降臨
「………………」
ユベールに首根っこを掴まれ、無理矢理と持ち上げられている格好の少年は、もはや心身共に限界に達していた。
その身体は脱力しきっており、力なく垂れたその顔には、とうに意識は宿っていない。
傍から見るとその姿は、ユベールの腕の力に支えられているだけの、哀れな操り人形と化している。
「………」
そんな少年に対し、ユベールは依然として何の感情も見せることはなく、淡々とした態度でもう片方の手を少年へと近づけていく。
すると次の瞬間、ついに少年の身体を、終焉を告げる黒炎が包み込んでいった。
少年はそれに抗うことなど出来るはずもなく、ただ轟轟とした音を響かせながら黒色に燃え上がっていく。
そんな少年を、ユベールはまるで子供がお気に入りの玩具に飽きて興味を失ったかのように、その場に放り棄てた。
その黒々とした炎の塊と化したそれは、もはや少年を灰にする目的など忘れ去ったかのように、更に勢いを増して地面から湧き上がる。
「……………」
ユベールはそちらに一度だけ視線を寄越すと、そのまま振り向き、少年に背中を見せるようにして、ハイネの元へと歩き出す。
だがその途中、ハイネが突然とユベールの歩みを遮るように、目の前に立ちはだかった。
「……ふふふっ………これだから。
これだから私は、辞められないのでしょうね……。
しかし、私はやはり貴方のような期待を裏切らない方のほうが、見ていて愉快ですが」
「……………?」
そんな事を小さく口にしたハイネの表情は、余計な戯れの要素が一切ない、彼本来の精悍な相貌となっていた。
またユベールは、ハイネのその言葉の意味をすぐに理解することが出来ないといった様子を見せている。
しかし、その後すぐにこの場に訪れた異変に、ようやくと彼は気づくこととなる。
ーーそれは、眩いという表現すら生温い程の、圧倒的な『光』の壁の顕現だった。
光の壁は中にいる何かを取り囲むように円柱状に現れ、その密度の高い光量は、見るものの視線すら完全に遮蔽してしまっており、中を窺い知ることなど到底出来ない有様だった。
そしてその場所とは、先程少年がユベールによって廃棄された場所に他ならない。
「…………っ?!」
ユベールはようやくと、現在起こっている異常事態について理解する。
だが、ユベールの意思などもはや無視するかの如く、その事態は着実に進行していた。
そしてついに。
光の壁を構成している粒子が崩れ去り、徐々に消失していくことで、中にいる何かが顕になる。
そこに降臨したのは、紛れもない『天使』だったーー。
まるで天から祝福を受けているかのように、無数の羽根がひらひらと空から舞い散る中、その『天使』の背中には、二対の純白の翼が雄々しく存在している。
またその頭上には、光の輪が眩く輝き、その神々しさを益々と際立たせていた。
その『天使』は、両腕を組むようにして一度辺りを見渡した後、眉間にシワを寄せ、如何にも不機嫌といった表情で頭を掻き毟り、口を開く。
「あーー……。めんどくせー場に出ちまったもんだぜ……。
にしても…ケッ。
あん時クソ忌々しいジジイ共を駆逐出来てりゃ、こんなことにはならなかったっつーのに。
俺も舐め腐っていたとはいえ、まあ予想以上だったことは認めてやる。
まあどっちにしても、次は漏れなく殺し尽くすから何も問題はねぇが。
……てか改めて見ると、我ながら気色悪ぃ容姿してやがるぜ。
何だこの翼、ただただ邪魔くせぇ。つーかセンスなさ過ぎだっつーの。ダセェって理由で一族郎党みんな死んどけ」
その『天使』の姿は、女性であった。
スラリと縦に伸びる均整のとれた体型は、女性としてはかなりの高身長の部類に入るだろう。
そしてその格好は、少年が先程まで着ていた洋装を無理矢理と引き伸ばしてしまったかのように、その豊満な胸と下半身の一部のみしか隠せてはおらず、その他の大部分は殆どが消滅してしまっていた。
また、光を反射しているかのような金色に透き通る長髪は、サラサラと腰まで伸びており、その鋭い眼光と整った目鼻立ちは、彼女の姿を見た殆どの者に、一目で美しいと認識させてしまう程のものだった。
そんな『天使』は、一度大きく溜息をついた後に、改めてといったように言葉を放り捨てる。
「……さあてテメぇら、今すぐ死にたくなかったら俺を精々退屈させないこったな。
久々の顕現で気分が良いとはいえ、俺は息を吐くように尽く殺すぜ?」
ニヤリと口元に微笑を浮かべる『天使』。
こうしてついに、この場に傍若無人の『天使』が降臨したのであった。




