04
上手い切りどころが見つからず、長くなりました。
扉を超えた先は荘厳な雰囲気のする広場だった。ざりっと玉砂利の音が鳴る。
正面には巨大な門、赤い鮮やかな柱と白漆喰、そして黒い瓦屋根でこれでもかと存在を主張している。
年始に参った八幡宮を思い出す。それより2倍ほど大きく豪奢な赤い門の先に目をやると、長い長い石畳が敷き詰められた街路が連なり、左右に瓦屋根の街並みが並んでいる。
門の上部には崙陰の文字がこの街が初期スポーンの街の一つ、インロンであることを主張している。
周りに目を向けると次々と光に包まれて人が現れてくる。どうやらこの門前広場が初期スポーン地点となっているらしい。後ろには木造の物見櫓、脇には詰め所と思われる小屋が建っており、ここが簡易な検問所の様な空間と見て取れる。
うむ、説明などは特になし、最近のゲームにしては異常なほど説明の少ないのが逆に好み!
大昔なゲームは説明書さえあったら後は操作説明などなかったもんだ!しかし、キャラクター名くらい決めなくても良いんだろうか、そういえばその辺事前情報の動画では特に説明してなかったな。
(まずは、街の中に入って諸々情報収集かな……で御座るな)
どんなゲームでもシステムの理解から始めるのが一番である筈だ。後ろの物見櫓の先は街道と思われ、左右に鬱蒼とした森が広がっている。スポーンして周りを見渡すや否や数人が街道へと向かっていく、どうやらスタートダッシュに逸るプレイヤーの様だ。
(勢いが凄いな、拙者には真似できない。アレが若さ……)
あのプレイヤー達がスタートダッシュを決めるにしろ、決め切れず苦い思いをするにしろ、あの勢いは拙者には無いものだ。おじさん眩しくて目が霞んじゃうよ。
大多数のプレイヤーはここで説明など入るものかと思っているのか、それともステータスでも出そうとしているのか、動き出さない。
まぁ広さが田舎の高校のグラウンドくらいあるから多分人で満杯になることも無いだろう。だが、段々と人が増えて言っているのも事実。
(まずはこの人混みから抜けるべき、ここは早速奥義の出番で御座るな!)
周囲の邪魔にならないよう人々の間を縫うように現代忍法【手刀人海割りの術】を使いそそくさと巨大な門をくぐる。「ちょっと通ります、すみませんね、へへ」という詠唱を行い、目立ちすぎることなく人込みを抜けられる秘儀である。愛想笑いなど浮かべておけば相手に因縁をつけられることもない便利な技なので日常でも使用している人も多いかと思う。
現代忍法を発揮することでなんとか門を潜り抜け、インロンの街に入る事が出来た。まずは諜報活動の第一目標、ステータスの確認方法と転職方法を探るとしよう。流石にそれくらい説明してくれても良い気はするが……。この諜報活動も一つの試練、楽しんでいこう!
石畳の上を草履をぺたぺたと鳴らしながら中央通り(仮称)を歩いていく。周りには通行人と見て取れる商人や町人に混じって、拙者と同じような無地の着物に草履の様な、正に初期装備といったプレイヤーが物珍しそうにきょろきょろと街を眺めながら歩いていたりする。
通り一本分、大体一町程も歩いていくと、一つ目の四つ辻の中央に笠を被った兵士らしき人が立っていた。6尺ほどの槍を縦に構えた男、如何にも案内人顔をしている。よし、ひとつ話しかけてみるか。
「すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが」
「む、見ない顔だな。さては旅人か、ではまずは修練場に行くのが宜しかろう。この道を左手に行け」
(おぉ、一番知りたい情報を一気に言ってくれた、話が早いな)
「有難う御座いま…」「もし職に就きたいのであればこの道をこのまま進むのが良かろう、金剛神宮の宮司様が転職の儀を行っていただける。右手に行けば装備などを扱っている店が並んでいるぞ」
「助かり…」「外に出る時は職業に就いてからにした方が良かろう、気を付けなさい」
なんかやたらこっちの返事を待たず被せてくるな、と思ったが、そうか案内用のNPCだ。ちゃんとこっちを見ながら焦点を合わせてくるからついつい返事をしてしまった。傍から見ると恥ずかしい光景だったかもしれん、プレイヤーが増えないうちにさっさと移動するか。
しかしプレイ動画くらいでしか見たことが無かったが、実際に自分で体験すると少し怖いものがあるな。さっきのNPCもギリギリ不気味の谷を超えてきてる気がする。不気味の谷というのは20世紀にAIが人間に近づくにつれ、一定のラインを超えると違和感や恐怖感を覚える、という理論らしい。あの兵士も決められたセリフしか喋れないんだろうけど、視線や焦点の合い方は完全に人間だったし、ちょっと怖いくらいだな。
四つ辻を左手に折れ、修練場へ足を向け、今度は通行人をもう少し意識して歩いてみると、歩幅が一定であったり、少し近づいても逸れていくだけでこちらに意識を向けたりはしない様だ。正面から来た桶を釣ったおじさんがスッと避けて歩いて行ったりする、おっと桶から水が零れそうで零れない、よく出来てるなぁ。
こちらは一町半ほど歩くと正面に大きめの道場が見えてきた。あれが修練場か、NPCの挙動だけ見ていたらすっかり時間が掛かってしまった。
道場に足を踏み入れると突然に、えいやぁ、という掛け声が耳に届く、外からは気付かなかったが中には既にプレイヤーと見られる人達が木刀を振るったり、見るからに重い丸太の様なものを振り回していたりしている。どうやら思いのままに戦闘操作の練習が出来るような場所の様だ。端の方に見るからにガタイの良い角刈り眉毛が仁王立ちで辺りを睨んでいる。アレは流石にNPCだろう。
