オムライスの作り方
こんにちは。
『今日もお手軽、晩ごはん』、司会の神楽坂文四郎です。毎日食べる晩ごはんに、いつもと違うささやかなサプライズをお届けいたします。本日もどうぞよろしくお願い致します。
さて、今日のテーマは『オムライス』。子供のみならず大人まで魅了してやまないにくいあんちきしょうが満を持しての登場です。しかしなかなか、ふわとろ派とトラディショナルスタイルの相克が世に不穏な空気を醸し出す昨今、家族内の不和を恐れて家で作るのは……という方も多いのではないでしょうか? そんな近くて遠いオムライスのイメージを根底から覆す、お手軽レシピを今日はご紹介いたします。まずはいつものように材料を見てみましょう。今回は都心から海の果てまで、ちょっと移動が多いですよ。
【材料(2人前)】
卵 4個
チキンライス 400gほど
サラダ油 小さじ2
ケチャップ 大さじ4
水 大さじ1.5
バター 10グラム弱
世界の謎に挑む知恵 適量
ハードボイルドの嗜み 適量
秘密結社と対峙する勇気 適量
それでは実際に、私と一緒に作ってまいりましょう。
一、卵を調達する
まずは新宿の裏路地にある古いビルの一室を借りて探偵事務所を開業しましょう。決して表通りに華々しく事務所を構えてはなりません。訳ありの依頼人しか来ないような、一般人には近寄りがたい雰囲気を作り出してください。間違っても探偵業で生活をしようなどと思ってはいけません。探偵事務所は卵を調達するための手段に過ぎないことを肝に命じ、生活のための収入は別に確保してください。
探偵事務所を開いたら、明らかに何かを隠している様子の美女が訪れるのをじっと待ちましょう。彼女が名乗る名前は当然偽名、身元を証しするものは何もなく、立ち去った後には実在すら怪しいような、そんな美女です。本名を名乗る美女、身分証を提示してくれる美女は惜しいけれど失格です。偽名を名乗り身分証も提示しないが美女ではない場合は、断腸の思いで失格です。相当に厳しい条件ですが、こればかりは天に身を委ねるほかありません。辛抱強く条件に合う依頼人を待ち侘びてください。早ければ数日、時間が掛かる場合は五十年ほど掛かります。健康的な生活を心がけ、食事にも気を付けて、依頼人が現れる前に寿命が尽きないように対処しましょう。
都合よく美女が事務所を訪れたら、埃が舞う薄暗い応接スペースに彼女を通し、話を聞きましょう。シンプルなスーツ姿のその美女はどこか気品に満ちた立ち姿をしており、とてもただの庶民とは思えません。そしてただの庶民ではない彼女がこんな裏路地にある探偵事務所を訪ねた時点で、ただならぬ事態であることは察することができるはずです。とりあえずソファを勧め、型通りに依頼内容を聞きながらじっと彼女の様子を観察しましょう。依頼人は嘘を吐く。探偵の心得としては初歩の初歩です。
「『黄金の鶏』をご存じかしら?」
美女は挑発するようにあなたに問い掛けます。黄金という言葉で連想できるのはエバラ黄金の味以外にない場合は、内心の動揺を抑え込んで首を横に振りましょう。心当たりがある場合でも、とりあえず相手の出方を見るために知らない振りをしてください。美女はわずかに失望を示し、『黄金の鶏』について説明してくれます。
「はるか海の彼方にある『黄金郷』に住むという伝説の鶏。空を自在に翔け、夜明けと日没の時刻に『黄金郷』のある方角に向かって鳴くと言われているわ。『黄金郷』への道しるべとなるその鶏を、あなたには探してもらいたいの」
『黄金郷』、それはこの世の楽園と言われる伝説上の場所です。そこは病気も災害もなく、誰もが穏やかに幸せに暮らせるのだと謳われています。もっともそれはおとぎ話の中のこと。本気でそれを信じるなんて馬鹿げた話です。『黄金郷』も『黄金の鶏』も存在するはずなどありません。美女に呆れた顔でそれを伝えましょう。しかし美女はまるで意に介さず、懐から取り出した札束を机に放り投げます。
「報酬は前金で三百万。成功すればその倍を差し上げるわ」
あたかも金の力で何でもできると思っているような傲慢な態度に表情を厳しくして、美女にはっきりと自分の意志を伝えましょう。真剣で決意を込めた瞳で美女をキリリと見据え、
「お引き受けしましょう」
と伝えてください。探偵事務所の月々の家賃もバカにならない金額です。前金三百万円は喉から手が出るほど欲しいのが本音です。探偵の矜持とか、そういうものはまあ、余裕ができてから考えましょう。
美女は満足そうにうなずき、『黄金の鶏』に関する幾つかの情報をあなたに伝えると、席を立って事務所を後にします。入口まで見送り、自分の席に戻って、机の上に足を投げ出して、「どうしたもんかねぇ」と頭を抱えましょう。ペット探しは探偵の定番、とはいえ、実在するかも怪しい動物探しなど初めてです。三百万円に目がくらんだ自分自身を今さらながら後悔してください。
――ギャリギャリギャリ、ドンッ!!
