対話
「……んで、次は?
テメェらが俺を消すっつーんなら、纏めてかかってきてもいいぜ」
『天使』は、その気怠そうな態度を隠す様子もなく、耳の穴を穿る仕草を見せながら口を開いた。
そして、そのまま辺りをじとっとした視線で見渡した『天使』は、ハイネの方へと身体を向ける。
「……おい。そこの兄ちゃん。
さっきまでの調子の良さはどうしたよ?
急に黙りこくりやがって。つまんねぇからなんとか言ってみやがれコラ」
その『天使』の問いかけに、ハイネはびくりと身体を震わせた後、臨戦態勢を整えるかのように、すぐさま構えをとった。
その表情には、今までのどこか飄々としていた軽薄なものが一切消え失せ、緊張した面持ちのみを浮かべている。
少し間を置いた後、ハイネはやれやれといったように眼鏡をずらし、苦笑を浮かべるようにして、答えた。
「………貴女のような存在を前にして、私に余裕など在るはずもない。
そんなこと、貴女はとうに理解されているんでしょう?
まったく、意地悪なお方だ」
『天使』はハイネのその返答に、まるでテストで合格点に達した生徒を褒めるように、ニカっとした笑顔を浮かべる。
「ほう。賢い道化も悪くねぇ。馬鹿みたいに抱いてやってもいいぜ?」
「それを甘んじて私が享受し、赦しを乞えば、見逃してくださいますか?」
「論外だな。心から快楽を享受出来ないようなクソは死ね」
「……貴女ならそうでしょうね。
さて、困りました。現在私には貴方を満足させる手段が何一つ思い浮かべません。
うーん。この段階では……。
まあ自分としては結構なのですが、その後何かと面倒なことになるのが目に見えてますので、出来れば穏便に済ませたいところです。
うーん、そうですねぇ。うーん……」
ハイネが身体を悶えさせて悩む仕草を見せると、そこで『天使』が堪らずといったように話を挟む。
「テメェ、結論ありきなくせしてこれ以上クソみてぇな長話を続けてみろ。俺の貴重な時間を奪った罪で即殺すんぞ?」
『天使』の表情がガラリと無表情のものへ変わり、その瞳には冷徹な光が宿る。
その様子を伺っていたハイネは、すぐさま姿勢を整えるようにしてコホンと一度息をついた。
「…失礼。申し訳ありません。これは私の悪い癖でして、どうかご容赦を。
それでは改めてご提案です。お話をする、というのは如何でしょうか?」
「ほう、話か」
『天使』がハイネの提案に一瞬思案した様子を見せる。
「ええ。恐らくそれが、私が生き残る為に残された、最後のチャンスかと」
「…おもしれぇ載ってやる。ただし、話題は俺が決める。
ああ、そうだな……。そういやさっき、テメェが面白いこと言っていたな。あれにする」
「ほう。『生と死』についてでしょうか?」
「それだ。テメェから話してみろ。赦す」
「では、謹んでお答え致します。
私にとって『生』とは、ひたすらに愉しむものです。
そして、『死』とは終わりです。
ですので、なるべく避けたいです」
そのハイネの返答の後。
テンポよく進められていた二人の会話に、突如として沈黙の時間が流れる。
『天使』からはそれまであった神々しく暴力的なオーラは消え失せ、何故か身体の力が抜けてしまったように、ポカンとした表情を浮かべている。
「……ん?お、おう。そ、そうだな……うん……そうだと思うぞ………うん……」
その『天使』の態度に、ハイネはその重大な事実に、たった今気づいたといった様子を見せた。
「あれっ?もしかしなくても………私の話……つまらない……?」
そんなハイネに対し、『天使』は精一杯のフォローをするかのように、言葉を捲し立てる。
「いや、良いとは思うぞ?
テメェが考えていることを素直に言語化したんだろうし、実際そうと考えているんだろうと伝わってきた。そこに恐らく嘘はねぇ。
……だが、あれだ。なんというか、テメェはそう。なんか難しい事とか、そういうのを話す感じというか……そういうのがあったから……うん、それはそれとして、とにかく良いと思うぞ」
「いや、いったい何か良いというのです?!
というか、さっきから私をそんな哀れみの視線で見つめるのを辞めてください!!
ああっ…これだから嫌だったんだ……自分からこういう話をするのは、物凄く苦手なのです………。
いつもは相手から勝手に引き出すというのに……。
ううっ、……恥ずかしくて死にたい……」
ハイネはこの世の終わりかのように両膝を地面につけ、頭を抱えながら小さく震えている。
『天使』はそんなハイネの様子を、指を差して盛大に嗤っていた。
「うははははははは!!
うははははははははははは!!!!
人生で一番の赤っ恥ってか!?
意外とカワイイ奴じゃねぇか!!
がははははは!!!!」
そうやって『天使』の笑い声が、暫くとその場を包んでいたのだった。
〜
『天使』が笑うことを辞め、ようやくと場が一段落したその時。
ハイネは、その場から落ち着いた様子で立ち上がった。
「……お愉しみ頂けましたでしょうか?」
ハイネのそんな唐突な問いかけに、『天使』は改めて両腕を組み、口の端をニヤリと吊り上げ、口を開く。
「ああ、上出来だ。
俺にとっちゃ真実も嘘も、そんなことはどうでもいい。
愉しい時間の価値を認識して、意識的でも無意識的でもそれを提供出来る奴は、単純に好きだぜ?
つーわけで、いいだろう。誠意は見せてもらった」
「では?」
「ああ。そりゃあもうどうでもいいんだが、今度は俺の気分が上がっちまったもんでな。
熱冷ましに暫く、無駄話にでも付き合ってもらうことにするぜ?」
「…それはそれは。恐悦至極に存じます」
そうして二人は、改めて会話の続きを始めようとしていたのだった。




