天使
『天使』が降臨し、場には一時的な静けさが舞い降りていた。
しかしその静寂は、突如として破られることとなる。
「ガアああああああああああああああああ!!!」
獣の咆哮のように解き放たれたユベールの叫びが、辺り一面に響き渡る。
そしてその直後。
ユベールは両腕を前に突き出すようにして構え、『黒炎』を生成する。
これまでの黒炎よりも更に大きさと質量を増したそれは、次の瞬間『天使』に向かって爆発的に解き放たれた。
しかし、結果的にそれは決して『天使』に届くことはなく、途中で呆気なく分解されるように塵となって消失してしまう。
「っ?!?!」
驚愕の表情を浮かべるユベール。
しかし『天使』は、そんなユベールに対し軽く視線を向けた後、実に愉快といった表情を浮かべ、語りかけた。
「……おっ。なんだテメェ、洒落たもん使ってんじゃねーか?実にかっけぇな。羨ましいぜ。
つーか……はぁ……。
俺もそっち方面が性に合ってるっつーのに、こんなクソダセェもんしか出すことが出来ねぇとは……情けねぇことこの上ねぇ」
『天使』は心底残念といったように、肩をガクリと下げ、落ち込んだ様子を見せる。
しかし一方のユベールは、渾身の黒炎がいともたやすく消失してしまったことに対し、最大級の屈辱に塗れる感情を受けていた。
そんなユベールの顔は怒りで大きく歪んでおり、額には所々に青筋が浮かぶ。
また、その身体は怒りに耐え兼ねるといったように、小刻みに震えている。
「か゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」
先程よりも、一際大きな叫び声が鳴り響く。
そして、ユベールは両腕を天に高く突き出すように振り上げた。
すると彼の両手の先には、先程も生成したのと同様の『黒炎』が再びと浮かび上がってくる。
しかしその黒炎は、先程のものとは規模感がまるで違っていた。
この空間に突如として黒い太陽が現れたような、そんな感覚に陥る程の質量の大きさに、それを見上げていた『天使』は、思わずといったように口元を吊り上げる。
「…おうおう。その調子じゃ命賭けってとこか?面白え」
ユベールの身体には現在、異変が起きていた。
ユベールの身体全身には血管が浮かび上がり、それらは高波のようにドクドクと波打ち沸騰している。
また、その両眼は毛細血管が切れたことにより真っ赤に染まり、もはや視力などとうに失ってしまっていた。
しかし。
もはやユベールにとって、自分自身を含め、全てがどうでも良い事だった。
この時のユベールの心内にあったのは、ただ目の前の不快なものを排除したいという気持ちのみであり、それは人間であった頃の彼でさえついには持つことはなかった、ある意味純粋な心を宿した瞬間でもあった。
「ゼ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛だ゛い゛に゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!!!!!!!!
あ゛い゛た゛ち゛ち゛ち゛ち゛ち゛た゛ご゛ろ゛し゛て゛え゛え゛え゛け゛け゛け゛け゛や゛あ゛あ゛あ゛る゛う゛う゛う゛か゛う゛う゛!゛!゛!゛!゛!゛!゛」
ユベールの叫びはもはや、言葉などではなく、魂の音に近いものとなっていた。
そうして、ユベールのすべてとも言える『黒炎玉』が、今まさに『天使』へと降り注ぐ。
そんな状況下で『天使』は、俯かせていた顔を上げ、目を見開く。
「クククッ…………はははははははははははははははは!!!!
テメェってやつは、最期の最後でクッソ愉快な馬鹿だったぜ?
俺だけはそれを覚えててやる。
……つーわけで、盛大に爆ぜとけやぁ!!!!」
『天使』が片腕を上げ、その掌を降り注ぐ『黒炎玉』に向ける。
次の瞬間、巨大な『黒炎玉』は嘘のように崩壊を始め、遂には全てが元から無かったものかのように、サラサラと光の塵となった。
それと同時に、先程まで確かにこの場に存在していたユベールも、この場から忽然と消失していった。
「…………チッ」
『天使』は、眉間にシワを寄せながら自らの片手を見つめ、小さく舌打ちをする。
『天使』は、絶対的な『光』の力を有していた。
しかし、彼女は自らの絶対的な力にこれまでも、そして恐らくこれからも、決して満足することはない。
彼女にとって神々しい光など、ただの忌々しい戒めであり、このようにあっけなく相手を塵に変えてしまう味気なさも含め、全てが自分にとって嫌悪感に繋がるものと気づいていたからだ。
「……クッソつまんねぇ」
『天使』は独り、そっとそんなことを呟いたのだった。




