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愛という病  作者: あめ
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1話

四月九日、一軒家に声が響きわたる。

(れん)ー! 朝だよー! パン焼いてたからねー」

 リビングから階段へ向かって掃除機をかける母の由美(ゆみ)の声で蓮は目覚め、スマホを見る。後五分は余裕があることを確認し、再び目を閉じた。

今日は蓮の高校の入学式だが、前日の夜は不安と楽しみですぐに眠りにつけないでいた。蓮は一階のリビングに降りてそのまま洗面所へ向かい、ぬるま湯で顔を洗う。

由美は洗濯カゴを持って二階へ上がろうとしていた。

「もうー起きるの遅いよ。入学式なんだから早く準備して。トースターにパンあるから昨日買った苺ジャムで食べて」

そう言って二人分の洗濯を干しに二階へ上がる。蓮はパン一枚に苺ジャムをたっぷり塗りもう一枚を重ね食べた。二枚を重ねる食べ方は幼少期から変わらない。

「おはようございます。今日のお天気をお伝えします。宮城県松島町は午前中は雨が降り午後には晴れる見込みです。今日は入学式の学校も多いですね。傘を忘れずに持ちましょう。以上お天気情報でした」

 いつも朝にかけている地域ニュースが流れた。

「やっぱり雨だよねー夜から降ってたもんね」

由美は蓮がパンを食べ終える前に洗濯を干し終わったようでニュースを聞いてそう言った。

「今日、車?」

雨だったので蓮は由美に聞いた。

「雨じゃなくても車で行ったけどね」

由美に笑いながら返される。朝の支度が終わり、新品の制服を着て由美に慣れないネクタイを付けてもらった。二人は一本の傘に身をぎゅうぎゅうに入れ小走りで車へ乗り込んだ。

 ワイパーと雨の音が車の中でリズムを立てている。

「入学式おかあさんまで緊張するね、ちゃんと名前呼ばれたらでかい声で返事してよ」

「いや普通の声で返事するから。入学早々目立ちたくないし」

「まぁね、でも最初が大事だからね。友達作りも」

「はいはい」

 母親にそこまで干渉されたくなく、冷たく言った。中学時代、蓮は人付き合いが苦手で人と話せない訳では無いが、友達と呼べる人は片手の指で収まるくらいだった。それを由美は気にしていたようでさりげなくアドバイスをしたのだ。けれども、蓮はその事を大して気にはしていなく、数より質重視だった。

車で桜並木の川沿いを走っていると、雨と風で花びらが窓ガラスに落ちた。しかし、すぐにワイパーで弾かれる。

「桜綺麗なのに川茶色だなぁ」

 由美はぽつりと言った。

「光が散乱してるからそう見えるだけだよ」

 蓮は昨日テレビで知った知識を自慢げに言った。

「じゃあ本当は違う色なの?」

「多分そういうことじゃないの」

「知らんのかい」

二人の笑い声とワイパー、そして不規則な雨の音が車内に鳴り響いた。

そうして車を十分程走らせ学校へ着くが、何故か傘を一つしか持ってこなかったので、周りの目を気にしながら体育館へ向かい受付を済ませた。

クラス毎に振り分けられているパイプ椅子に座り、周りを確認した。中学からの知り合いも数人いたが、それ以外は知らない人だった。中学の友達はみんな違う高校へ行ってしまい、数より質重視の蓮にとってそれは死活問題だった。

それで今後の学校生活について悩んでいると、隣の席に一人の男の子が座った。くせっ毛だが髪がおしゃれにうねっている。その髪が蓮にはとても魅力的に見えた。

そのおしゃれな髪の男の子はとても自然体で、蓮とは反対にあまり緊張はしていないようだった。

そうして開式の辞が始まり、国歌斉唱へと続く。だが隣のくせっ毛男の子はまだ声変わりが終わってないようで、まだ幼さの残る声だった。また、歌詞も曖昧だったがそれは半数以上の人がそうだった。式が終わり、先生の指示に従い教室へ移動する。蓮は黒板に貼ってある座席表を確認すると自分の席に着いた。そして男女比率はちょうど半々で隣の席は女子だった。そして蓮の席から、くせっ毛の男の子はちょうど斜め前で横顔がギリギリ見える。

