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線路と暗闇の狭間にて  作者: にのまえ龍一
6/8

尾上なちと将来の夢

 あれから一か月と少し、ワタシは中学を無事卒業した。



 皆勤賞のおかげで出席日数の不足はなく、卒業式に出られなかったのは心残りだったが、仲良くしていた友達数人が駆け付けてくれ、自宅でワイワイと祝賀会を開いたことで解消された。



 皆は線の細くなったワタシを見て幾度も心配そうにしてくれたが、それよりも二年の間に何があったのかと問い詰めたい位にガラリと変わった友人たちの外見の方が気がかりだった。



 ああそうか、アレがいわゆる高校デビューってやつだったのか。いやはや人は変わっていくもんだ。



 そして奇跡が起こった。あの第一志望に合格していたのだ。高校側はワタシに対して特別措置を取り計らってくれたらしく、二年遅れながら入学許可を与えられた。



 でもワタシはそれを辞退した。代わりにワタシは、第二志望の県立高校へ進学を決めた。



 父は好きにしろと言ってくれた。



 母はやっぱりショックで寝込んだ。



 人生楽あれば苦もあるさ―――かつて第一志望先のサーモンピンクをした校舎がワタシに語り掛けた言葉だ。



 苦楽あってこその人生、などとほざくにはまだまだ顔に刻む皺の数が足りないワタシだが、向こうで過ごした二年間は脳に刻む皺を大いに増やしてくれたに違いない。思い出などという安易な言葉で片づける訳にもいかないだろうし。



 そして四月、筋肉を付けるためのリハビリをおよそ一ヵ月間ガッツリと行い、高校の入学式を翌日に控えたある日のこと。



 中学約三年間の汗と涙が染み込んだ制服を名残惜しくもクローゼットの奥にしまい込もうとした時、ふとポケットの付近からカサリと音がしたので中を探ってみると、八つ折りにされた一枚の紙があった。



 即座にピンと来るものがあったワタシは、折り目を広げて中身を一読した。





【拝啓 親愛なる妹 なち



 よぅ、久しぶりだな。もしかしたらついさっきぶりかもしれねぇが。



 この書き置きだが、お前が病院のベッドで寝ていて、消灯時間以降の誰も居ない隙にちょくちょく身体を借りて書かせてもらった。



 その時間帯ってのが、俺がお前と一緒に列車の扉をくぐった先の世界で歩いてた時と一致してる。つまり俺は最後まであの〈ジジイ〉を出し抜いてたってワケだ。細けぇコトはねちねち詮索すンじゃねぇぞ? したら今度こそお前の顔に消えねぇ引っ掻き傷、付けてやっからな。



 前置きが長くなっちまったな。あっちの世界でよ、お前に言い忘れたことがあったら悔いが残ると思ってこれを書かしてもらった。まぁ肩肘張らずに読ンでってくれや。



 まず一つ目、お前のクラスメイトについてだ。〈ジジイ〉はあいつらをタロットに意思が宿り込んだ存在だと思い込ンでたみてぇだが、俺の猫としての勘がそうじゃねぇと告げた。



 あいつらもお前と同じくジジイの〝夢〟に迷い込んだガキンチョ等で、〈ジジイ〉が手に入れたタロットとくっ付いちまった、ツキのなかった連中だと思うンだよ。



 今もあいつらは、どこかできっとお前を待ってる。もし面合わせできたンなら、それはタロットに導かれた者同士の数奇な運命ってことにしておけよ。



 二つ目。あの〈ジジイ〉がやらかしたことだが、結論から言っちまうと心配はいらねぇ。あの変態がでっちあげた〝夢〟は所詮〝夢〟だ。



 お前の、いや、俺達の家系に泥を塗るようなこたぁねぇから安心しとけ。あいつがくたばる前に残した研究成果はおそらく、あの〝天使〟がぜーんぶ焼き払っちまってンだろ。ま、そーいうわけでお前はお前の夢にとことん専念しろ、いいな?



