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第12話 怒涛のような

「どうされましたか?!」


ただならぬ様子に、方々から使用人が集まってくる。周囲の貴族は、アルトゥールの周りの血だまりにようやく気付き、騒然とした。

ルアンはもう一度声を張り上げる。


「アルトゥール様が毒を召された!」


ざわめきが悲鳴に変わる。


「毒だと?!」

「なんてこと。公子様が倒れられたのだわ!」

「この食事は安全なのか?!」


周囲の喧騒をよそに、ルアンは近くの使用人に指示を飛ばす。


「医者を呼んでくれ。私は先にアルトゥール様を別室へお運びする!それから、水と桶とタオルをできる限り多くもってこい!」


使用人からの返事を待たずに、ルアンはアルトゥールを抱き上げた。

できるだけ人目に付くようにホールの中央を突っ切り、参加者のために用意されている控室へと向かう。

使用人が一人、後ろにぴったりとついてきているのが分かった。


邪魔だ。

しびれを切らして、振り返らずに声をかけた。


「おい、ついてこなくていい。一番手前の控室にいるから、ローデリックさんを呼んできてくれ。別邸の家令だ。わかるよな?」


返事はない。


「おい、聞いてるのか—」


瞬間、後ろについていたはずの使用人の気配が消えた。


総毛が逆立つ。

とっさに、アルトゥールを抱え込みしゃがむ。

シャッと、頭上をナイフがかすめた。

目線を挙げれば、両手にナイフを構えている、使用人だったはずの男の姿を認めた。

即座に飛びすさみ、距離を取る。

アルトゥールを一度下におろそうかと考えて、やめた。

他にもどこに敵が隠れているかわからないからだ。

ぎゅっと、アルトゥールを抱えなおした。

ステップを踏みながら、迫りくるナイフを躱していく。


腕の中の一人分の体重が重くて、何度かナイフがルアンの腕や肩をかすめた。間違ってもアルトゥールに当たらないように配慮した結果でもあるだろうが。


数回の攻防の末、タイミングを見計らって相手の足を払う。

バランスを崩したところに追い打ちをかけて床に転ばし、のどを踏み抜いた。

メキッと嫌な音がして、男は動かなくなった。


たぶん死んだ。


一瞥をくれて、ふと我に返る。

この死体、どうしようか。

何処かに隠したいが、少し時間がかかってしまう。

今すぐにでもアルトゥールに胃の中身を吐かせなければいけない。

本当ならパーティ会場で処置したかったのに、状況を判断して控室に向かうことにしたのだ。

少しも時間がない。

のどが無残に潰れた死体を見下ろす。


もうこのままでいいか。

一応端に寄せとこ。


足で男の胴を押しやろうとしたとき、聞き覚えのある声がした。


「その男の事は、私が片付けておきます。あなたはアルトゥール様を早くお連れしてください」


振り返れば、ローデリックが髪を乱しながらこちらに走り寄ってきた。

荒事なんて無縁そうな顔をしているのに、男の死体を見て顔色すら変えない。

ガッと、死体を肩に担ぎあげた。


「私もこれを片付けたらすぐに向かいます。とりあえずこれを」


手渡されたのは、大きめのサイズのボトルだった。


「水が入っています。あなたなら処置できますよね?」


当然のようにそう聞かれた。

もう観念するしかないようだった。


「はい。自分に対しては何回もやったことがあるので」


ローデリックは、そうですかとうなずく。


「くれぐれも、丁寧にお願いしますね。アルトゥール様はあなたと違って繊細な方ですから」

「もちろんです」


それ以上の返事を待たずに、歩き出す。

一番手前の部屋のドアを蹴り破るようにして開け、ベッドにアルトゥールを横たえる。

できる限り目を離さないようにして、窓のカーテンを閉めた。


ベッドサイドには、水差しとコップが置いてあった。酔ったり気分が悪くなったり招待客が休めるように用意された部屋なので、元からおいてあったのだろう。

だが、この水は使えない。

すべて、窓の外に捨てた。


アルトゥールは目を閉じ、荒い息を吐いている。


ボトルを開け、一口に含み、しばらく時間を置く。

異常はないようだった。


「アルトゥール様、聞こえますか?」


耳元でそう声をかければ、アルトゥールがうっすらと目を開いた。


「いいですか、今から胃の中身全部出してもらいますからね。きついでしょうが耐えてください」


わずかに、アルトゥールがうなずいた。


「意識はあるじゃないですか。上々です。そのまま起きててくださいよ」


起き上がらせて、ボトルを口元へ寄せる。


「さあ、飲んで」


こくんと、アルトゥールが一口水を飲んだ。


「まだ、まだです。もっとたくさん飲んで」


半ば強引に、ボトルを傾ける。アルトゥールは少し苦しそうにしながら、水を飲み下した。


「よし、いいです」


ボトルのふたを閉め、サイドテーブルに置き、代わりにからの水差しを手に取った。

水差しは大きいサイズだった。ちょうど、少年が口元を水につけて直接濡らせるくらいには。


「吐いてください」


「そこ、に、か?」


「そうです。他にいい器がないので」


アルトゥールは、ぐっと喉を鳴らす。当たり前だが抵抗があるようだった。


「自分でできないなら俺がやります」


毒を飲んでいるのだ。

余計な時間はかけられない。

アルトゥールの返事を聞かずに、ルアンは口の中に手を突っ込んだ。


いくら嫌がっていても、身体の生理的な反射には逆らえないものだ。

アルトゥールは、口から少し血が混ざったものを吐き出した。


「そう、そうです。まだやりますよ」


水をたくさん飲ませ、口に手を突っ込み、吐かせる。数回繰り返したところで、吐瀉物の色が透明に近くなってきた。

ボトルの中の水も尽きたところで、アルトゥールをベッドに寝かせる。


「とりあえず終わりです。もういいですよ」


タオルがなかったので、ポケットのハンカチを出してアルトゥールの口を拭いた。


ふと思いついて、ルアンはアルトゥールと目を合わせる。


「よく頑張りましたね」


そう言えば、アルトゥールはかすかに笑った。


「吐いて、褒められたのは、初めて、だな」


ルアンも思わず笑ってしまう。


「そりゃあ、そうでしょう。今回は命に関わるんですからね」


布団をアルトゥールの肩まで掛けて、額の汗を袖で拭ってやる。


「ひとまず休んでください。護衛は俺に任せて」


ルアンがそう言うと、アルトゥールはすっと瞳を閉じた。


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