前奏
「……では、今回の私めの役割はこれで終わったようですね」
ハイネはそう言葉にした後、ゆっくりと炎魔人と化したユベールへと近づいていった。
そうしてハイネは、耳元にそっと何かを囁く。
すると、それまで操り人形かのように動きを止めていたユベールに、ようやくと反応がみられた。
「……」
無表情のまま少し顔を頷けたユベールは、こちらに向けていた腕を降ろす。
「うんうん。それでは私は、再びゆるりと観戦させて貰いますね。それではー」
ハイネは満面の笑みを浮かべそんなことを口にし、その場を後にする。
俺はもはや見慣れてしまったと言っていい、ハイネの人を小馬鹿にするような態度を無視するように、密かに『水』防御壁の展開準備を進めていた。
その上で、ユベールへと探りを入れる意味合いを込め、語りかける。
「やっとテメェが望んでいた一対一の状況になれたわけだが、感想はどんなだ?」
「………」
ユベールはそんな俺の話に完全に無視を決め込むように、全くと反応する事はなかった。
そして、奴はおもむろに挙げた片腕の掌を上に向けるようにして構え、そちらにじっと視線を向けている。
すると奴の掌の上に、小さな火の塊が浮かび上がってきた。
「………」
自分で行ったことに、少し驚いたような表情を見せる炎魔人ユベールは、その後もいつかのミラの実践講義を彷彿とさせるかのように、次々とその火の形や大きさ、色などを変化させ始めた。
その様子はまるで児戯に熱中する子どものようで、以前の貴族らしい嫌みに溢れたものとは違い、そこには無邪気で純粋な感情が見え隠れしているように見えた。
しかし、次の瞬間。
そんなユベールの己の力を測るかのような行為は、唐突に終わりを迎えることとなる。
その訪れは、ユベールが遊戯に飽きてしまったかの如く、元の無表情に戻った時と同時の事だった。
「………っ?」
俺の背筋を突如、ゾクリとした悪寒が襲いかかる。
何かがくると、そう直感が告げていた。
「………」
ユベールは、相変わらず言葉を発することもなく、右手の人差し指だけをこちらに向けた。
そしてそれを皮切りに、ついに灼熱地獄が開演する。
ユベールの指先からは、俺の頭くらいの大きさはある真っ赤な爆炎の塊が次々と生成され、それらは一つ一つが我先にといったように、次々と俺の元へと殺到してきた。
「っ?!?!」
こんなもの、回避など間に合うはずもない。
それ程までにその爆炎の塊は、恐るべき速度を伴っており、俺の身体能力では決して処理できない領域に至っていた。
だがその数々の爆炎の塊は、幸いなことにどれも俺の身体に届くことはなかった。
その全てはこちらに届く前に、俺が事前に展開しておいた『水』の防御壁に阻まれる形で、次々と蒸発していく。
「……へっ、肝が冷えっぱなしとは、このことだぜ……」
依然として続く相手の猛攻を防ぎながらも、俺はそんな軽口を呟く。
その事で、無理やりと心に若干の余裕を持たせるよう意識する。
…問題は、ここからだ。
なんとか攻撃に転ずる方法を考えなければ、このまま防戦一方にしかならない。
「やってみるしか………ねぇ!!!」
現段階の奴の火炎魔法は、己指数『50』の『水』防御壁で対処できている。
であるならばと、残りの魔法力を駆使し、右手と左手の先に、新たな魔法を展開し始める。
それは、今まで何度も挑戦し挫折してきた、『氷』魔法への挑戦だった。
そもそも高度な温度調整など緻密な計算が必要となる『氷』を生成する事自体が上級魔法指定を受けているもので、ミラの指南書の中で説明があった通り、そう簡単に出来る事ではない。
その意味でもサラが化物じみていたのは言うまでもなかった。
俺自身の実力の段階は、そこに取り組む段階にはいるものの、まだまだ訓練途中といった所であり、実践投入する程完成してはいない。
だが幸運なことに、サラが俺に『氷』魔法の行使方法など散々な形で披露してくれたおかげで、自分の中でもより濃密に身になった感覚があった。
ここでやれなきゃ、いつやるんだ?
とにかく俺は、簡単に死んでやるわけにはいかねぇんだ。
そうして俺は、初めて成功した『氷』魔法の感覚の手応えと共に、今後の戦略を頭に巡らせながら小さく呟く。
「………さて、ここからがお愉しみだせ?炎魔人さんよ」




