出会いの桜
「また腰が引っ込んでるわよ! もっと堂々と、力強く!」
「は、はい!」
千里に剣術稽古を頼まれて以降、雪乃は千里との休憩時間が合うときに練習に付き合ってやっていた。人目があまりないところを、と練習場所を探した結果、二人はほとんど人が通ることのない裏庭で稽古に励むことに。
「初めよりも随分、剣を真っ直ぐ振り下ろせるようになったわね。いい調子よ」
「そうですか⁈よかった〜」
聞けば千里は年が雪乃よりも三つ下らしい。五人兄弟の末っ子で、男は千里一人だけ。幼い頃から姉たちに可愛い可愛いと甘やかされて育ったせいか、剣などの武道はからっきしだめで、隊内でも下から一、二を争うほどの剣の腕前のようだ。
「けど、武術が苦手なのに、どうして暁に入隊しようだなんて思ったの? ほかにも仕事は、たくさんあるのに」
休憩中、木陰に腰を下ろして報酬である福寿の饅頭を食べながら並んで食べているときに、雪乃が隣の千里を覗き込んで尋ねた。すると、千里は頬をぽりぽりと掻きながら照れくさそうに笑う。
「憧れてる人がいるんです」
そう話す千里の表情は気弱そうに剣を振るうときとは、打って変わって生き生きとして見えた。
「僕弱いし、女っぽいから近所の子どもたちからも、よくいじめられてたんです。その日も石を投げられて、からかわれていて泣いていた僕の前に、暁の隊士の人が助けに来てくれて。かっこよく近所の子たちを追い払ってくれたあと、泣いている僕にも『やられているばかりでは、いつまで経ってもやられたままだ』って励ましてくれたんです。周りの人たちがいつも僕を守ってくれてたから、それに甘えていたけど、そのとき『僕も強くなりたい』って初めて思ったんです」
確かに今はまだまだかもしれないが、真っ直ぐと前を見据える眼差しは決してひ弱な目ではなかった。
「それに家には男は僕だけだから。姉さんたちも、みんな守ってあげられるくらい強い男になりたいんです」
使用人の、しかも女の雪乃に稽古を頼むくらいだ。きっと千里の「上手くなりたい」という気持ちは本物なのだろう。雪乃はふと笑みをこぼすと、「なれるわ、きっと」と言った。すると、綺麗な微笑みを向けられる。
「頑張ります!」
元気よく返ってくる返事。雪乃は千里が苦手ながらも諦めずに、稽古に励む理由がようやく分かり、「だったら、なおさら練習に励まなくっちゃね!」と千里に向かって笑いかけた。
「ちなみに、その隊士って今もここにいるの?」
話を聞いていて、そういえばと疑問に思ったことを尋ねれば、千里から「もちろん、いますよ!」と、あふれんばかりの笑顔が返ってくる。
「それって誰なの……?」
「副隊長の時雨様です!」
何気なく投げかけた問いに思わぬ人物の名が出てきたので、雪乃は思わず飲んでいた水を吹き出しそうになった。
「し、時雨って……あの、時雨様⁈」
「はい、そうですけど……。もしかしてお知り合いですか?」
「べ、別に知り合いとか、そういうのじゃないけど、びっくりして……」
驚く雪乃をよそに、時雨の熱烈な信者であるらしい千里は、彼がいかに素晴らしい人物かを熱っぽく語っていた。
そんな二人を木の影からじっと見つめている人物がいたのだが、話に夢中だった彼らは、その視線には気付くことはなかったのだった。




