第一話 路傍の石
シュッと、防ぎきれなかったナイフが胸元を抉った。
「っくそ!」
そのまま体勢を崩した俺に、好機を逃さず奴らは再び攻撃してきた。
ふらついていた足を払われ、地面に倒れ込む。無様に敵前に晒した背中に向かって、ナイフが振り下ろされる。
刃がざくりと、背中につき刺さった。
精魂つきはて、動けなくなった俺を尻目に、奴らは音も立てずに去っていった。
寒い。
さっきから目処なく降り注ぐ雨に、体が冷えて寒くて凍えそうなのに、全身にできた傷は熱を主張して、痛い。
矛盾する感覚に、ああ、俺はまた早死にするんだなあ、と他人事のように思った。
この世に生まれておよそ7年、孤児で身寄りのない俺には、前世の記憶がある。
こことは違う世界の日本とかいう国で、高校生とかいう学生をやっていた男のものだ。なんだか良くわからないが、背後から凄まじい音が聞こえた後で記憶が途絶えているので、おそらくその時に死んだのだろうと思う。
ただ、俺にとってそいつはあくまでも違う人間だ。言うなれば、頭の中にやけに詳細な物語が一つ存在しているようなものだった。
ただ、男の感情も正確に追体験できたためか、俺の中には無意識に「今度こそ早死にしてなるものか」という気持ちが芽生えていた。今回ばかりは、その気概も砕け散ったようだったが。
生まれてすぐにスラムに捨てられた俺は、すぐに組織に拾われた。依頼を受けて、対象を消す暗殺組織だ。
別人と認識していたと言えども、青年まで生きた人間の記憶は、俺を精神面で早熟にさせた。幼児特有の小さな体は任務遂行に便利で、俺はちょうど2年前から実戦投入されていた。
今日も、いつも通り組織からの任務をこなしてきた後だった。
対象は、荒んだ顔色とは反対に身なりだけはいいどっかの法服貴族。
いつも通りでかい屋敷に忍び込んで、いつも通り対象の首を掻き切ってスラムの家に帰る途中で、組織の黒服を着た男共に襲われた。
任務遂行後で少し疲れていたし、そもそも子供が体格の違う大人相手に勝てるはずもなかった。
ああ、順番が回ってきたんだなあ、と思う。
特に悲しくも辛くもなかった。
俺は殺し屋だ。任務に出始めてたった2年だが、それでも両手の指では足りないくらいには人を殺してきた。
いつかは自分も殺されて死ぬ順番が来るのだろうなと思っていた。
今日がその日だった。それだけのことだ。
何の感傷も浮かばない。
ただただ、雨に濡れた体が、寒かった。