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2m以上ある大鏡に全身を映す。
(ここまでデカい鏡って学校でも服屋でも見ないよな……もはや壁くらいの大きさだ……)
植物を模した美しい彫刻で飾られた枠の中に人影が映っている。
素体として用意されているのは自分より若干筋肉がついた肉体がそこにあった。勘違いしないで欲しいが若干だ、鍛えてはいないから確かに最近曲がり角を迎えつつあるおっさんの身体だが、まだギリギリイケる筈だ。多分。
この素体を弄っていく事になるらしい、鏡からARウィンドウが浮き上がり、操作可能になる。
変更可能範囲を確認するために全て中心に揃っているスライドを上から順に操作していくと、身長は首、胴、腰、脚、全部伸ばして±15センチくらい、腕や足の長さは微調整くらいしか出来ないが、全部伸ばすと大したもんだな。おっ、腕周りや太腿周りに何故か10センチくらいの変更範囲幅がある。
「あんまり身長とかは大きく出来ないが、肉付きを良くしたりは出来るのか、やりすぎると違和感が凄いな」
一旦腕周りを最高値に、身長系を全部最低値にしてアバターという名のバケモノを作り出して鏡から離れる。
ひとしきりその辺を歩き回ってみると、腕の筋肉が邪魔で歩きづらいが思ったより違和感を感じないな。
「比較対象が居ないから身長の高さは割と分かりづらいか」
思いっきり変更したりするとゲームと日常生活のギャップで支障が出るかもしれん、おそらく偉い人が色々考えて医学的にも問題がないレベルに落とし込まれてるんだろうけど、ちょっと怖い。変にゲーム内で癖付いてまだ30代なのに何にもない平地ですっころんで恥をかきたくはない。
確かちょっと前にVRゲーム配信者がその辺は注意する様に声掛けすべきだ、とか一瞬話題になってた気がする。言ってることは正論なんだけど、そういうのって浸透させるのにめちゃくちゃ時間掛かりそうで、拡散とかに協力する気に中々なれないんだよな、誰かあの現象について心理学的な論文を書いてくれ。それを拡散するわ。
とまれ実験は程ほどにして鏡に映る分身体を弄っていく。
一旦スライドを全てデフォルトに、いや脚だけちょっと伸ばして、少し首を長く、違和感ないくらいまで……ちょっとだけ、ちょっとだけ。ほら、身バレとか怖いじゃん、背格好で身バレする可能性とか、あるじゃん。
小物感全開で建前で壁を作って身体は完成!
顔回りは、あれ思ったより変更出来ないな、それこそこっちで身バレするじゃねぇか。変えられるのは、眉毛の形とまつげの長さ、あとは黒子の有無と位置くらい、かな……?あ、いや耳は伸ばせるな。エルフのロールプレイとか面白そうじゃねぇか、やらないけど。
こんなもん悩んでもしゃあないし、そのまま次、いや眉毛をちょっとだけ整えて……ちょっとだけ、よし。
次いで髪型だ、こちらも素体は近所の床屋で2000円も掛かっている当たり障りのない短髪の俺が映っている。
こっちは色々変更出来る様で、長さは結構自由が利くようだ。また事前情報でゲーム開始後に髪型を変更できる場所があるらしいので、そこまで思い悩むこともないだろう。そういえば昔これ系のVR動画で「前髪をめっちゃ長くしてみた!」みたいな動画があったな。このゲームではどうなんだ?
「すげぇ、向こう側が透けてやがる」
前髪の長さをマックスにして顔が見えないくらいの長さにしていくと、目が全て隠れる辺りで半透明度50%くらいの感じで視線の先に鏡が見える様になった。どんどん長くしていくと前髪だけめちゃくちゃ長い髪のバケモノが鏡に映った。
(いや、こんなんにする奴いるんか?ギャグでやるにしても色々不都合ありそうだが……)
冷静になって髪を元の長さに戻す。
その後後ろを伸ばしたり、丸刈りにしたり、落ち武者になったりしてある程度遊んだ後、どうにもしっくり来なくて結局普段の髪型に戻した。もしかしたら整髪剤とか使えばモヒカンとか出来るのかもしれないな、ヒャッハー!
