因縁
この状況はいったいなんだ?何故俺はこんなお姫様のような人と踊りを楽しんでいるんだ?
そんな疑問符が次々と頭の中に浮かび続けるのを自覚しながらも、俺は彼女との踊りのペースに合わせることに集中する。
突然のお姫様からの踊りの申し出に、情けない反応を返してしまった後のこと。ついに社交パーティではお決まりともいえる、舞踏タイムが訪れることとなった。結果、有無を言わさない形でこのような状況に突入してしまったわけである。
もちろん前世ではダンスの嗜みなど皆無な俺にとって、このような経験は初めてのこと請け合いだ。こうやってかろうじてお姫様の踊りの相手ができているのは、ひとえに事前準備があったからに他ならない。
昨夜、ミントちゃんから招集を受けた俺達は、今回参加する社交パーティというものには舞踏【踊り】という機会があることを教えてもらった。そして、それに備えるために基本的なステップくらいは学んでいたほうが良いのではないかという話になり、急遽、踊りの心得があるミント先生からのご指導が入ったわけだ。
ともあれ、そこで俺が踊りについて習得出来たことといえば、もちろん基礎中の基礎のみであった。自分のスペック的に予想通り過ぎる結果に、悲しいかなそれ以上でもそれ以下でもないところが、実に自分らしいとため息がでたものだ。
では、他の宿り木亭の面々はどうだったかというと、リサ、ラルの二人は当然のごとく教えられたことを軽々と吸収していき、最終的にはミントちゃんの手に負えない程上達してしまうという結果をもたらすことになった。
二人の運動神経や勘の良さはなんとなく察しもついていたが、毎度のことながら驚かされてばかりだ。まあ子どもは無限の可能性の塊とも言うことだし、これからも二人の成長を生暖かく見守ってやろう。決して羨ましくなんかないもん。
またミラについても、特に問題もなく踊りの習得をしていたようだった。元々ぼーっとしてる割には何事も覚えることが早いことは承知していたが、器用なことだ。…ふん。悔しくなんかないもん。
暫くと集中してお姫様の踊りのお相手をさせてもらっていると、次第に音楽に合わせて身体が動くようになってきていた。なるほど、基本的なステップを行えて音楽に合わせることができれば、多少の余裕が生まれてくるものだ。そうしてふと、視界の端々に映る弦楽器、打楽器を奏でている人々の方に目がいく。
意外だったのは、こちらの異世界にもこういった楽器などが存在していることだ。流石に現代の楽器を見慣れているせいか、比較してしまうと至って簡素なものであるが、それでも聴いている者に心地よさを感じさせるという意味で、充分すぎる音色を奏でてくれている。会場の人々はそんな楽器の音楽に合わせて、各々のパートナーと踊りを愉しんでいた。
しかし、このままこの事態を無難に事なきを得られると思いきや、そう甘くはないのが人生というものである。
「っ?!」
それは突然のことだった。気づくと仰向けに地面に転がり、天井を見上げる格好となっている。あまりのことに頭の回転が追いついていない。
「あらあら、大丈夫でしょうか?」
お姫様が心配そうな表情でこちらに近寄ってくる。咄嗟に返答しなくてはと転がった体をすぐに叩き起こす。
「すみません!あはは。足が滑ってしまったのかもしれません」
「そうだったのですね。お怪我はされていませんか?」
「大丈夫です。こちらこそご心配をおかけして。では、改めましてよろしくお願いします」
ペコペコと平謝りをし、再び音楽に合わせて体を動かす。まあ、俺自身が踊りのど初心者なわけだし、何かの拍子で足が滑ってしまったのだろうと早々に切り替え、もう一度彼女と足並みをそろえ、踊り始める。
「…ふげっ」
気づけばまたもや見覚えのある天井があった。どうやらまた床に転がっているようで、先ほどと全く同じ状況に陥っている。まさかダンスホールに石が落ちているわけもなく、転ぶ原因に全くと心当たりがない頭に、?マークが大量に出現してくる。この事態に周りのゲスト達も、何事かとざわざわと騒ぎ始めているようで、所々でクスクスと嘲笑のような笑い声が漏れ始めていた。
そんな中、再びお姫様がこちらに近寄ってくる。
「おやまあ。もしかして、お体の具合を悪くされているのでしょうか。わたくし、心配ですわ…」
言葉ヅラに並ぶのは淑女らしいものではある。だが、彼女の様子は明らかに先程とは違う点があった。
そう、その表情。それは邪悪な微笑みとも形容すればよいのだろうか。見たところ人を心配している際に浮かべる表情では決してなく、むしろ正反対ともいえる代物にみえる。
…つまり、このお姫様は俺をバカにしている?
いやいやまて。落ち着くのだソラ。ここで決めつけては時期尚早というものだ。まだ確信がないわけだし、今頭の中で推論していることを決めつけるのは良くない。そうやって頭をクリアにしたところで、再びと立ち上がり、お姫様に頭を下げた。
「…お恥ずかしことに…私はまだまだ踊りに関して未熟な面がございまして、ご迷惑おかけしています」
「そのようなことは些細なことです。どうかお気になさらないでください。ではお手を」
ほらみろ、女神様だ。こんなに優しく微笑みかけてくれている人を邪神ちゃん扱いするものではない。先程のアレはきっと俺の幻想だったのだ。そうに違いない。そうやって再び自分に言い聞かせるようにし、再びお姫様の手を取り踊りを再開する。
しかし、やはりというか現実ってやつは実に残酷だった。
「ぷぎゃぅっっ!?」
向こうの世界を含め、産まれてこの方出したことがない奇声をはりあげ、3度目となるぶち転びを決める俺。
すかさずといったように、お姫様は近寄ってくる。
「……あら?お、お怪我は…ご、ござ、ございま……ふっふふふ…ぷぷっ」
お姫様は肩を震わせ、必死に込み上げてくる笑いを圧し殺そうとなさっている。その表情は今にも吹き出す3秒前ってやつだ。
そうして、俺はようやく察することになる。こいつは敵だ。間違いない。そして、最初に覚えた違和感はやはり正しかったのだ。こいつはあのときのクソ忌々しい貴族様そのものに違いない。
目の前にいるのが見目麗しいお姫様であったとしても、世の中には許されないこともあることを教えてやろう。
この世界じゃ知らんが男女平等と言われて等しい今日このごろだ。やってやろうじゃないか。
さて、どう復讐してくれようか。