 最後に三つ目。俺とお前の名前の秘密だ。〈ジジイ〉の本名は「トオジ」だろ。漢字に直すと「十二」ってなンのは知ってるよな? そンで俺の名前が「オズ」、こっちは英語にすっと「OZ」だ。アルファベットのOからZまでは丁度十二個……言いてぇことはもうわかったよな? 



 んで、お前の「なち」って名前はローマ字だと「NACHI」だが、ドイツ語の「NAZI」と発音が一緒だ。これは「A in Z」のアナグラムになってて、俺流の解釈では「終わりの中に始まりがある」つまりタロットの〝世界〟が意味する所と同じになるってこった。

 


 一方で「12」は完全・統一されたものを意味してたり、大アルカナの十二番〝吊し人〟と数字が一致してたり、極め付けは1と2をひっくり返しゃ「21」で〝世界〟になったり……とまぁ色々とあるってワケよ。ともかくだ、お前にはタロットの加護がこれからもあンだろな。良かったな。



 よし、書きたいことが書けて落着だ。あとはお前がこれに気づいてくれりゃいいだけだが、どーも心配で心配でしょうがねぇ。これも兄貴としての務めってやつだな。



 別に、お前が俺を本当の兄貴だなンて思わなくてもいいからな。信じるか信じないか、俺はいつだってそンな曖昧な存在だからよ。じゃそろそろ紙面も尽きそうだからよ、これくらいで締めとくぜ。



 あばよ、なっちゃん。



 敬具 線路と暗闇の狭間に生きる猫 オズ】





 読み終えた感想はただ一つ―――あの黒猫やっぱ可愛くねぇ。



 しかしながらこの手紙は将来、いつでも読み返したい時がやって来る予感がしたので、折りたたんでカバンの中に入れておくことにした。



 この手紙無くして、ワタシが〈ワタシ〉として〝夢〟で過ごした二年間の証明にはならないだろうから。



 あの時、窮地に陥ったワタシを間一髪で救ってくれた彼。



 視覚以外で感じるしかなかった()()()()()()()()()()()()()のに、その時のワタシは戸惑いと落胆が先回りし、遅れてやって来た喜びを彼に伝えられず〝夢〟から醒めてしまった。



 あんなにしゃがれた声をしているのに何で身体は男のワタシと同じなんだよ、と。彼は何処かへ往ってしまったのか、悩んでも徒労と分かっているのに心残りだ。



 しかしはっきりしたこともある。



 彼もワタシの立派な一部であり、〈ワタシ〉と共に血の通った不可知の存在なのだと。



 語ることができぬのなら、ただ感じ取ればとればいいのだと。



 朝目覚めた時、食事をしている時、退屈な授業を受けている時、昼寝をしている時、学校の帰り道で考え事をしている時、湯船に浸かってリラックスしている時、そして薄暗い部屋の中で布団に入る時。



 彼がワタシの意識に上ってくる時、思い出し笑いをするように〈ワタシ〉の心をくすぐり気持ちよくしてくれる。その後当然のように彼の偉そうな顔と減らず口を偲んでちょっぴりげんなりとし、眠りに落ちる直前には必ず彼にごめんねと謝ってから目を閉じる。



 彼の声をもう二度と聞けなくなってしまうのは、寂しかった。だからと言って妄りに彼を思い返すと〝夢〟に引きずり込まれそうな気がして背筋が寒くなる。



 これは新手の恋煩いかと年不相応な自問自答を繰り返すこと幾星霜、そうした無為な時間を過ごすことにさえ、ワタシはささやかな興奮を覚えていた。もう〝夢〟を見る前のワタシには戻れないかもしれない。