ひとしきり髪型で遊び終わったので、改めて全身をしっかりと見る
(若干背がしゅっとしている気がするけど……普段の俺だな!うん!変わりない!変わりない!)
身長がちょっとだけ高く若干筋肉質で、若干眉毛がキリッとした『ほぼ俺』、完成。
さて、大鏡から目をついとずらすと四枚の扉。
左から『木製の扉』、『鉄製の扉』、『石材の扉』、『竹製の扉』といった感じ。
それぞれの扉に皮の札が下がっており、恐らく行先となる都市の名前が書かれている。
事前情報で行く都市はもう決めてあるが、改めて左から順に改めて見て行こう。
■『木製の扉』・・・カイリークル
巨木の表面を皮ごと切り出したようなデザイン、表面に苔がまばらに生えていて、上から蔦が少しだけ伸びている。確か事前情報では巨大な湖のそばの都市、だった筈だ。詳細は不明だが、森と湖に囲まれた自然と暮らす都市、といった感じ。
■『鉄製の扉』・・・フロンティア
ブリキの鉄板を丸釘で固定しているような、中世の東欧のお城の様なデザインだ。重厚な扉の向こうから騎士の足音が聞こえそうな、そんなフロンティアは正に騎士の王国といった感じだった。こちらも詳細は不明だが、非常に広大な王都、といった感じ。
■『石材の扉』・・・ザラク
石を削り出して、複数の柱が連立しているような彫刻が施されたデザイン。下側に波状の意匠が施された扉の先はザラク。砂漠に流れ込む広大な河の上に掛かった橋の様な都市という見た目だった。当然詳細は不明だが、インドのデリーってこんな感じだったのかな、とか思う。
■『竹製の扉』・・・インロン
竹を切り出して編み込んだようなデザインで、枠の部分に漢字とひらがなの合いの子のような文字が達筆な筆跡で描かれている。読めそうで読めない。インロンは正に古代中国と江戸をコンセプトに作られた様な都市で、広い道に瓦屋根が目立つ様な古都だった。
四箇所の都市から自分が開始する都市を選べるらしい、これもゲーム的な意味で言えば超王道だな!
更に言うなら初期の都市もまさしくどこかで見たことある!みたいなマップばかりだ。事前情報の動画を見ながら、うん、こういうので良いんだよこういうので、と思わず一人でニヤけちゃったからな。
さて、これでキャラクリエイトも含めて、事前準備は全て完了っぽいな。
後は扉を選んで、その先へ行くだけだな。
――あなたの行き先を、選んで下さい。
「おぉっ!?びっくりした!!」
まだナレーションあったのか、驚かされて心臓がばっくばく言ってる。
急かさなくてもこっちも決めてあるから大丈夫だ。
予約をしたあの日から、色々考えたけど久々のMMOで悩んだけど、やりたいことはなんだかんだ決まっていた。
高校の頃にこっぱずかしくて出来なかった、あのロールプレイング。あれがやりたい。
ギルドマスターがやっていたマカロニウエスタンのような、臨時PTで組んだ厨二病魔術師のような、獣人キャラを使って語尾を弄っていた商人のような、もう一つの自分になりきって遊ぶ。
そしてそんなキャラになりきるなら、自分のやりたいことを加味するなら、ここしかない。
事前情報でもある程度ロールプレイのそれっぽい事が出来そうなことは分かってる。
(最悪出来なくてもこじつけりゃ何とでもなるのがMMOだからな!なんくるないさー、使い方あってるか知らんけど)
キィ、と音を立てて扉を押し開き、その向こう側へ一歩踏み出す。
いつしか驚かされて騒ぎ出した鼓動はそのまま期待と不安のリズムに変わっていた。
拙者はこの剣と魔法の超王道ファンタジーゲームで、忍者になりきるで御座候ふ!
次回、選んだマップとキャラ名発表