暫しのお別れ
昔々、あるところに。
おじいさんとおばあさんが住んでいました。
そのおじいさんは世界の均衡を守り、おばあさんはその手助けをしていました。
二人には一人息子がいましたが、その息子はある日突然、ニンゲンと結婚すると言って家を出ていってしまいました。
「こりゃあ大変だ、おばあさん」
「そうですね、おじいさん」
二人は懸命に息子を探しました。しかし、遂には見つかることはありませんでした。
そうして、月日が流れたある日のこと。
二人の家にはひょっこりと、かわいらしい赤ちゃんが置かれていました。
そして、その赤ちゃんの横には手紙が添えられています。
「私達の赤ちゃんです。後はよろしくお願いします」
その手紙にはそれだけが書いてありました。
「こりゃあ、なんとかしなきゃならんな。おばあさん」
「ええ、そうですねおじいさん」
二人はその赤ちゃんを大事に育てることにしました。
そうして、その赤ちゃんはすくすくと成長していき、無事大きくなることができました。
「おお、おばあさんや。めでたいのう」
「そうですねえ、おじいさん」
二人はその立派な姿に、涙して喜びました。
そんなある日、娘は二人に言いました。
「育ててくれて有り難う。それじゃ気に入らない生物を滅亡させる旅に出ます」
そう言ってその娘は旅立とうとしましたが、何故かその二人と周りの人達に止められてしまいました。
「どうして邪魔をするの?」
娘は納得できません。
すると、おじいさんが言いました。
「ちょっとニンゲンのところにでも行って、色々と勉強してきなさい」
娘はそれがとても嫌だったので、その場にいた者達全てを皆殺しにしようとしました。
しかし、結局力敵わずニンゲンのところに逝かされてしまいましたとさ。
めでたし、めでたし。
ーー
『天使』は自ら語り始めた物語をそう締め括り、自慢げな表情を浮かべた後、鼻高々といった様子でハイネへと振り返った。
「……ふふん、どうだ?我ながら面白可笑しくかつ、悲哀たっぷりに描けていると思うんだが」
「そうですね。その道のプロからしたら30点くらいでしょうか。だいぶおまけしてこれです」
ハイネの巫山戯た態度など一切ない、至って真面目な様子に、『天使』はびくりと身体を驚かせ、思わず口籠ってしまってしまっていた。
「クッ……テメェ……。
そ、そこまで俺に的確な酷評を下すとか、なかなか見所あるじゃねぇか」
「ははは。こんなクソみたいなものを褒めたら、それこそ貴女、私のこと本気で消滅させるでしょ?」
「…ぐぬぬぬ」
『天使』のその顔は真っ赤に染まり、身体はぷるぷると悔しさで震えている。
ところが次の瞬間。
そんな悔しさ滲ませていた『天使』の前でハイネは、突然と両足をガクガクと震わせ始めた。
「……申し訳ありません。痩せ我慢もどうやらこの辺が限界のようです。
恥ずかしながら私の身体は、貴女との対面にこれ以上堪えられないようです。
身体は正直とは良く言ったものですね」
そう告白したハイネの表情はとても険しいものとなっており、額には所々に冷や汗が滲んでいる。
『天使』はそんなハイネの様子に、一つ大きく溜息をついた。
「……はぁ。なんだか勝ち逃げされた気しかしねぇが、まあいいだろう。
テメェもめんどくせぇことに縛られてばかりじゃ、生ってヤツを謳歌出来ねぇぞ。
これは純粋な年長者からの忠告だ」
「……『大天使』様からの貴重なお言葉、大変有り難く受け取っておきます。それでは、失礼」
「ケッ、五月蝿せぇさっさと逝っちまえ」
『天使』が虫を払うような仕草を見せると、忽然とハイネの姿は消え失せてしまった。
そうして『天使』は改めて口を開く。
「さあて、興もすっかりと醒めちまったところで……どうやら俺もそろそろみてぇだな。
おい、ミラ!」
『天使』は唐突にミラへと身体を振り向き、呼びかけていた。
「…………」
ミラは『天使』の呼びかけにも、サラへの治療の手を休めることはない。
しかし、『天使』はそんなミラの様子にニヤリと口元を吊上げ、話を続ける。
「まだまだ無能なくせして、口だけは達者なクソガキを頼んだぜ。
一応、俺の器担ってんだ。今はゴミカスだが、テメェが鍛えてやりゃあそこそこ役に立つはずだせ?
正直テメェらのクソみてぇなやり取りを見てるだけで、何かと退屈はしなかった。
このまま消えてやるっつーのも悪くねぇくらいには、居心地が良かったことも認めてやる。
……だが。
俺様がこうして外に出られるようになったとしたら、話は別だ。
俺は俺が一番だからな。俺がやりたいことしかやらねぇに決まってる」
「……………」
「へへっ。つーわけで、まあ今回はこれくらいで勘弁してやんぜ。
次に俺が出てきたときは、このクソみてぇな世の仕組みを余すことなく塵に換えてやるから、覚えとけや。
……テメェがそれを止めようってんなら、容赦しねぇぜ?」
そう言った『天使』は、実に清々しいといった笑顔を浮かべ、分解されるように空へ昇天していった。
そうしてその場に遺されたのは、優しくも無慈悲な『光』の残影と、横たわる少年の姿のみであったのだった。