不意に外から何かがぶつかる音がします。何事かと野次馬根性丸出しで事務所を飛び出しましょう。周囲の住人もわらわらと外に出てきています。人混みをかき分けて前に進み出ると、そこには地面に横たわる一人の女性――先ほど探偵事務所で依頼を受けた、謎の美女が赤く染まる地面に倒れていました。あなたは慌てて彼女に駆け寄り呼びかけます。しかし彼女は何も答えてはくれません。ギリリと奥歯を噛み、素早く周囲を見渡しましょう。彼女を襲った犯人がまだいるかも――いえ、もう怪しい人物はそこにはいません。地面には車のヘッドライトの砕けた欠片が散乱しています。おそらく犯人は車で彼女を襲い、そのまま逃げ去ったのでしょう。
冷静さを取り戻し、救急車や警察を呼んでいる周囲の人々をよそに、あなたは彼女の様子を観察してください。『黄金の鶏』の捜索を依頼した矢先に襲われるなんて偶然とは思えません。この事件にはもっと大きな力が背後に潜んでいる――そんな予感と共に彼女を見ると、彼女の右手の人差し指に目が留まるはずです。その指先は地面に広がる赤を使ってとある文字を描いています。そう、彼女は最後の力を振り絞って、あなたに何かを伝えようとしていたのです。彼女の最後の言葉をこの場でしっかりと記憶してください。そこにはこんな言葉が書かれています。
『サトウ養鶏場 PM2:00 訪問 担当者:小池様 『黄金の鶏唐揚げ』レシピに関するご相談 供給量増やせる? 管理コスト アニマルウェルフェア 環境改善に関する取り組み 負担割合』
内容を憶えることができたら、すばやく地面をこすって他の誰かに見られないようメッセージを消しておきましょう。彼女が襲われた以上、彼女のメッセージを受け取ったものもまた、狙われるかもしれません。無関係な人間を巻き込むのは探偵として面白いことではありません。秘密は己の胸にしまい、全ての危険を自らの背に負って、あなたは立ち上がってください。もたもたしていると警察が来てしまいます。面倒なことになる前にこの場を立ち去り、サトウ養鶏場を目指しましょう。
騒然とする現場を、立ち去る前に一度だけ、あなたは振り返ります。名も知らぬ彼女があなたに託した謎を、あなたが解くのだという決意を新たにしてください。「……降りられなくなっちまったな」と小さくつぶやき、二度と振り返ることなく歩き出しましょう。あなたの鼻先に、ぽたり、雨粒が触れ、空が泣き始めます。雨脚は徐々に強くなり、くすんだ都会の空気を洗い流すように激しく地面を打ち付けていました。
ちなみに謎の美女は死んではおらず、地面に広がる赤はトマトケチャップです。オムライスを作る過程でいちいち人死にを出すわけにはいきません。しかし敢えてダイイングメッセージ風を装った美女の心意気に免じて、彼女を問い詰めるのではなく、自らの力で謎を解きましょう。それはいわば様式美であり、様式美を解さない探偵は無粋だということを心に刻んでください。
オンボロの愛車に乗り込んでサトウ養鶏場を目指すあなたに、突如大型トラックが強引な幅寄せをしてきます。明らかに悪意あるその行為に腹を立てながらブレーキを踏んでください。トラックは後退したあなたの車の前に割り込みますので、ぶつぶつと不満を口にしてください。するとトラックの荷台の後部が開き、黒服の男たちが銃を持ってあなたに狙いを付けている光景が目に飛び込んできます。そう、彼らこそ謎の美女を襲った犯人――秘密結社『トマトケチャップの容器に赤く着色したマヨネーズを詰めて配りオムライスを台無しにしてやろ団』です。彼らはオムライスを心の底から憎んでおり、それを台無しにするためなら手段を選ばない犯罪集団です。あなたとは根本から分かり合えない相手ですので、どうにかこの窮地を乗り切って生き延びましょう。オムライスを心から憎んでいる人間が結社を造れるほど多くいることは驚愕すべきですが、そこはいったん置いておいてください。そんなことは銃を向けられた状況で考えることではありません。
