第9話 嵐の前の・・・
「パーティ、ですか?」
明くる朝、ルアンはローデリックに声をかけられた。なんでも、パーティが開かれるから準備をしろという。
「そうだ。急遽、伯爵家本邸でパーティが催されることになった。一週間後だ。アルトゥール様も伯爵家嫡男として参加される。お前は一応執事見習いだが、従者としてついていきなさい。お側でアルトゥール様をお支えするのだ」
本邸。
昨日の答え合わせが唐突に行われた。しかも花丸大正解。
面食らいつつ、何を用意すればいいかと問いかけた。
「いや、特に用意するものはない。お前の役割は常にアルトゥール様のおそばに控えて離れないことだ。それ以外には何もしなくていい。あとでパーティの参加者予想名簿を渡しておくから、不審者がいないかは注意しておきなさい。いいね?」
「承知いたしました」
立ち去っていくローデリックに頭を下げながら、ルアンは眉を顰めた。昨日接見に来た連中、あれは十中八九本邸の者たちだろう。その内容がパーティ開催の知らせだとするならば、連絡があまりにも遅すぎる。ルアンが組織にいた頃に夜会帰りの客を始末するよう命じられた時でさえ、3ヶ月前には予定は定まっていた。
今回のこの流れ、間違いなくアルトゥールに対する悪意が存在している。
ルアンは知っている。こういう類の嫌がらせをしてくる奴らは小さな悪意を所々に忍ばせて、こちらを少しずつ疲弊させていくのだ。
とするなら、今度のパーティでも必ず何かを仕掛けてくるはず。
そばを離れるな、というのはそういうことかと合点した。
どんな爆弾が仕込まれてるのやら。貴族同士の争いである。本音で言えば、全く関わりたくない。
とはいえ、今のルアンはアルトゥールの使用人。やらねばならないことは五万とある。
とりあえずはローデリックから渡された出席者名簿を読んで暗記し、貴族に対する立ち居振る舞いを復習する。
急に忙しくなった毎日に辟易しながら、一週間は矢のように過ぎ去った。
パーティ当日の朝。
連日の激務に痛む頭を抱えながら、ルアンはいつもよりも少し早く起き出していた。
この別邸から本邸までの距離は遠い。パーティ開始時刻に間に合うために早いうちから出掛けなければいけなかった。
自分の用意を済ませ、部屋までアルトゥールを迎えに行く。
階段を登りながら、かっちりとしたジャケットといつもより細身で柔軟性に欠けるスラックスを見下ろした。
従者としてパーティ会場入りするルアンだが、今日に限っては華やかな衣装に身を包んでいる。
次期当主アルトゥールのお付きのものとして恥ずかしくない装いが必要なのだそうだ。
動きを制限されるようで、違和感が半端ではない。はっきり言って不快である。
従者の服装までこだわるとは見目を気にする貴族様らしいなと、ルアンは薄ら笑いを浮かべた。
アルトゥールの部屋に入れば、彼はもうすでに準備を済ませていた。
軍服に似た黒の上下に、銀糸で刺繍が施してある。
朝日が背後から差して、さながら宗教画である。もはや容姿だけで千金の価値があるのではないだろうか。
こんなに美しいのに疎まれるなんて貴族の社会も面倒だなあと思った。
その美しい顔で、アルトゥールはこちらに微笑んで来る。
「おはよう、ルアン」
「おはようございます。良い朝ですね」
2人の間で、毎日変わりなく交わされる挨拶である。
「緊張しているかい?」
いいえ、と首を振った。
「緊張したところで、どうにもなりませんから」
肩をすくめてそう答えれば、アルトゥールは目を見開いて、少し笑った。
「…それもそうだね」
「ええ。特に、俺のような平民にとっては。…アルトゥール様は、緊張しておいでですか」
心なしか、ルアンの若い主人の体はこわばっているように見えた。いつも穏やかで笑顔を絶やさないアルトゥールにしては珍しく、こちらに向ける表情もぎこちない。
「僕が?…まさか」
影のある表情が、ふっと不敵な笑みに変わる。
初めて見る表情だなあ
こんな顔もできるのかと意外に思う。ふと壁の時計を見れば、出発の時刻が近づいていた。
アルトゥールに馬車に向かうよう促した。