呆気ない決着
皆の笑い声が、その場を包み込んだのも束の間。
短い時間の経過と共に、この場には元の静けさが戻ってきていた。
その間皆に笑い者にされた貴族の男といえば、顔を俯かせているのみで、反論の言葉なども一切漏らすことはなかった。
少年はそんな男の様子に、再び語りかける。
「……へえ?見た目に依らず、意外にも見どころのある貴族様じゃねぇか。
もしあんなことに逆上しちまうくらいの小物だったら、こっちも楽できそうだったんだがな」
貴族の男はそんな少年の言葉にゆっくりと顔を上げ、相変わらず相手を卑下するかのような視線を少年に送る。
「……その汚い言葉遣い……。
聴いているだけで吐き気を催す。慎め」
その男の顔に怒りの感情は窺い知れない。
そうしてその男は、向けていた視線を少年から外し、落ち着いた振る舞いで背後に振り向く。
「ハイネ。この場にいる者たちの家族、友人、愛人、知人、一族郎党に至るまで、全て素性を調べ上げて我に献上せよ。これは命令である」
少し離れた場所で控えていたハイネは、突然の事に動揺を隠せずにいた。
「か、畏まりました…。それを如何されるおつもりなのでしょうか?」
「痴れたこと。私兵を送り拘束した後、あらゆる恥辱に塗れさせた上、処分する。
この我にここまでの狼藉を働いたのだ。至極当然である」
「は、はあ…」
「…ふふっ、そういえば貴様もその狼藉を働いた一人であったな?」
ハイネはびくりと身体を震わせ、怯えきった表情を浮かべる。
貴族の男は、それを愉しむかのように口元を釣り上げ嗤う。
「なに、貴様は今現在、我に遣える身。恩赦も吝かではない。我の斯様な寛大さに、一層の忠義を尽くせ」
「あ、有り難うございます」
「さて、では」
貴族の男は、再びと少年とミラのいる方へと向き直した。
「改めて、貴様らのような路傍の石には勿体無いほどの栄誉を与えようではないか。
我の名は、ユベール・アルベルト・ノアイユ。
栄光あるカッシフォードにおける四大名門の一つ、アルベルト家に連なる、偉大なる存在である。
我の存在は後に、この国の行く末に大いに影響を与えることになるであろう」
ユベールはそう名乗りを上げると、両腕を仰々しく拡げる。
「では、これからこの場にいる者達を、我が直々に私刑とする。
悦びに浸りながら、尽く死ね」
ユベールの口元は、無理矢理に微笑を浮かべようと捻曲がってしまっていた。
その瞳は不自然に大きく見開き、頬はピクピクと痙攣している。
また、額の至る所に青筋が浮かび上がっていることで、その怒りの感情を隠すことは、もはや出来なくなっていたのだった。
ーー
「んでミラ。サラの様子はどんな感じなんだ?」
少年のその言葉に、ミラは横たわって寝息をかいているサラに対して、様子を確認するかのように視線を送った後、答えた。
「……寝てる」
「いや、それは知ってるっつーの。そうじゃなくてだな。本当に前のサラに戻すなんてこと、可能なのかよ?」
少年はミラに対して、改めて素朴な疑問を問いかける。
「………大丈夫。必ずなんとかする。でも、少し時間が必要」
そう話すミラは、先程から安らかに眠っているサラの頭部に向けて両手を包み込むように翳していた。
その両手の先からは、まるで月光のような柔らかい色の光が生成され、サラを優しく照らしている。
「へっ、了解だ。その間俺は、あの薄ら寒い貴族様でも相手してきてやるぜ。
…っと、ああ、なんだ。
その…一応サラは、俺にとって命の恩人みてぇなもんだからな。
…まあ、お前の事だから大丈夫だと思うが、頼んだぜ?このままじゃ、サラの奴に貸しばっかになっちまって、目覚めが悪ぃしな?」
少年は話の間にも、少し照れくさそうに視線を泳がせ、頬を人差し指で軽く掻くような仕草を見せる。
「じゃあ、行ってくる」
そうして少年は一言だけ残すようにして、歩き出していった。
「……まって」
ミラの一言に、少年は思わず脚を止める。
「ん?なんだよ」
「君なら……きっと大丈夫」
「おう。何せ俺は、テメぇの一番有能な弟子だからな」
「そうだね」
二人はお互いに通じ合うように、自然と笑顔を浮かべていたのだった。
ーー
「別れの挨拶は済んだか?」
ユベールは自分の元へと戻ってきた少年に対し、仰々しく口を開く。
少年はそんなユベールの様子に、軽く溜息をついて見せた。
「…テメぇの方こそ、別れの挨拶をする相手がいねぇとは、可哀相なこったな」
「相変わらず口の利き方がなっていない子供であるな。まあ、育ちが悪いとこうなるのであろう。嘆かわしい事だ」
「ケッ。んで、わざわざその別れの挨拶とやらの為にこっちに時間まで与えるとは、大層余裕のご様子みてぇだな。
まあ、テメぇみたいな奴が一対一での対決がご所望とは意外だったぜ」
「ふん。我にとってはこんなもの全て戯れに過ぎん。
所詮貴様のような子供が我に叶うはずもないのだからな。
なに、とはいっても我を侮辱した事には変わらん」
ユベールはそこまで話をすると、何かを悩むような仕草を見せ始めた。
「…うむ、そうだな…。
貴様は、我が散々苦痛を与えた後に、好色の貴族達の慰み者にでも廻してやろう。
……ふふふっ………ふははははははは!!」
ユベールは突然と、狂気が乗り移ったかのような笑い声を上げる。
「ふははははははは!!
きっと毎日のように奴らに身体を犯され、自己を失い人形のようになるのだろうな?!
これは愉快極まりない!
まあ、それでも生かされているわけだから、幸せ者なのではないか?!
こんな慈悲を考えつくなど、やはり我は実に器が大きい!!!
ふはははははははは!!!
ふははははははは!!……へっ?」
自分の話に夢中になっていたユベールは、その間にも着実に進行していた己の最大の危機に、最後まで気づく事が出来なかった。
ユベールの身体は、少年が生成した猛烈な勢いを伴った巨大な水流に飲み込まれ、次の瞬間には反対側の壁に激突していた。
水圧によって暫く壁に押し潰されるように張り付いていたユベールは、それが収まると同時に、バタリと音を立て壁から地面に墜ちる。
その後もユベールは身体をピクピクと痙攣させるのみで、再起不能といった様子が伺えた。
「……いや、頭悪すぎるだろ」
その様子を遠目から見ていた少年は、呆れるようにそう呟いたのだった。