――パンッ
乾いた音が響き、あなたの愛車のフロントガラスに穴が空いてバックミラーが吹き飛びます。ま、まさか本当に、オムライスを台無しにするために人を銃撃するなんて正気の沙汰ではありません。人生間違っていませんか? と相手に問い掛けましょう。意外と動揺してくれます。その隙をついてアクセルを踏み込み、射線を変更して一気にトラックをかわしましょう。あなたの強引な車線変更に驚いた後続車がハンドル操作を誤り、追突事故が起きて爆発炎上、国道は大混乱に陥りトラックもこちらを追撃することができなくなります。……トラックが起こした事態よりはるかに深刻な事故が起きてしまいましたが、そこはすべて敵のせいだと自分に言い訳をして逃げるようにその場を去ってください。おそらくドライブレコーダーや周囲の監視カメラに事故前後の映像は残っていますので、そのうち警察があなたを訪ねてくるはずです。その前に『黄金の鶏』に辿り着き、せめて依頼を果たすことに専念してください。依頼を果たしても果たさなくても、その後に待っているのは灰色の獄中生活です。
秘密結社の追跡を振り切り、謎の美女が残したメッセージに従って午後二時までにサトウ養鶏場までに辿り着きましょう。担当者の小池なる人物が現れ、訪ねてきたのが謎の美女ではなくあなたであることに驚きますが、そこは得意の二枚舌で言いくるめます。世間話を交えながらはったりをかまし、何とか『黄金の鶏』の情報を引き出してください。小池さんは最初は怪訝そうな顔をしますが、話をするうちにはたと何かに気付きます。
「そういえばうちの鶏の中に、夜明けと日没になると決まって同じ方向を向いて鳴くのが何羽かいるよ」
そいつだ! と思わず身を乗り出して小池さんの襟首をつかみ、その鶏のところまで案内してもらいましょう。鶏はまるであなたの到来を予見していたかのように、じっとあなたを見つめています。日没を待ち、鶏が鳴く方向を見極めようとすると、夕日に照らされた鶏の羽根が黄金色に輝いていることに気付くはずです。鶏は大きく翼を羽ばたかせ、まるであなたを先導するように飛び立ちます。慌ててオンボロセスナでその後を追いましょう。新品のセスナではいけません。そこは貧乏探偵の譲れぬ一線です。
セスナで飛び立ち、海を越えて『黄金の鶏』を追うあなたの耳に、突然激しい警報音が届きます。レーダーを見ると、すごい速度でこちらに近付く戦闘機がいることに気付くはずです。秘密結社『トマトケチャップの容器に赤く着色したマヨネーズを詰めて配りオムライスを台無しにしてやろ団』があなたを抹殺すべく再び刺客を差し向けたのです。オンボロセスナに兵装はありません。巧みな操縦で機銃をかわし、ロックオンアラートに耳を塞いで、どうにか生き延びましょう。ここはもう、運です。あるいは今までの人生で重ねた善行と悪行の結果です。いずれにせよ個人の努力でどうこうできるものでもありませんので、全てを天に委ねて『黄金の鶏』を追うことに集中してください。やがてあなたの目の前に、一つの小さな島が見えてくるはずです。『黄金の鶏』はその島へと向かっているようです。
「ここが、『黄金郷』――?」
そこは緑に覆われた美しい島でした。その姿に一瞬だけ見惚れたあなたのセスナの翼を戦闘機の機銃が吹き飛ばします。制御を失ったセスナは煙を上げながら落下していきます。緊急脱出装置を起動し、空中へと逃れてください。セスナは海に突っ込みますが、パラシュートが開いた緊急脱出装置は風に流されて、あなたは何とか島へとたどり着くことができます。
島に足を踏み入れたあなたは、そこに待ち構えていた人物に目を見開きます。屈強な部下を従えてあなたを迎えたのは秘密結社『トマトケチャップの容器に赤く着色したマヨネーズを詰めて配りオムライスを台無しにしてやろ団』の首領でした。銃を貴方に突きつける首領をにらみつけ、根本的な問いを投げかけましょう。