 でもこれでいい。彼の傍に立てるのはワタシだけなのだから。



 周りの誰もが気づかない、たった一人だけのワタシを見てくれて、これからも見守ってくれる存在が確かにここにいる。



 大げさだけど、嘘でもない。ありがとう、オズ君。



「ほんっと、バカで嘘つきなトオジお兄ちゃん」






      ✡






 翌日、高校の入学式も終わり、赤裸々な自己紹介をして年下のクラスメイト達から洗礼を受けたと思ったら、あっという間に五月になっていた。光陰矢の如し。



 あれ以来、ワタシは〝夢〟を全く見なくなっていた。それだけ寝つきがいいってことだ。おかげで五月病なんかも発症することなく、健康体で過ごせる毎日が幸せだ。



 常の如く朝の身支度を澄ましてリビングに降り、未だブルーな状態の母が作った朝食をいただく。母は食卓に頬杖を突いてワタシの食べっぷりに呆れた様子を見せた。だって朝はしっかり栄養補給しないと、授業中にバテちゃうじゃん。



 とうに食事を済ませてソファに座る父が朝のニュース番組を観ていると、キリのいいタイミングでCMに変わった。



 別に珍しくもない時季に沿ったCMばかりが放映されていき、最後は海外留学キャンペーンを兼ねた英会話スクールの宣伝を以てのCM明けだ。ニュース番組の続きは、重々しげな雰囲気で始まった。



『中東アジアの武装組織グループ『WELOF』が現地時間の午前十時頃、市街地の路上において大規模な自爆テロを起こし住民を巻き込む少なくとも五十人が死亡、百人が負傷し……』



 ―――そうだ、これだ!



「お父さん、お母さん」



 二人は揃って「ん?」と言いながら、ワタシを見た。



「ワタシ、海外留学したい」



 ほぅ、と父。



 どうしたのよ急に、と母。



「留学して英語をしっかり身に付けて、ジャーナリストになる」



 いいんじゃないか、と父。



 勘弁してよ正気なの、と母。



 両極端な二人に、ワタシは次の一言でとどめを刺した。



「正気だけど、正気じゃない」



 二人は半開きの口をして、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。そんな両親にニッコリとした顔で応え、ワタシは颯爽と踵を返した。



「じゃ、行って来るね」



 玄関から一歩外に出ると、初夏の陽気を孕んだそよ風が、長く伸びたワタシの髪を揺らした。



 これまで何事もなく漂ってきた若草の香りは甘く潤っていて、新たな旅立ちに胸膨らますワタシを後押ししてくれそうだった。



 何でもいいから夢を持て、意志はそれからやって来る。



〝夢〟の中で担任が口にしていた幻のスローガンは今や、ワタシの座右の銘だ。



 ただし、以下のように改変することにした―――夢がないなら持てばいい、夢があるなら叶えりゃいい、叶わぬ夢でも人は変われる、と。



 閑古鳥もいつだって鳴ける住宅街を一〇分ほど歩き、人も車もそこそこ増え始める大通りを出て道なりに早足で進んでいき、最寄りの駅で青田線の電車に乗り込む。



例の事故の刑事責任と民事責任について、父が罪に問われたり賠償請求されたりすることは結果としてなかったので、ワタシは本人よりずっと安堵していた。



 あの事故以来、列車事故を起こした山あいの線路は閉鎖され、振替輸送に使われる隣町の鉄道路を迂回することで登校時間は少々長引くことになったが、何よりワタシが事故のトラウマを抱え込まずにいられるのが今でも不思議だった。



 正確な判断はできないが、鉄道崩落の瞬間までに熟睡可能な状況が成立していて実際に熟睡できていたことと、無意識に死を覚悟していたことが混同したことによるものではないかと推測していた。医師が、ではなくてワタシ自身が、だが。



 時間が経てば、街も人も変わる。



 当然、ワタシも変わっていく。



 でも〈ワタシ〉は変わらない。死ぬまでずっと〈ワタシ〉は〈ワタシ〉だ。



 こんなに近くにいたって決して見ることも触れることもできない、永遠の謎。



 しかしあの〝夢〟の最後にワタシとワタシが重なり合った瞬間、針の先でつついた程だが、暗澹とした穴の奥底に光明が差し込んだのを感じた。


 