先生が教壇に立ち、黒板に名前を書きながら挨拶を始める。

「先生の名前はさっき入学式で聞いたと思うけど、一年二組担任の亀井瑛太(かめいえいた)と申します! 亀井先生って呼んでね。担当科目は国語です。そしたら先ずはクラスのみんなで自己紹介しようか! じゃあ廊下側のこの列からお願いします!」

 感じの良さそうな先生だなと蓮は感じた。そして廊下側の一番前の席の女子が、私が最初なのかと戸惑いながら席を立ち自己紹介をし、順に自己紹介が進み、窓側の席の藤羽と蓮の順番がきた。

「えっと、紺野藤羽(こんのとうわ)です。えーと、最近の趣味は読書と家でメダカ育ててます。あ、それと髪は天然です。よろしくお願いします」

教室から少し笑いが起きる。クラスの皆には真面目でちょっと変わっている子に見えていた。でも眉目清秀で特に目が綺麗だったので、一部の女子は湧いていた。また蓮もたった十五秒ほどの藤羽の自己紹介で虜になってしまい、自分の番が回ってくるまで藤羽の事が気になって仕方がなかった。常に視界に藤羽がいて、そして昔どこかで見たことあるような気を感じた。なぜここまで夢中になってしまったのか不思議だった。

蓮は自分の番が来たので緊張しながらも、前日の夜シミュレーションした通りに自己紹介をした。

内海蓮(うつみれん)です。趣味は音楽聴くことと美味しい物を食べることです! 気楽に話しかけてください! よろしくお願いします」

そうしてクラス全員の自己紹介が終わり、その後は学校生活についての説明や教科書とプリントの配布があった。

予定では雨が止めば校庭で集合写真を撮ると亀井先生から聞いていたが、まだ雨が降りそそいでいる。

トイレ休憩があり、藤羽は窓から校庭を覗いていた。校庭にある一本の桜を無数の雨が花を散らしている。桜はいつ止むのか分からない雨を耐え忍んでいた。それを藤羽は凝然として見続けていた。

「雨そんなに面白い?」

蓮は話しかけたいけどなんて声を掛けたら良いか分からず、からかうような言葉で言ってしまった。

「別に面白くないよ、蓮くんは桜が可哀想に見えない?」

と藤羽は蓮をちらっと見て再び桜を見ながら聞いた。

「名前覚えてくれんだ」

「入学式は席隣だったし、ここの席も近いから」

「そっか、でも普通は桜に可哀想って感情浮かばない」

「普通はそうだよね」

 沈んだ声で藤羽は言う。

「紺野くんは優しいんだね」

 咄嗟に思いついた言葉を蓮は言った。蓮は桜に対して『可哀想』という感情を一瞬理解出来ず困ったが、大して気にはしなかった。

亀井先生は廊下で他のクラスの担任と話している。そしてトイレから帰ってきた生徒を見て二組の教室へ戻った。

「本当は桜のある校庭で撮りたかったんだけど、雨だから教室で撮ります」

クラスメイトは正直どっちでもよかったようで、大してリアクションは無かった。背のあまり高くない藤羽は前列に、反対に蓮は後列でクラス写真を撮影する。

親たちは懇談会でそのまま体育館に残っていた。全てのクラスのHRが終わったようで教室から各自解散になった。藤羽も車で来たみたいなので「一緒に駐車場まで行こ」と、蓮が誘い二人で駐車場に向かうことにした。

「紺野くんは中学は部活なにしてたの?」

「美術部」

「それっぽいかも。俺は陸上」

「それっぽいかも」

藤羽は言い方を真似て言うので、二人は目を合わせ、互いに笑った。

「紺野くん笑うんだね。さっきと雰囲気違う」

「さっきは桜が雨で落ちていくから、可哀想だなって思っただけ。……そこまで深い理由は無いよ!」

 そう最後に付け足し、笑いながら言った。

「そっか〜」

蓮はそこまで桜の事を気にしていなかったので、そういう視点があったのかと腑に落ちる。そうして、入学式の来賓の人が寝ていた事や、亀井先生の頭がそろそろキそうという面白話をしながら歩き、駐車場に着く。そして蓮は運転席に座って携帯をいじって待ってる由美を見つけた。

「ごめん先行くね、また明日話そ!」

急ぎながらそう言った。

「うん、また」

なんだか寂しそうな言い方だったが、蓮はそれに気付かず由美の待つ車へ走った。

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