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誰にでも子供の頃の夢ってあるだろう。
スポーツ選手、お医者さん、ペット屋さん、ケーキ屋さん、学校の先生、警察官。
小学校の卒業アルバムを開けばその頃の懐かしい夢を思い出すことが出来るだろう。
でも夢は夢でしか無いってのは思ってたよりすぐ気付くんだ、高校生くらいになった頃にはそういう職業になるより現実的な道を模索するもんだ。
野球一筋の少年だって県大会も突破出来なくて諦める、医者になりたかった女の子も友達付き合いの中でそういう事を忘れていく、現実を叩き付けられて、時間が経つ程に霞んでいくんだ。
俺もそういう平々凡々とした人生を歩み、夢なんてもんはとっくに諦めて会社勤め人となった。
今の夢らしい夢なんて、買ってもいない宝くじが当選したら何に使うかな、くらいの一束三千円で買える現実的な夢くらいだ。
拘束時間の少なさと休日の多さ、そして出社日数の少なさだけで選んだ会社で久々のかったるい書類作成をだらだらと行い、定時でさくっと上がって帰路につく。週三出社で良いとは言え、紙仕事が無くならないのは旧態依然とした会社の悪い所だと思いますね、正直。
去年買ったばかりの時計型AR投射機を手元に構えて現れたディスプレイで、SNSの情報を漁りながら電車に揺られていると面白い記事が流れていく。
(ふぅん……。オシリスⅡが来月発売、予約開始ねぇ……)
現実を生きていても人生を彩る楽しみとして趣味がある。
一日数時間、家にまっすぐ帰ってゲーム三昧、部屋から出ずとも仮初の世界で大冒険が出来る。
シミュレーションやシューターゲームも流行っているが、俺はやっぱり高校の頃からRPGが一番やり込んでいて好きなジャンルだ。大昔はそんなこと無かったらしいが、今や当たり前となった職業選択式のMMORPGで高校を留年しそうになったのは今やいい経験だったと冗談に出来るようになった。
ロールプレイしている間はそのキャラになれる。それが現実を少しだけ薄めてくれる。
(オシリスが発売した頃は忙しかったから、今度は買おうかな?)
VRの世界に数万円で味わえるようになって数年。オシリスはVRやARが一般のご家庭や家電などにも少しづつ浸透した頃に、日本のゲームメーカー『満天央』が発売したVRゲーム機の金字塔だ。
大学を卒業する頃に発売したVRゲーム機だったが、社会人一、二年目の俺には手を出す余裕が無かった。動画サイトでプレイ動画を指をくわえて憧れたゲームハードの後継機の発売に心が浮かれてきた。
(幸いボーナスは残ってる、予約しちゃおうか……)
そう思いながら記事をスライドしていくとローンチタイトルの一覧動画が流れていく。
レーシング、シューター、アクション、と流れた所で一際目を引くタイトルがあった。
Suit Select Online。
職業選択式のRPGタイトルのようで、美麗なグラフィックの中でキャラクターが剣舞や魔法を披露していた。SSといえば中学生の頃に流行っていたファンタジー漫画だった筈だ。まさに王道を行く剣と魔法のファンタジー、といった感じで人気絶頂のまましっかり終わらせたストーリーは完璧だった。ハリウッドで実写映画化したのが思いっきりコケたのは記憶に新しい。
(主人公の剣士の技を傘で真似したクラスメイトが窓に突っ込んで窓ガラスを割った事件は高校までの語り草だったな)
スートというのはトランプのカードのマークの事だった筈だ。漫画ではハートやクラブのスートをモチーフに背負った仲間たちと共に冒険しながら、チェスモチーフらしき魔王の軍団を蹴散らしたり、将棋モチーフらしき将軍の国を救ったりしていて超王道の少年漫画といったテイストに仕上がっていた。
などと思っているとゲームシステムの説明が入る。
――好きな武器、好きな職業を選んで広大な世界を旅しよう!
笑えるほどに王道である。
――レベルが上がったら上級職へ転職可能!あなたの力を示せ!
漫画の主人公たちも途中で上級職や最上級職に転職していたからその再現か。
――自分だけのスキル選択で友達や仲間たちと君だけの冒険を楽しもう!
ん?そうか!これ気付いてなかったがMMOなのか!そりゃそうか、Onlineか!
おっと、興奮してしまった。まだ電車の中だというのに恥ずかしい。
ニヤける頬を片手で押さえながら続きを見ていくと、最後に小さく気になる文字列が流れた。
――※職業を選ばなくても遊べます
どういう事だろうか?SSでは剣士や魔法使いといった職業に就けたからこそ様々な戦闘が出来ていたが、もしや旅だけ楽しみたい、みたいな人向けのメッセージなんだろうか。
まぁ良い、こんなもんハードごと即買いである。
「次は、H田~H田~……」
そんな決心と共に最寄り駅に着く事を告げるアナウンスが流れる。
久々のMMORPGだが社会人として身を崩さない程度に楽しませて貰おう!節度を持て人類よ!
そうと決まれば、とばかりに下り階段を早足に駆け降りる。
(まずは有給申請が出来る程度に仕事を整理しておくか!)
現実はある程度非情である。
―――――
それから数週間、事前情報を漁りに漁り――溜まっていた有給の消化申請を可能な限り早く済ませ――選択できる職業の情報などに心を躍らせ――有給予定日に合わせて仕事をこなしつつ人に押し付けつつ――毎週追加される新しい動画に少年のように目を輝かせて万全の状態で発売日を迎えることが出来た。
さぁ――始めようか!久しぶりの冒険を!
書き散らしです。初投稿となります。
書き溜めは無いので不定期投稿となります。