 それは常に無口で、ワタシを絶え間なく突き動かし、いつだって親友みたいに喜怒哀楽を共にしている存在なのだということを。





 理解しようとすると形を失い、どこまでもぼやけていく儚い存在。



 自分にしかない感覚でも、魂だけの存在になっても語り得ない存在。



 ただそこに在るだけで問われ続ける、身近で果てないやっかいな存在。



 ワタシが見ているこの世界が、〈ワタシ〉だけの世界だったとしても。



 ワタシが見ているこの世界が、例え誰かの見る〝夢〟の中だったとしても。



 そして誰かの〝夢〟の中で、ワタシが無知で幸せに暮らせる世界だったとしても。



 ワタシは〈ワタシ〉を信じ、この世界で悩み苦しみ、生きていくんだ。



 ワタシはこの世で特別な存在なんかじゃない。



 特別じゃないからこそ、生きる意味を見つけるために夢を見る。



 夢が叶えば嬉しいが、そこはワタシの通過地点。



 ゴールは〈ワタシ〉が決めればいい。




      ✡




 青田駅に着いた列車のドアが開くと同時、ホームの階段が混み出す前に小走りで駆け上っていく行為をかれこれ五年近くは欠かしていないワタシ。



 階段を上り終え、少し先にある改札口を通過して、駅前の広場に躍り出る。視界の端に、しゃがんで何かを取り囲む怪しい男女三人組を捉える。



 真ん中にはツインテールの小柄な女子。



 左にはそこそこ身長のある男子。



 右には平均的な身長の男子。



 三人がみな同じ色柄の制服に身を包んでいることから、ワタシと同じ学校の生徒だと即座に判別する。



 脳が上気した。



 狙い定めた方へ大股でズンズン近寄っていくたびに、呼吸さえも激しくなっていく。到達まであと数歩手前になって、彼らがこちらを振り返った。



 笑っちゃうくらい、一人ひとりがあの時のまんまだった。



「よう、二回遅れの一年生っ」

「髪、伸びたね。似合ってるじゃん」



 ヒョイと立ち上がった男子二名が、ワタシをからかうように手を上げる。



「遅いぞ、なっちゃん」



 続いて腰を上げた少女が、両脇の二人から駆け寄ってきてワタシに抱きつく。



 頭一つ背の低い彼女は常にこちらを見上げる格好なので、まるで妹みたいな存在だ。



「みんな、何見てたの」



 挨拶代わりの質問に、三人が一斉に奥の段ボール箱を指さした。少女が道を開けてくれたのでソロソロと近寄っていくと、箱の中で白黒の毛に包まれ震えている動物がいた。



 数は全部で5匹。うち四匹が皆模様の異なる白黒のマーブル、うち一匹だけが頭から尾っぽまで真っ黒であった。しかもその黒猫だけが、ゴールドとマリンブルーのオッドアイをしていた。



 ワタシは箱の前にしゃがみ込んで、指を差し出し左右に振ってみた。



 マーブルたちはまるで棒磁石に吸い寄せられるように活発な反応を示した。



 ところが真っ黒だけは、小さな岩のように固まっていた。そこで両手を使って箱から持ち上げてみると、尻尾すら動かさずにぐったりとした目でワタシを見つめ続けていた。



 これはマズいと思って黒猫を箱に戻そうとした瞬間、



「ミァーオ」



 という元気な鳴き声を上げられ、ワタシは幾分驚かされた。      〈完〉

 皆さんこんにちは。にのまえ龍一と申します。


 前作『ホットブルー=コールドレッド』より、投稿がおよそ6年も空いてしまいました。気が付けば社会人生活を送る中で齢も30という大きな節目を超えました。もともと小説家を志望していた訳ではなく、この作品を上梓させていただくのを機に執筆を止めるつもりでいます。自分の人生観といっては大袈裟ですが、自己紹介を小説形式で面白おかしく表現し、インターネットという名の大海原に一艘の小舟として浮かべられたらと思い、執筆にいたりました。


