試作品ぐらいは、作っておかないと」
「わかりました」
翌日、ステンドグラスを作るため、ザックは様々な道具を用意してくれました。
赤や青、黄色に緑といった様々な色が付いた、たくさんのガラス片です。
「いろんな色がありますね。分厚いのも、ザラザラしたのも」
「使えるのは、薄くて、平ぺったいガラスよ。
ほら、そこの透明なのや、白いの赤いの。まだらなのも。
これとあれを組み合わせてーーほら、綺麗でしょ!?」
「そうですね。あ、そこ、ガラスの縁を持つときは気をつけてーー」
「痛っ!」
「ほら。角が尖って危ないですよ。ヤスリで削りましょう」
「ガラスとガラスを繋げてーーあら。すぐに剥がれてしまうわ」
なかなか、ガラス同士が思うようにくっつきません。
「ちょっと熱をかけてみましょう。
溶かせばくっつくかと。
ーーあれ。うまくいかない?」
業を煮やした私は、見本として持ってきた、完成品のステンドグラスを見詰めました。
どうやってガラス同士が繋がっているのかを確かめるために。
「見て。これ。色の違うガラスの間に布が挟まってる?」
「そうか。テープだ。テープでくっつけるんだ」
ガラスの縁にテープを巻いて、ガラス同士の間にテープを挟んで、熱を当てます。
「よし。くっついた。やったあ!」
それでも、見栄えが良くありません。
ちょっとテープがはみ出ています。
以降、見本を見ながら、試行錯誤を繰り返しました。
「ヤスリで削り落としましょう」
「次、この青いのと、赤いの。
あっ! ガラスがひび割れちゃった」
「うーーん。綺麗じゃないな」
「見て。これは間にテープがない」
「うん。なんだろう。鉛かな。ガラス表面もずっと綺麗だ。
油っぽさがなくなって、スッキリした手触りだ。
なかなか難しい。
でも、試作品は作れそうだ。
初めからデザインして、作ってみよう」
「ええ。そうね!」
こうして二人で奮闘した結果、なんとか試作品が完成したのでした。
◇◇◇
私が作ったステンドグラスを目にして、お母様とお父様は感心してくれました。
「これは随分、綺麗ねえ」
「ふむ。魔力までこもっておる。
ステンドグラス製作は、パトリシアに向いておるようだな。
その人の性質にあった作業に熱中すると、魔力が強くなっていくのだ。
私にもわからぬ魔力が現われるかもしれん」
この世界では、すべての生き物に魔力が宿っているといわれています。
ですが、意のままに魔力を使える人は限られていますし、そもそも、その魔力の性質は血筋でほぼ決まっているそうです。
わがグラスソード伯爵家は代々、武器製作を行なってきました。
魔力を込めた、特殊な剣を製造することに長けています。
ですから、剣以外にも、精魂込めて作ったモノに魔力を付与する力があったようです。
私、パトリシアにも、そうした先祖伝来の力が、確実に遺伝していました。
お父様は満足げに頷きます。
「じつは何代も前には、我がグラスソード家でも、ステンドグラスを作っておった。
理由はわからんがな。
ともかく、パトリシアにとっては良いことだ。
平和になって、しばらく対外戦争はないだろう。
そんな時代にあって、癒しのステンドグラスを作るのも悪くない。
知っておるか。
『ステンドグラスの光は、聖魔法の光を放つ』との伝説もある。
それに、王家は代々、美術品や工芸品を好んでおる。
うまくすると買い上げてくれるかも」
我が家の家業とも言える武器製作は兄に任され、現在、兄は隣国へ留学しています。
あと数年もすれば、お兄様アランが帰国して、我が家を継ぐことになっていました。
私は誰かと縁付かない限り、兄の扶養になることになります。
でも、それでは心苦しい。
せめて経済的に独り立ちをしたいと、私は思っていました。
その意味でも、ステンドグラス製作に没頭することは、両親の望みに叶っていました。
こうして、私はステンドグラス作りのために、両親からの許可と、潤沢な資金援助までいただくことができたのです。
私が十四歳のときでした。
(よし!)
私は侍従のザックと一緒に喜びました。
ステンドグラス製作の工房を建て、平民の職人を雇って、忙しく働き始めました。
目まぐるしく日々が過ぎていきましたが、それでも、私は辛いとは思いませんでした。
ステンドグラスのデザインを考え、ガラスの色を合わせたり、嵌め込みやすく形を作り直したりすることは、とても楽しいことでした。
デザインを考えるために、森に行ったり、湖に行ったりもしました。
至るところに製作のための材料や見本はありましたから、一人で野山を一日中、発想のタネを探し回ったこともありました。
そのおかげで配色や光の加減、水のきらめきなどをステンドグラスに投影することができたのです。
そんな日々を過ごしていたある日、従者のザックが興奮して言い出しました。
「やはり、お嬢様が力を込めたステンドグラスは、特別なようです!」
「なによ、急に。貴方も熱魔法で手伝ってくれてるじゃない?
