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俺の異世界転生が完全にやっている件  作者: 箸乃やすめ
二章 俺の異世界転生は前途多難
79/90

2人


真っ暗闇の夜に月と星々が燦々と煌めく、静かな夜だった。

辺りは日中の騒がしい喧騒から解き放たれ、すべてが眠りについてしまったかのように静まり返っている。

そんな中でミラは、宿り木亭の一番の隠れ絶景スポットとといえる、ここ宿り木亭の屋根上で空を眺めていた。


「…………」


「ふう………やっぱりここだったか」


毎度のこと苦労してここまで来ているものだと、改めて溜息をつく。

気づけばミラと俺がこの宿り木亭に来てからというもの、夜に欠かさずここに通うのが習慣となっていた。


ミラはここがよほどお気に入りなのか、雨の日でも風の日でも関係なくここに来てしまう。

そういう日などは決まって傘をさしたり、何らかの対策を講じるというのが俺の日々の日課となっていた。


「……………」


「……はあ。んで、今日の空はズバリ何点だ?」


ミラはやはり星空に夢中とばかりに、こちらに視線を送ることもなく静かに応えた。


「…………80点」


「おお。ミラほどの空マスターの80点はなんだか重みを感じるよ。いやー俺のような星空入門者には正直区別がつかないものだからな。ははは」


「……………」


ミラの態度に不穏な空気を察知する。

いつもならこのへんでこちらを振り向いてくれるはずなのだが、今日は一ミリたりともこちらを振り向く気はないらしい。ふむ。


しかしながら俺には、その原因にもなんとなく察しがついていた。

だがそれは、俺の驕り高ぶりである可能性が非常に高いものであったりする。

つまりはミラが俺に少なからず好意なんかを抱いてくれているとしたら‥なんてな。いやいやそんなものは都合のいい独りよがりの可能性が高い。

それだけ俺は、自分に自信などこれっぽっちもないのも事実だった。


とまあ、それはこの際置いておくとして。

まずはこの気まずい空気をなんとかせねばと考えた俺は、いつものようにいきあたりばったりの精神で声をかけることにした。


「えっと、ミラさん?」


「……………」


「えーとですねミラさん。その………さっきは………」


思わず言いどもってしまう俺。情けなし。ああ情けなし。


しかし、ミラはそんな俺の発言を聞いてなのか、さも不思議といったような表情をこちらに向けてくる。


「さっき?」


「いやー、ははは。なんであの場から出ていっちゃったのかなぁと。…その、心配になってな?」


俺の動揺がわかりやすく表に出てしまっている様子にも、まったくと興味を示すことのないミラは、再びと顔を満点の星空へと戻すようにして、小さく呟いた。


「……術後経過の確認」


「へ?」


「あの時は、強引な手段を使ったから」


これには思い当たる節があった。

俺たちが宿り木亭に戻ってきた際、自分の頭ではなかなか信じられないようなファンタジーな事件が起こっていたことを、皆につらつらと教えられたことを思い返す。


「あっ、さっき皆が教えてくれたサラさんのことか」


「うん。だけど、おそらく大丈夫。

彼女達はお互いに共存していく道を選んだ」


「そ、そうなのか?なんか難しくて俺にはなんのことさっぱりだが」


「それでいい」


「おお。すまんな」


「……………」


「……………」


二人の間を沈黙が包む。しかし、悪くはない沈黙だった。

いつもなら吐いて腐る程出てくる言葉たちが、何故か今は出てこない。ひょっとするとこれが雰囲気ってやつなのかもしれない。

そんな中で、こうやって二人揃って言葉をなくしてしまったことで、いつもだと自ら撤退のタイミングであることも理解していた。


…しかし。今日はなんとなく。

いつもよりもう少しだけ、ミラと話をしたい気分だった。


「……なあミラ?ちょっと隣いいか」


「どうぞ」


「どうも。っこらせい。うーん暖かくなってきたとはいえ、まだまだ冷えるな。ミラは寒くないのか?」


「大丈夫」


「そっか。それならよかった」


「…………」


「…………」


そうやってやはり二人して、言葉を交わすこともなく夜空を眺める。

しかし、俺という奴はこういうときこそ、何か話していないと落ち着かない人間のはずだった。

しかし俺はもはや、ミラと会話をしていると心がとても落ち着き、安心しきってしまうことを知っている。

そしてそれは、きっと今隣りにいるミラのおかげなんだろうと、そんなことを漠然と考えていた。


そうして少し時間が経過し、そろそろミラの大事な時間を邪魔しないよう、退散しなければと考え始めていた時のことだった。

ミラがその透き通った瞳を俺に寄越すようにして、小さく口を開く。


「……ソラ」


「ん?なんだ」


「……大丈夫?」


突然のミラの発言に、戸惑いを覚える。


「大丈夫って?俺がか?」


「……うん」


ミラの瞳が微かに揺らぐ。

しかしどうしようもない俺は、こんな優しい瞳を向けてくれる少女にも、やはり嘘をつくことしかできなかった。


「ばっか何いってんだバリバリ元気100%だっつーの!!