 この作品は前作の執筆中に並行して構想していたもので、通学中に電車に座って目を閉じながらポッと思いついたのが始まりです。前作がはっちゃけ過ぎかつ設定を全く生かし切れていなかったので、反省の意味も込めて今作はなるべく謎を残さないように書き上げたつもりです。作品自体は2015年4月の時点で一度完成していたのですが、社会人として過ごす中で心残りがあったためストーリーの骨子は変えずにどんどん肉付けをしていった結果、改稿前の1.5倍ほどの字数になって完成しました。

 流行りの表現はほぼ皆無の時代遅れな文体だと思いますが、其の点はどうかご承知おき下さい。文体自体は電撃文庫の作品が好きなこともあり、リスペクトする諸先生から拝借したものがあったりもします。


 当初、本作は脱出不可な暗い無人の電車の中を女子高生と喋る猫がさまよいながら色々恐ろしい目に逢う、という密室タイプのホラー作品にしようと思っておりました。しかし舞台設定がシンプル故に納得のいく構想がいつまでたっても出来上がらなかったため、時間や空間にとらわれない〝夢〟を舞台にガラリと構成を変えました。その結果、更にややこしい設定が出来上がってしまったのですが、何とか一つの作品としてまとめあげることができたと自負しております。



 本作の主題は「夢にむかって」、副題は「ワタシって何だろう」です。主題は主人公のなちが〝夢〟の中で延々と遠回りをした末に将来なりたいものを決めた点から、副題はなち以外の登場人物とのやり取りを通じワタシという存在をなち本人が色々考えながら最後に一つの結論を出した点から其々掲げております。


 本作は主人公のなちが現実では列車事故によっていわゆる意識不明の重体に陥っている事実を物語中盤まで隠しつつ、その事実になちが気づいた後も悩み苦しみながら〝夢〟の出口へ向かっていく物語です。あらすじは〝夢〟の中で黒猫のオズと白猫になった女乃愛人に出逢い、クラスメイトの紫月、奥井と金森に再開し、〝悪魔〟に出逢い、最大の障壁となる存在―――女乃愛人=×××=尾上トオジとひと悶着あって、最後はなちが紫月の正体を知った上で別れを告げ、〝夢〟と現実が入り混じる中で本物の肉体を持ったなちと一つになり現実へと戻っていく、という流れです。


 物語の一番最後、なちが現実へ戻ったあとの世界についての描写ですが、かなりぼかして書きました。現実ではなちよりも年上の3人―――紫月、奥井、金森が高校生の姿でなちと再会したことになっております。もしかするとなちは本当の現実に帰ってこれなかったんじゃないか、誰かの〝夢〟の中でまだ目覚めずにいるんじゃないかとも取れる終わり方にしてあります。

 分かりにくいかもしれませんが、本作はループものではありません。物語の中でなちは〝夢〟から覚めた後に同級生より2年歳をとっており、律儀に高校1年生から入学したことになっております。筆者自身が時の流れに無常を感じやすく、時間は自分だけのものとする考えに反発的であるため、主人公にはめでたく犠牲になってもらいました。


 改めて、本作は〝夢〟を題材に執筆させていただきました。本作で描写した〝夢〟は明晰夢のようにも捉えられますが、主要登場人物は重度の意識障害(植物状態or昏睡状態)あるいは故人ということもあり、元を辿ればなちの〈祖母〉に始まり〈尾上トオジ〉へと渡ったのち紫月の手元に残ったタロット(以下:紫月のタロット)が秘める「呪い」による幻覚あるいは催眠術と捉えた方が妥当です。

 本作は主人公のなちを除き、登場人物の殆どがネガティブな人生を送ってきた背景もあり、そこに紫月のタロットが容赦なく追い打ちをかけるという無慈悲な舞台設定です。なちは〝夢〟で出会う者達にどれだけ残酷な現実を突きつけられようが、若気の至りで生意気を言ってみたり突拍子もない行動に走っていきます。


