後奏
「………くっ………ごほっごほっ……」
ユベールの嘲笑ともいえる笑い声が辺りに鳴り響く最中、腹部を抑えながらもやっとの思いで顔だけを上げた少年は、鋭い目つきでユベールを睨みつけていた。
「…………」
そんな少年の様子に、ユベールは狂ったように上げていた笑い声を突如納め、少年へと視線を送る。
しかし、その表情は先程までの感情が伺えないものとは違い、以前の貴族であった時に近い印象を受けるものとなっていた。
その証拠に、ユベールの額には先程激高した時と同様に多数の青筋が浮かんでいる。
そうしてユベールは更に追い打ちをかけるように、少年の側頭部に回し蹴りを繰り出す。
「っ!!?」
少年はその突然の事態に対し、身体を一切反応する事が出来なかった。
少年の身体の側面が、地面へと直角に叩きつけられる。
とめどなく襲いかかってくる痛みと疲労感の中で、息絶え絶えといった様子の少年は、その場に仰向けで転がり、ユベールに無防備な姿を晒す。
「う、うぅ……ぐっ………はぁ………はぁ………」
ユベールはそんな少年に、愉快で仕方がないといったような歪んだ口元を浮かべ、ゆっくりと歩を進めていく。
そうして、ついに少年の元へと辿り着いた。
「……………っ?!
ぐぎゃあぁあああああああああッッッッッッッ!!!!!」
ぐしゃりという鈍音と共に、少年の悲痛な叫び声が辺り一帯に響き渡る。
少年の右腕の関節部は、ユベールが思い切り振り下ろした右脚によって、呆気なく粉砕されていた。
「ぐぁぁああああああああああああッッッ!!!!!!????」
「ふははははははははははははは!!!!はぁーはっはははははははは!!!!!!!!!」
ユベールは少年を見下ろし、これまで以上に愉快で仕方がないといったように、これ見よがしに身体を捻り、嗤い続ける。
「…………ぐっ!!……ふぅ……はぁ……はぁ………」
少年の全身から、自然と冷や汗が噴き出してくる。
その想像を絶する激痛は、少年の顔を普段のポーカーフェイスのものから、苦痛を滲ませた表情へと歪ませてしまっていた。
「………」
ユベールの表情が、再び元の無感情のものへと変わる。
そしてゆっくりと少年に近寄ったユベールは、何を思ったのか少年の首元を掴み、片腕で持ち上げてしまった。
「ぐっ……ぐはぁっ!?……ううぅっ……ゔうぅ……………」
少年は唯一残された左腕で、自分の首を締め上げるユベールの腕に抗うように力を込める。
だが、その抵抗も虚しくといったように、ユベールは無表情だった顔に、ニタリと嫌らしい笑みを浮かべ、口を開いた。
「オ……ワ………リダ」
「……へへっ……。
……なん…だ……テメェ……喋れんの…か…よ……」
少年が、俯き加減の顔を思わずニヤリとさせた、それと同時の事だった。
「ッッッッ?!?!?!」
ユベールの顔が驚愕に染まる。
しかし、そんなユベールの反応は、もはや全てが手遅れであることを物語っていた。
二人の身体は、突如として地面から現れた『水』に包まれる。
少年が生成した『水』は、ちょうど二人を中心に、円を描くように大量の水量を伴い現れた。
そしてそこに現れた『水』は、まるで深海の底を再現しているが如く、暗く厳かにだた存在していた。
そんな中、ユベールはその事態に思わず、少年の首元を掴んでいた手を離してしまう。
そのおかげで解き放たれた形となった少年は、水流が優しく導くように、『水』空間の外に放り出された。
「うがぁっ?!……い、いってぇ………やっぱ調整もクソもねぇや……ははっ………はぁ……はぁ……」
潰された腕を庇うように、ゆらゆらと立ち上がる少年。
『水』の中にいるユベールへと振り向き、語りかける。
「…はぁ……はぁ………。
言った……だろ?……ここは……テメェにとっての………地獄だって………な?
にしても………はぁ……はぁ……あの……胸糞わりぃ…空間が………策の助けに……なるとはな……チッ……」
『水』の中に一人浮かぶユベールは、呼吸が出来ない苦痛に顔を歪め、緩慢に身体をバタバタと動かしている。
「………はぁ……はぁ…………わりぃな……炎魔人さんよ?……まだ……終わりじゃねぇんだわ……はぁ…はぁ……。
……仕上げといくぜ?」
少年はプラプラとぶら下がるのみとなった片腕を庇いながらも、その自らが生成した『水』の水槽に近づいていく。
「………はぁあああああああああ!!!」
『水』に片手を翳した少年は、目を瞑り、残された全ての力を解放するかの如く、雄叫びを上げた。
その瞬間、『水』はついに『氷』と成った。
「………はぁ………しんど……………」
バタリとその場に倒れ込む少年。
その目の前には、巨大な一つの氷の彫刻と化した、ユベールの姿があったのだった。