ミラもさっきの祝勝会の俺みただろ??

もはやあの中で一番馬鹿騒ぎして、笑い狂っていた自信すらあるのだ!!

ふはははは!!!元気爆発の俺!!!」


俺は突然立ち上がり、身振り手振りも踏まえるようにして、自分がいかに元気であるかをミラに伝えようとしていた。

そんな俺に対し、ミラはただ真っ直ぐな瞳をこちらに向けている。


「それならいいけど」


ミラの表情からは、感情を読み取ることはできない。

しかしミラに、気づくと冷静になり尋ねてしまっていた。


「……なんでそんなこと聴くんだ?」


ミラはそんな俺の問いかけに、少し困ったような表情を浮かべ、顔を俯けた。


「すごく、無理してるようにみえるから」


「………」


俺は何故かすぐに言葉が出てこなかった。

いつもならペラペラな言葉が腐るほどでてくるというのに。

俺はただただ、横にちょこんと座っている透き通るような少女を、ぼーっと見つめることしかできなかった。


その少女は、そんな呆然として立ち尽くしていた俺から視線を外し、改めて正面を向いて足を抱えた。


「………つらいときは、いっぱい美味しいものをたべるの。

きみは私にそうやって教えてくれた。

だから、私もあなたに伝えたい」


「つらいときはね。

いっぱい悲しんだほうがいいんだよ?

我慢は、自分をもっとつらくしちゃうから」


ミラは空を眺めながら、そう言葉を紡ぐ。

俺はそんなミラに、思わず口を開いてしまった。


「………は、ははは。何いってんだミラ。

俺は全然つらいことなんかないぜ?


…だって、だってさ、こんなにも好きな人に囲まれて生きているんだ。


そんな……つらいなんて………。


…………あれ?」


視界がやたらとぼやけている。

気づけば両瞳から、涙がとめどなく流れてきていた。


「ははっ……おかしいな?……なんだろこれ」


俺は自分のその涙の理由に、ただただ戸惑いを覚えていた。

そんな時、その少女がこちらに距離を縮め近寄って来ていたことに、ようやくと気づく。


「ソラ」


「……ははは。なんだこれ。なんで俺、こんな……」


「ソラ」


「………ははは……。


そっか。そうなんだ。


……おれ、ほんとはつらかったんだ。

大好きな皆の力になれなくて」


「うん」


「俺だけなんにもできてなくて。


それが、くやしくて、くやしくて。

……だから」


「うん」


「もっと、もっと強くなりたいのに………。

一生懸命頑張ってるはずなのに………みんなにちっともついていけなくて………」


「うん」


「くっ………ぐやしぐでっ………ううぁ………おれさぁ………」


「……私はしってる。

ソラががんばりやさんなこと。


……私はしってる。

ソラが誰よりも優しいことを」


ぼんやりと映る目の前のミラは、今まで一度も見せたことのない、優しく朗らかな笑顔を浮かべていた。


「だから、大丈夫。

ゆっくり、ゆっくりやっていけばいいの。


大丈夫。

私ももう、あなたのおかげで大丈夫だから」


「うううっ…………うぐぁ……」


「いっぱい、いっぱいがんばったね?ソラ。


いまはゆっくり、おやすみなさい」


俺の頭を優しく、優しく抱き寄せるミラ。


俺はそんなミラに頭を預けながら、きっと安心してしまっていたのだろう。

気づけばその場に膝をつき、ミラの胸の中に包まれていた。


夜空には、まるで俺たちを優しく見守っていてくれるように、果てしない数の星々と、一つだけあるまんまるな月がただ浮かんでいて。


そうして。

つらいことも何もかもすべてをミラに包み込まれてしまったように、心が軽くなっていく。


そうやって俺は、気づけばすぐに眠りに落ちてしまっていたのだった。

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