 作中でなちが「ワタシとは何者か」と煩悶することが多々ありますが、いわゆる悩める若者の特権であり、彼女にとっての通過儀礼として設けております。なちにとって〝夢〟は通過儀礼の舞台となるのですが、何やかんやでそれらを乗り越えられた一番の原因は、なち本人が臆病なのに怖いもの知らずな性格だからです。人間誰しも矛盾したり非合理的な行動に出ることは珍しくないと思いますが、なちの場合も御多分に漏れずあちらこちらへ突っ走っていけるだけの勇気と体力があった訳です。彼女ほど突き抜けた高校生は男子でも中々いないと思いますが、もし一人や二人いたとしたら日本の将来が衰退しきるまでの時間を先延ばししてくれるんじゃないかと妄想しております(笑)。



 以下、本作の設定や裏話になります。



 本作で〈ワタシ〉のように使用されているカッコ〝〈 〉〟ですが、これは他者から見た本人、故人であれば故人が持っていたであろう人格を指す時に原則使用しております。といいますのも、本作では登場人物本体と中身が食い違っていることが多々ある為です。そのため、筆者自身でも混乱を避けるための手段として使わせて頂いた次第です。時にはルールを破った使用場面(白猫の〈声〉など)もありますので、そのせいで読者の皆様を困惑させてしまったのであれば、大変申し訳なく思います。

 哲学に明るい方であれば永井均先生の〈私〉をパクってるのかと思われる方もいらっしゃると予想しますが、そのつもりは毛頭ございません。あくまで筆者個人の設定です。そのほか、「夢」という表現もカッコなしの夢とダブルクォーテーションで挟んだ〝夢〟が出てきておりますが、前者は「将来の夢」のように比喩的意味で、後者は「悪夢を見る」のように心理学的あるいは生理学的意味で使い分けております。後者は特に「〇〇の〝夢〟」のように所有格ありきで使用する場面が多くあります。



 物語の随所には哲学や道徳、SFやタロット占いに関する話題少々無理に盛り込んで、作品の肉付けをしていきました。主人公のなちと登場人物とのやり取りの中で上述の知識を自分なりに噛み砕いたつもりですが、いかんせんいずれの分野も素人故、何処かに間違いや矛盾点が見つかるかもしれません。あくまで物語のスパイスとして味わっていただき、軽く読み流していただいて問題ございません。

 唯一こだわりがあるとすれば、主要登場人物をタロットの大アルカナに対応させてキャラ作りしやすいようにかつ読者の皆様が容易にイメージされやすいように設定しております。ベタな設定ではあるのですが(汗)。

 以下、参考程度に主要な登場人物とタロットの対応関係を記載しておきます。


【久池井 紫月】:節制(天使、なちの祖母の代弁者)

【奥井と金森】:恋人(クラスメイトの男子、見せかけの恋や優柔不断さの象徴)

【なちの祖母】:悪魔(タロットにより闇落ち、得体の知れない存在)

【なちの〈祖父〉トオジ】:愚者(夢うつつを彷徨う)→審判(大願成就なるか)

【主人公 なち】:愚者(将来なんかどうでもいい)→世界(ゴールは自分で決めればいい)

【黒猫のオズ】:吊し人(なちと表裏一体、ぶっきらぼうだがなちを助けたい健気な存在)



 その他、どうしても曖昧にしておきたかった設定として、①黒猫オズ(以下略称:オズ)は結局何者だったのか、②なちが見て来た〝夢〟は紫月の〝夢〟だったのか或いはなちが目覚めるまで自作自演し続けたオズの〝夢〟だったのか、③尾上トオジ(以下略称:トオジ)およびタロットの〝天使〟=〈紫月〉=なちの祖母の人格は本来どうだったか、そして④紫月のタロット(=なちの祖母のタロット)は本作にどういった影響を与えているか、が挙げられます。


 ①は物語終盤でなちの双子の兄であると〝夢〟の中のトオジが言及しておりますが、〝夢〟の中のトオジと生前のトオジで異なる人格のために真実か否かが分からないためです。物語の最後、なちが「バカで嘘つきなトオジお兄ちゃん」と言うくだりも、あくまで彼女がオズからの手紙を読み終え直感で口にした言葉です。


