貴族と謀
カッシフォード王国の北に広がる一帯。
そこには王国の四大名門の1つとされる、エリザベート家が統治するノーツ地区が拡がっている。
そしてその一角には、エリザベート家のこの地区での権力を象徴するかのように、広大な敷地を有した巨大な屋敷が堂々と聳え立ち、通りかかる者の目を大きく惹きつけていた。
しかしその内部といえば、一般的な貴族に多い権力誇示を目的とした豪華絢爛なものでは決してなく、むしろ必要最低限の家具や調度品で構成された、簡素な造りをしていたのだった。
それはエリザベート家の家訓とされる「質実剛健」という代々と受け継がれる意思を、色濃く象徴している一つでもある。
現在、そんなエリザベート家の執務室には、3人の人物が机を挟んで対峙していた。
「………」
白髪の髪を後ろで束ねた初老の男性は、いかにも難しい表情を浮かべ、目の前に整然と置かれた多量の決済書や報告書、資料などを見下ろしている。
彼はおもむろにその中の一つの報告書を取り上げると、その書類に軽く目を通す仕草を見せ、溜息を吐き出した。
「……では、聞かせてもらおうか」
「は、はい…。それでは僭越ながら私からご報告申し上げます……」
短髪の赤髪が特徴的な青年が、緊張した面持ちで手にした書類に視線を落とす。
「……報告書にも記載の通り、アルベルト家に由々しき事態が発生致しました」
「ユベール卿か」
「左様でございます。此度の件、トリニータでの出来事ということもありまして、王家としてもとても公には出来ないと判断されたようです。
よって、内々に処理する運びとなった模様でございます」
「致し方なかろう。王家としても、あそこの扱いには慎重にならざる負えないだろうからな」
「はい…。つきましては、ユベール卿の自室から、今回の一連の事件についての詳細が記載された遺書が発見されたとのことでございます。
そちらの中には、全ての責任を顧みて自害することにしたと…」
「筆跡は?」
「鑑定済みのようです。そちらもユベール卿本人様のもので相違ないとのことでございます。
また、ユベール卿のご遺体も発見には至っておりません」
「……ふむ。
さて、ではメア。これらをどう見る?お前の考えを述べてみよ」
そう話した男性は、赤髪の青年の隣にいる人物に目を配る。
男性の試すかのような問いかけに、その人物は長髪の金髪を後ろで結び上げる動作を見せ、その切れ長の目に強い意思を感じさせる瞳を、改めて男性の方に向けた。
「あの性根の腐りきった自己陶酔男が、そんな大層な下準備を備えて自害することなど考えにくいと推察します」
「ほう、それで?」
「おそらくですが今回の一連のトリニータでの過失の落とし前として、妥当な線を探ったのでしょう。アルベルトにとっては真実が明るみに出れば事が事ですからね。
それに、あの家のことだ。どうせろくでもない調達資金を、ろくでもない隠蔽工作にでも費やしていることでしょう。
みすみす貴重な資金を横から横に流すとは、実に無駄な御苦労をされているものだ」
「……お嬢様、それは…はっ」
「聞き違いだと思うが、なにか言ったか?」
「いえ…」
「ふん。以後はとくと気をつけよ。
当主様。兎にも角にもこの機会を逃す手はありません。
これを機に改めて我が家の存在を広く知らしめましょう。
手始めに事の真相の証拠を掴み、アルベルト家を手駒にとるのも悪くないですね」
「…メアよ。此度の件、お前に全て一任する。思うようにやってみるがよい」
「と、当主様?!お気は確かで御座いますか?!」
「なあに。これくらいの事態は軽々と乗り越えてもらわねば困るのだ。
ただでさえ此奴にとって、この先困難な道が待ち受けているのは明白であるからな」
「し、しかし…」
「お任せくださいお父様。
必ずやご期待に添える結果をご覧に入れましょう。
では私は少しばかり自室にて考えを纏めようと思いますので、ここで失礼致します」
「うむ。励め」
メアは整った所作で頭を下げると、そのまま部屋を退室していった。
執務室には残された二人の間に、しばしの沈黙が流れる。
しかしその沈黙を破るように、男性が如何にも重苦しいといった口を開いた。
「……ミルヒよ。こんな私を愚か者だと思うか?
そなたと私の長い付き合いだ。出来ればお前の考えを率直に聞かせてほしい」
「わ、私など!とてもそのような大それたことを……」
「ミルトリヒ」
その男性の有無を言わさない声かけに、突如としてミルヒは顔に張り付いていた柔らかな笑顔を失い表情を無くした。
また、その綴じていた両の眼をゆっくりと開くことで、その冷たく赤に燃える瞳が顕になる。
そうしてミルヒは、それまでの態度を一変するかのように、応接用のソファーへと腰掛けた。
「……ふん。
まあ少しばかり時期尚早かもしれんな。しかし、お前の考えも一興ではある」
「ほう。では?」
「安心しろ。お前は過保護すぎる程あの娘を甘やかしてきた。それは俺が一番近くで観察してきたし、誰よりもよく識っている。
…しかし。
あれほど自分を偽ってでも、家の為に身を粉にする覚悟を持った人間に成長したということは、もはやそれは必然だったということだ。
喜ばしいことではないか。素直に喜んだらどうだ?」
「ふん。お前に言われると素直になど到底なれぬな」
「……ククク。しかし、これからが愉しみには違いない。
さて、どうなることか」
ミルヒの顔に愉悦の色が濃く滲む。
「まったく。人の家を何だと思っているのか。お前というやつはいつだって変わらぬものだな」
その男性の顔には、古き良き友人と接しているかのような、そんな微笑が浮かんでいたのだった。