貴方がガラス同士を繋げてくれてるんじゃないの?」
「そうですけど、お嬢様が選んで磨いたガラスだけが、ちょっと違うんですよ。
そのガラスを通した光にだけ、聖魔法効果がみられたんです。
しかも、それだけじゃありません!
お嬢様が選んだガラス片同士は、互いに魔力が伝わるようなんですよ。
一枚のステンドグラスに湖を映すと、遠くに離れたところにある別のステンドグラスにも湖が映ることに気づいたんです。
実験してみましょう!」
ザックに言われて、私が作ったステンドグラスを一つずつ、それぞれ森の中、そして湖畔へと配置しました。
そして、もう一つを屋敷に持って帰ります。
「この家にあるステンドグラスに、お嬢様が魔力を込めれば、森や湖に置いたステンドグラスに映っている景色が映るはずなんです。
ほら!」
「まあ、ほんとだわ!」
湖の水面がキラキラ反射する光景が、屋敷にあるステンドグラスに映っています。
私がちょっと念じると、今度は森の樹木が映し出されます。
「なに、これ。凄いじゃない!?」
私も興奮して、ザックの背中をバンバン叩きます。
ザックの方は、腕を組みながら思案げに言いました。
「ステンドグラスって、昔は戦争で使っていたのかもしれないですね。
遠方の戦況を伝えるのに、もってこいの性能じゃないですか。
試しにお嬢様、ご先祖様の代からあるステンドグラスに念を込めてください。
ーーあ、やっぱり!
こっちにも映りました!
ということは、ステンドグラスの映し出す魔法って、お嬢様がお作りになったステンドグラス専用ってわけじゃないようですね。
でも、私が覗き込んだり、魔力を込めても、映写機能は発揮されません。
お嬢様の能力がなにか、絡んでいるのは確かなようですが……」
私はブンブンと首を横に振りました。
「そんなこと、言われても、私本人にも、わかんないわよ。
どういう条件で働き出すか、なんて。
でも、私が作ったステンドグラスに、聖魔法効果があるってことだけは実証できたわ。
だって、私の身体、みるみる元気になっていくんですもの!」
私の魔力が絡んだステンドグラスは、わからないことだらけ。
でも、自分の身体で確かめたことはあります。
ステンドグラスの製作を続けるうちに、だんだん身体も良くなり、健康になりました。
ですから、一番、綺麗にできた、小さなステンドグラス作品を、ブローチに嵌め込んでお守りにすることにしました。
懐に忍ばせて、いつも持ち歩くことにしたのです。
以来、私の身体の調子がすこぶる良い気がします。
私が健康になれたのは、ステンドグラスのおかげだと確信しました。
おかげで、私はますますステンドグラス製作にのめり込んでいったのです。
半年もすれば、販売にも力を入れていました。
幸い、私が製作したステンドグラスは、年配の貴族に気に入られていました。
病院や施設に設置したら、病気が治った、怪我が癒やされた、との報告がありました。
私の魔力を込めたステンドグラスを通した光には、癒し効果があるらしいのです。
教会に検証をお願いしましたら、「実際に、癒しの力がございます」と聖魔法を使える修道女様から太鼓判を押していただけました。
こうして、ステンドグラス製作を始めてから三年ーー。
私、パトリシアが十七歳になったときには、ステンドグラス販売は、早くもグラスソード伯爵家の収入源の一つに成長していました。
ザックと二人で喜びを分かち合いました。
「素晴らしいです、お嬢様。
ステンドグラスの売れ行きは、グラスソード家全体の収益の二割にもなっております」
「これで、私、お兄様のお荷物にならずに済みそうだわ」
来年にはお兄様が留学を終えて帰国する予定です。
初期の目的を達成できたようで嬉しく思いました。
お気に入りブローチを、懐から取り出します。
(実際に健康になったには、コレのおかげね!)
