告白
一連の大騒動も終わり、数日が過ぎたある日のこと。
灯りもなく、暗く静まり返った宿り木亭のフロアには、顔を蝋燭の火で照らされた男がポツリと立ち尽くしていた。
「あーテステス。どうぞ」
夕~夜にかけての宿り木亭には、店にとって一番の収益に繋がるプライムタイムというものが存在する。
宿り木亭はもはや、その他の同業者が羨むレベルの繁盛店へと成長を遂げていた。
よってその時間は当然のように毎日、宴会目当ての賑やかな客達で賑わっていることが通常の事となっていたのだった。
しかし、この日の宿り木亭は、何かが違っていたのである。
暗闇の中、その男はコホンと一度息を吐いた後、勿体振った様子を見せ語り始めた。
「……えー、ご会場にお集まりの皆さん。本日はお忙しい中お集まり下さり大変結構なことです」
フロアにその男の声のみが響くと、何故かその暗闇の中から、何処からともなく声が続く。
「うるせーぞいいからさっさと始めろー」
「そうだよ兄ちゃん腹減ったぜぇーめしめしー」
「………えー何かと応援の声が聴こえてくる気がしますが、ご静粛にお願いします。
今しばらくだから待ちやがれテメェらと言ったところでしょうか。
こほん。さてさて、そんな些細なことは置いときまして。
早速、主催者挨拶とさせて頂きたいと思います。
それでは主催者のミラさん、どうぞ」
蝋燭を前にした男は、その場を一時的に譲るように新たな人物を紹介した。
その人物は、中央に位置している蝋燭の元へゆっくりと歩み寄ると、振り向き正面を見据えた。
そして、無感情すぎる表情を何も変えることもなく、そっと口を開いた。
「…………眠いので、明日開催することにします」
「うおおおおい!!こんだけ用意して今やらないんかああああい!!!!」
暗闇の中、シーンとした空気が辺りを包み込む。
その男は壇上に立ち尽くしているぼーっとした女性を丁重に横に退かすようにして、蝋燭の前に改めて位置取り、口を開いた。
「……とまあ、私のおかげで場の雰囲気が最高潮に達したところで……」
「下がれ能無しー」
「腹減った!!」
「……コラお前ら!!黙って聞いてりゃ俺の繊細なメンタルを粉々に粉砕するような真似しやがって!!泣くぞゴラァ!!!
……こほん。すみません取り乱しました。
はい、ここで照明どうぞ」
その男の宣言を皮切りに、場の至る場所に蝋燭などの光が灯っていく。
そうしたことでようやく、この場の全貌が明らかになった。
司会者のソラの背面には、巨大な横長の長方形の看板が立て掛けられ、『祝勝会』という達筆な文字が踊っている。
また、フロアにある多数の机の上には、宿り木亭の通常メニューである豪勢なものは殆ど並んでおらず、その代わりといったように豪華な食事が彩りを添えていた。
そして場には、いつもの宿り木亭の面々に加え、この噂を聞きつけ駆けつけた騎士団のアイン、サラ、そして新たに加わった授業員なども一同に顔を連ねていたのだった。
そんな中ソラは、周りに視線を向けた後に首を一度頷かせて、司会業を再開する。
「えー皆様のご協力で粛々と進行していることに感謝しつつ、次に参りましょう。
続きましては、少年からなにやら話があるそうです。
それでは張り切ってどうぞ」
客席で紹介を受けた少年は、気怠い様子を隠すことなく、ゆっくりと壇上に近づいていく。
そうして振り向いた少年は、一度コホンと咳払いをした後に、口を開いた。
「………あー、今バカ1号から紹介された者だ。
…うーん……なんだ……その……。
この場を借りて、言わせてもらいてぇ事がある。
俺の名はリサ。
リサ=アーバルト。
改めて今後ともよろしく頼む」
リサは照れていることを隠すように目線と顔を右上の方へ泳がせ、片頬を軽く掻く仕草を見せている。
そんなリサの様子に、ソラとラルが同時に声を上げ、リサの元へと駆け寄る。
「なんだ今更名前の発表か?!何だ何だ、かわいいとこあんじゃねーかこのこの!」
「ほんとだよなー兄ちゃん!!お前もっと早く言えってんだよ!もったいぶりやがってこのこの!!」
二人はリサを挟み込んで揉みくちゃにするかのように小突き合う。
しかし、何故かリサはそれに顔を高潮させるようにして、抵抗する様子をみせていた。
「ばっ、やめろバカ共!!」
「ったくよぉ。しかもお前そんな女みたいな名前して…。
………ん?
………ええと。
………ちょっと待って下さい?」
ソラはその瞬間、重大な謎がたった今溶けたかのような表情を浮かべ、考え込んでしまった。
ラルはそんなソラの様子に、何事か全くと理解が出来ないといった表情を浮かべている。
「ん?おい兄ちゃんどうしたよ」
「おいラル……俺たちはとんでもない勘違いをしていた可能性があるぞ………」
「はあ?何いってんだよ兄ちゃん?俺にもわかるよう説明してくれよ」
そんな二人に突然と割って入るように、壇上へ新たな人物が乱入してきていた。
「はい、ふたりとも!!そこで終わりです!!
女の子にこれ以上恥を欠かすものではありません!!」
「ミントまで急に何いってんだっつの。女の子ってなんのことだ??」
ラルのその発言に、大きく溜息をついたミントは、改めて諭すように語りかけた。
「はぁ……もうラルくん。あのね。リサちゃんは本当に女の子なんだよ?」
「………へっ?」
ラルが心からの感想を声で発したその時。
ソラがラルの肩にポンと手を置いた。
突然の事に思わず振り返ったラルに対し、ソラは優しい口調で語りかける。
「ラル……認めよう。俺たちはきっと、どこかで間違えたんだよ」
そのソラの発言に、ようやくと事態を把握してきたとばかりのラルの顔には、多量の汗が滲み出していた。
「はぁ?!?!ばっ、ばっかじゃねーの!?
…あっ!!あれだ!!
さてはみんなして俺をおちょくってんだろ!!そうなんだろ?!
あーやだやだ!!俺をあんまり舐めんなってんだよなぁ!それより飯にしようぜメシメシ」
そんなラルの前に、依然として顔を俯かせて沈黙を貫いていたリサが、ゆらりと近づいていく。
その纏う雰囲気は、普段の彼女が出すことのない、禍々しいオーラが漂うものへと変わっていた。
「………おいテメェ、ラル……。
俺が女だったら……なんか不都合なことでもあんのか………?」
「いや、ば、ばっかお前!!別に何もねーけどさぁ………その、急にそんなの、信じられるわけねーだろ?!?!」
「テメェ!!!俺がどんな覚悟でこんなこっぱすがしいこと告白したと思ってる!?!
死んで償えや!!」
「うるせえ!!俺はいざとなったら女にだって容赦はしない男だ!!むしろやってやる!!!」
顔を正面と正面で近づけ、一触即発といったようにお互い顔を睨みつける両者。
「…まあ、大してかわんないかな」
「そうみたいですね」
ソラとミントは、そんな二人を見守るように、柔らかい微笑を浮かべていたのだった。