草履を脱いでなんとなく一礼をしながら中に踏み入ると、入口のすぐ脇にいた胴着姿の男に声を掛けられる。
「よくぞ参られた、この道場の師範代をしているトオルだ。こちらでは戦闘の修練が出来る。説明が必要かな?」
――――
チュートリアルを開始します。
キャラクター名を名乗って下さい。
――――
どうやらチュートリアルイベントが開始された様だ。アナウンスが届く。師範代って事は奥にいる角刈り眉毛は師範だったりするのか?柔道の全国行ってそうなくらいガタイ良いし、多分そうなんだろうな。
キャラクター名は決めてある。有名な戦国武将の幼名をお借りすることにしていた。
「拙者の名は梵天丸という」
「梵天丸だな、よし、では左手を胸の前に構えたまえ。こうだ。」
師範代トオルが左手を手の平側の手首を体側に向け、拳を上向けに構えを取る。
言う通りにして、3秒ほど経つと目の前にARウィンドウが現れる。
――――
名前:梵天丸
Suit:Spade
ベースレベル:1
スキルレベル:1
ベースポイント:5
攻撃力:3
肉体 :3
精神 :2
器用さ:2
幸運 :2
職業 :無職
スキルポイント:0
スキル:
――――
「よし、良い構えだ。それが貴君のステータスウィンドウだ、そこに様々な情報が追加されていく、すべての基礎となるためその構えを覚えておくように」
「なるほど、このベースポイントというのは」
「ステータスの種類は上から、攻撃力、肉体、精神、器用さ、幸運となっているぞ」
またやってしまった、こいつはNPCだったな。こちらの質問を完全に無視して説明を続けている。
「攻撃力は攻撃以外に所持できる道具の数、移動速度などにも影響している――」
以降ステータスの説明を続けて貰っているが、これは事前情報で分かりづらいと非常に不評だった奴だな。
まとめると大体は以下のような感じなので聞き流しておく。
――――
攻撃力:
敵に与えるダメージに影響する。
所持できる道具の最大値、最大移動速度に影響する。
装備できる武器によって適正値があり、達していない場合は威力が出ない事がある。
――――
肉体:
敵に与えるダメージに影響する。
敵から受けるダメージに影響する。
所持できる道具の最大値、最大移動速度に影響する。
装備できる防具によって適正値があり、達していない場合は防具を貫通してダメージを受ける事がある。
――――
精神:
敵から受けるダメージに影響する。
スキルの使用出来る回数とCTと効果時間などに影響する。
攻撃がクリティカルヒットしやすくなる。
製作を行う際の成功率に影響する。
――――
器用さ:
スキルの使用出来る回数とCTと効果時間などに影響する。
装備できる武器によって適正値があり、達していない場合は威力が出ない事がある。
製作を行う際の成功率に影響する。
――――
幸運:
攻撃がクリティカルヒットしやすくなる。
製作を行う際の成功率に影響する。
アイテムの習得の際に稀に複数のアイテムが手に入る。(一部のアイテムは除く)
――――
これに選んでいるスートで補正が乗るらしい。うーむ、複雑である。
しかしゲームの事となるとそのうち自然と覚えられたりするから不思議である。仕事はいくらやってもすっとは入ってこないのになぁ!
「――といったところでステータスの説明は終わりだ!」
聞き流していた説明が終わったようだ。早くこのベースポイントをステータスに振り分ける説明してくれ。
「さて、続いて武器の説明だ。そこの木刀を取ってくれ」
「いや、ベースポイントは」
師範代トオルは質問に答える様なフローは備えていない様で、壁に掛かった木刀を手で指し示した格好で止まっている。くそっ、お役所仕事め!
仕方ないので木刀を手に持つ。
「よし、よく出来たな。持ったままステータスウィンドウを出したまえ!」
褒めて伸ばすタイプなの?手に持っただけでよく出来たなって。
ステータスウィンドウを見ると先ほどのステータスの下に追加で装備欄が増えている。
――――
名前:梵天丸
Suit:Spade
ベースレベル:1
スキルレベル:1
ベースポイント:5
攻撃力:3 (+1)
肉体 :3
精神 :2
器用さ:2
幸運 :2
職業 :無職
スキルポイント:0
スキル:
装備 : 木刀 ▽
――――
装備として木刀が追加され、攻撃力のステータスの横には補正値が追加されている。装備の木刀の横には三角のボタンの様なものが出ている。「装備された木刀の横のボタンを押してみろ、そうだ!良いぞ!」うるせぇなこの師範代。
――――
装備:木刀 △
種類:片手装備
説明:木材から削り出した刀の形をした木の棒。
適正値:
攻撃力 : 0
補正値:
攻撃力 : +1
――――
「装備には適正値と補正値があり、適正値は装備する際の必要とする攻撃力や肉体などのステータスだ。補正値はステータスに追加される値となる、また装備によって種類があり、片手で装備できるもの、両手で装備できるもの、防具ではそれぞれのパーツに合わせて変わってきたりするから気を付けろォ!!変わり種では投擲するものなどもあるぞォ!!」
「うわっ!びっくりした!」
なんかテンション上がってきてるのか師範代、突然握りこぶしして踏み込んできたけど!?奥にいる角刈り眉毛師範もこちらを睨んでるぞ?なんでいきなりデカい声出したんだ!?
そんなことより、そろそろベースポイントの説明をして欲しいんだが……。
「それではそろそろ貴君の力を見せて貰おうか!それでは試しにそこにある砂袋を殴ってくれ!!」
え、ベースポイントの説明まだぁ!?
次回、ベースポイントと転職