しみじみと感慨に浸っていると、お父様に呼び出されました。
「喜べ。王宮主催の芸術発表会に、パトリシアが推薦されたぞ!」
病院や介護施設で養生している、多数の貴族家の人たちからの推薦があったそうです。
今度は、お父様とお母様と一緒になって喜び合いました。
◇◇◇
それから一ヶ月後ーー。
芸術発表会の準備のため、私は侍従のザックを伴って、会場に前日入りしました。
会場に入ってみると、付き人を除けば、妙齢の令嬢ばかりがいました。
みな、赤や黄色の鮮やかな色をした衣服をまとって、扇子を手にしています。
ザックが耳打ちします。
「どうやら、この度の芸術展は、貴族のご令嬢が製作した作品のみの展示のようです」
「なるほど。だから、綺麗な令嬢方ばかりなのね」
でも、彼女らが製作した芸術作品は、どれ一つとっても素人レベルではありません。
繊細なタッチで、夕焼けの情景を描いた絵画は、ハーマン子爵令嬢の作品です。
ベレット公爵令嬢が作った、子連れの母の彫像も美しい。
ダレアス侯爵令嬢は、ハープやフルートによる楽器演奏をするそうです。
ミレー男爵令嬢による自作詩の朗読も予定されていました。
そして、美術品として、私、パトリシア伯爵令嬢が作ったステンドグラス作品ーー飾り窓、ペンダント、時計盤、ブレスレットなどが、展示されることになっていました。
ザックはしきりに頷きながら、感心しています。
「お嬢様の作品以外からも、相当強い魔力を感じます」
「良家のご令嬢が出揃いましたものね」
もちろん能力を異にししているうえに、個人差はありますが、一般的には、高位貴族ほど魔力が高いといわれています。
頑張っている女性は、私だけじゃないんだ、と思い、身が引き締まる思いでした。
やがて展示準備を終えた頃、出展者同士が顔を合わせ、お茶会を開きました。
みな、五、六年の年齢差があるうえに、病弱だった私、パトリシアは家に引きこもりがちだったために、知り合いは少なかった。
でも、唯一、同年齢の令嬢がいました。
黒髪に赤いドレスをまとった、ミレー男爵令嬢です。
「あら。グラスソード伯爵の」
「ええ。そういう貴女は、ミレー男爵令嬢」
「お身体は、もう良いの?」
ミレー男爵令嬢は、十五歳のときの成人式をはじめ、何度かのパーティーで顔を合わせていたので、パトリシアの身体が弱いことも良く知っていました。
「ええ。作品製作に没頭していましたら、すっかり」
「ああ、近頃評判の、癒しのステンドグラスーー貴女がお作りになっていたのね。
素敵ね。
う〜〜ん、ちょっと、私、ヤバいかも。
詩を詠むだけだから、アピールが弱いかしら」
「アピール? なんの?」
「あら。知らないの?
どうして、若い年頃の未婚令嬢ばかりの作品が、一堂に集められたと思ってるの?」
「なにか事情が?」
「ふふふ。展示会終了後には、発表されると思いますわ」
「?」
私は首をかしげるばかりでしたけど、ミレー男爵令嬢はからかうような笑みを浮かべていました。
翌日、盛大に芸術発表会が催されました。
大勢の貴族が、家族連れで見学に来ていました。
貴族家の子息子女も、私の作品を興味深げに覗いていきます。
他の令嬢方の楽器演奏や朗読にも耳を傾けています。
未婚令嬢の芸術発表会は、パレス王国の建国以来、初の試みでした。
平民からは貴族家に出入りを許された大商人の家族だけが参列できたようです。
このように、身分制限はされていましたが、大人数が来場していました。
日暮れ時刻になって、芸術発表会は、盛況のうちに幕を閉じたのでした。
そして、会場には、お客様がいなくなって、あとには製作者のみが残されました。
「素敵だったわよ、貴女の朗読」
私がミレー男爵令嬢を褒めると、満更でもない表情を浮かべて、彼女も私を褒めてくれました。
「ステンドグラスがあるのって、基本、王宮だけだと思ってたけど、随分たくさん作ってるのね。
それも、ブローチやペンダントといったのまで含めると、相当多いわ。
稼ぎどころがいっぱいのようね。羨ましい」
「そんな……」
「でも、私、負けないわよ」
「?」
「ほら、おいでなすった」
楽隊が入ってきて、いきなりラッパを鳴らします。
すると、展示会場に、一組の高貴な親子が姿を現わしたのです。
金髪に碧眼の青年と、灰色の髪に白い肌、黒いドレスをまとった婦人ーー。
ライン王子様と、ドルテア王妃様でした。
みな、令嬢方は、胸にクロスした手を当てて、頭を垂れます。
もちろん、私も、みなに倣ってかしこまりました。
王子様はいつも通りボンヤリしていますが、お母様の王妃様は意気揚々としたご様子。
扇子をパチンと閉じて、宣言なさいました。
「ようこそ、才能豊かな、お嬢様方。
みなさんこそが、私の息子ーーライン王子の婚約者候補です!」