 ②は紫月本人が上記の事実を語っていますが、オズ自身がその気になればなちを永遠にオズの〝夢〟の中に閉じ込めておくことも不可能ではないという裏設定のためです。オズはなちにとってのイマジナリーフレンドなのかもしれませんし、①で言及したなちの台詞を文字通り捉えると、〝夢〟でなちを散々振り回した「〝白猫〟女乃愛人(人間に化けた姿を含む)」、「×××」、そして「尾上トオジ」は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになります。唯一、人間の姿の女乃愛人だけが生前の尾上トオジ本人であったと捉えるのが妥当かもしれません。紫月自身も人間の姿の女乃愛人に「トオジの面影を感じた」と言っておりますので、文字通りに捉えてくださった方には頭の下がる思いです。


 また、紫月がこれは自分の〝夢〟だと明確に主張する一方、オズもこれは俺の〝夢〟だと遠回しにアピールし続けていたという対立構造も、執筆の段階で気が付きました。紫月ことしーちゃんは素直で良い子、対してオズはいつまでも本音が言えない極度の捻くれ者とも換言できます。まるで相容れぬ両者ですが、二人とも曲がりなりになちが大好きなんだということは思いっきり共通しています。どちらとも、なち本人よりもずっと不器用かもしれませんね。


 ③は物語終盤で紫月の口から語られるのみであり、二人の過去の詳しい描写はしていないためです。物語が冗長になるかなと思い、あえて書かなかったのが実情です。強いて言えば、本来の尾上トオジは孫思いの優しい普通のおじいちゃん、〝天使〟=〈紫月〉=なちの祖母は紫月の身体を通してなちを〝夢〟から救うため奮闘する心優しいおばあちゃん、といったところでしょうか。


 ④は文字通りになりますが、紫月のタロットの行方についてです。紫月のタロットは〝夢〟の中で最終的に一枚になり、なちが〝夢〟から覚めるための道具として消え去ったように見えます。紫月のタロットは本作のファンタジー要素の最たるものですので、現実で植物状態の紫月の枕元に実物が残っているかもしれませんし、〝夢〟の中に吸い込まれ本作通りの展開の後に行方知れずかもしれません。

 筆者が本作で描写した紫月のタロットは呪術めいた道具であり、決して願いを叶えるツールではありません。紫月のタロットに関わった者は皆不幸になるか、なちのように自らの意志で不幸から一時脱出できるかの基本二択を迫られます。尾上トオジの語る「幸福は一瞬、苦痛は永遠」を体現するのが紫月のタロットの存在意義となります。


 一方、紫月が劇中で「魔法」と称する類の現象は、紫月のタロットに関わった者が受けた「呪い」と言い換えた方が適切かもしれません。〝悪魔〟を封じた偽物のタロットも同様で、実体はタロットの形をした「呪い」に過ぎません。劇中でオズが過去に偽物のタロットの一部を消滅させてしまったのも、それらが上述した「呪い」だと察知した故の行動です。

 しかし、オズもまた紫月のタロットが持つ本来の「呪い」からは逃れられず、タロットの導くままに〝夢〟の中でもがき続けるしかなかったのです。そんな苦行の中で主人公のなちと出会い、彼女を〝夢〟から覚めさせてあげたことがオズにとっての唯一の救いとなったのかもしれません。たとえ彼の行動が、なちを次の〝夢〟へと送り届けることになってしまおうとも……


 以上4点を書き出してみて、本編中に入れておくべきだったかと未だ苦悶する時もございますが、筆者自身が読み返してみてテンポがガタ落ちする恐れがあると判断した末の決断でしたので、作品解説という体で補強させていただきました。



 最後に、この作品をお読みになる方が中高生の方であった場合、決して進路決定の参考にしないでください(笑)。社会人の方でしたら、読了後に鼻で笑うくらいの駄作だったと評していただければ恐悦至極にございます。ご意見ご感想お待ちしております。それではこれにて失礼いたします。


―――2022年2月14日 にのまえ龍一


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