「なぜそこまでオムライスを憎む?」
首領は思いのほか激しい感情をむき出しにして叫びます。
「オムライスを憎んでいるわけではない! ただ、私は――!」
世の不条理を詰るように、首領は思いのたけを吐き出します。
「オムライスにはデミグラスソースだろう! なのになぜ、皆はそろいもそろってトマトケチャップなのだ! おかしいだろう!!」
そう、彼らは決してオムライスを憎んでいたわけではないのです。ただ、オムライスにかけるものはトマトケチャップだというこの世の固定観念が許せなかっただけなのです。デミグラスソースをかけたオムライスがもっと人々に受け入れられていたら――首領の告白を聞き、あなたはゆっくりと首領の前まで進み出ます。涙を浮かべる首領に微笑みかけ、背を反らし、思いっきり頭突きをかましましょう。ゴツッ、という重たい音がして、首領は気を失います。その姿を冷徹に見下ろし、ひと言つぶやいてください。
「そんなことのために戦闘機まで用意するんじゃねぇよ」
あまりの正論に首領の部下も戦意を喪失してがっくりとうなだれます。彼らを残し、あなたは島の中心部を目指してください。歩き続けること二時間ほどで、島を一望できる小高い山に辿り着くことができるはずです。そしてその時には、ちょうど夜明けを迎えています。
「これは――」
夜明けの光に照らし出された島の姿を見て、思わず感嘆の声を上げてください。豊かな水量の川が穏やかに流れ、空には無数の『黄金の鶏』が飛び交っています。いえ、『黄金の鶏』だけではありません。そこはまさに『黄金郷』――野生動物たちが外敵に怯えることなく穏やかに暮らす楽園でした。しばし呆然とそれを見つめ、あなたは降参、とでも言うようにつぶやきます。
「……俺のポケットにゃ、大きすぎらぁ」
この美しい自然こそが宝なのだと悟り、大きな声で笑いましょう。この世には人の手に触れてはならぬものがある。きっとそういうことなのです。
この島にいる動物たちは人間を恐れることもなく、ただ無垢な瞳をあなたに向けています。あなたは『黄金の鶏』の巣を捜し、
「……こいつだけ、分けてもらうぜ」
生みたての卵を四つ、ポケットに詰めて島を後にします。セスナは海中に沈んでいますので、秘密結社の首領をしばき倒して帰りの手段を確保してください。首領は相当に気落ちしていますので、だいたいのことは聞いてくれます。
さあ、卵は手に入れました。目的は果たしましたので、探偵事務所をたたんでビルとの賃貸契約を解除し、自宅へと戻りましょう。
二、チキンライスを作る
最近の冷凍食品って、おいしいよね。
三、オムライスを作る
カパッ、グルグルグル、ジューッ、トントン、で、おおむね出来上がるんじゃない?
ほら、あっという間にできあがり。簡単ですね。
『今日もお手軽、晩ごはん』、本日はオムライスに挑戦しましたが、いかがでしたでしょうか? オムライスの美味しさが奇想天外な大冒険に裏打ちされたものであることがお判りいただけたと思います。今日からはオムライスを食べる前に、この世にはまだまだ人類の知らない神秘が眠っているのだな、なんて思っていただければ幸いです。
明日の『今日もお手軽、晩ごはん』は、いよいよ家庭料理の最高峰、カレーライスの登場です。不動のキングオブ子供の好きなごはん、しかしその陰には王の孤独が、愛するひととの別れが、拭い去れぬ悲しみが隠れています。傷付いた心を解きほぐし、涙の色が変わるとき、スパイスは黄金の輝きを放つ――人生の辛さと、そしてわずかに香るほの甘い愛の力を、どうぞご堪能ください。
それでは明日もこの時間にお目に掛かりましょう。さようなら。
謎の美女は謎の美女のまま、それもまた探偵の様式美。