貴族の男
サラと半人半獣の生物の戦いが決着を迎え、新たに姿を表したその男に、場の空気が静まり返る。
その男は自ら殴り飛ばした白衣の男を、侮蔑を込めた視線で見下すようにして、口を開いた。
「ハイネ。あそこにいる無様な化物は、お前の話していた例の切り札という奴か?」
「…は、はい。あちらにいる方が予想以上の実力を秘めておりまして、結果このような事に…」
男はハイネのその力ない言葉に、苛つきを抑えられないといったように舌打ちを鳴らす。
「チッ。見込みが甘いのだ、下賤な俗人め。恥を知れ」
「いやはや、面目次第も御座いません…」
「とにかく、あのような穢らわしい汚物は今すぐに処理せよ。分かったな?
我はあの女に用がある」
「今すぐにですか?!と、申されましても……お、お待ちください?!」
その男はハイネの話など気にする素振りも見せず、ちょうどサラのいる場所に向かって、ゆっくりと歩み始めたのだった。
〜〜
「チッ…歩きにくいことこの上ない。我のような高貴な者に、このような場所を歩かせおって…。服も仕立てたばかりだと言うのに」
男は眉間にシワを寄せながら、呟く。
先程までの大規模な魔法の衝突によって、この空間の至るところには、飛散した岩の残骸や、氷が溶けたことでできた水溜り、衝突によって空いた小穴、窪みなどが生々しく残ってしまっている。
それは、先程までの戦いが如何に凄まじいものであったかを、如実に物語っていた。
そんな中をゆっくりと歩み寄る事で、男はようやくとサラの元へと辿りつく。
そして、サラに向けてまるで商品価値を査定するかのような視線を向けた。
「…ほう、中々。
女、光栄に思え。お前なら我の奴隷にしてやっても良いぞ」
「…あらぁ、随分と積極的な殿方ですことぉ?
…でもぉ、私って強い男の人にしか惹かれないのよぉ。…貴方は果たしてどれ程のものなのかしらぁ?」
サラは唇に指を添えるようにして、艶っぽい声色で男に問いかける。
男はそんなサラの言葉に対し、自信に満ち溢れた表情を浮かべ、返答する。
「…ほう、我を試そうとでもいうのか?下賤な存在にしては大きく出るではないか。
よかろう。偶には俗人の興に乗るのも悪くない。その瞳で我の実力をしかと見届けるがいい」
「あら、それは愉しみね。それじゃ、味見といかせて貰おうかしらぁ?」
「フン」
男はサラに背中を向けると、再びその場から離れ、生物が貼り付けられている壁へ戻っていく。
そうやって壁の近くへと到着した男は、早速と吐き捨てた。
「チッ、視線に入れるのも憚れる。こんな臭くて見るに堪えない汚物は、さっさと灰にしてくれよう」
男は目を瞑り、両手を構える。
「………」
男の翳した両手の先から、火の塊が生成される。
それは次第に質量を増していき、ついには人すら飲み込むほどの火の渦が生まれた。
「はあああああああああ!!」
その男の掛け声と共に、その火の渦は貼り付けとなっている生物目掛けて襲いかかる。
生物の身体が火によって包まれ、身体を支えていた氷柱も一瞬にして溶けてしまう。
そのことで、半人半獣の巨体は燃え盛る火炎と共にその場に崩れ落ちていく。
その光景を暫く眺めるようにしていた男は、堪えきれないといったように嗤う。
「……ふふふ………ふははははははは!!!!!
何度見ても、汚物が消毒されていく様子は絶景であるな!晴れて醜い姿から開放してやったのだから、我に感謝せよ!ふははははははは!!!」
〜〜
男は再びたっぷりと時間をかけるようにして、サラの前に舞い戻る。
「…ふふっ。あまりの出来事に未だ声も出ないようだな。
我はあの王立魔法学園で、過去に例を見ない程の才能を発揮したことで、唯一無二の天才と評されていた。
我の魔法の実力に叶うものなど、この世の中に果たしているのかどうかといった所であろう」
男は鼻高々といったように、サラに向けて語りかける。
しかしそれとは対照的に、男の存在にようやくと気づいたサラは、眠そうな目を擦った後、生欠伸をして身体を伸ばした。
「……ふぁあああ……あれぇ?まだいたのぉ?
あまりにもおっそいから、家に帰っちゃったのかと思ってたわぁ。
ああ、そうね、そうだったわねぇ。奴隷だっけぇ?
ごめんなさぁい。貴方、まぁっっっったく唆られないからムリ」
「は?」
「というか私ぃ、さっきの遊びでだいぶ満足しちゃったのよぉ。もう力も随分と使い果たしちゃったみたいだしぃ。
…ふぁあああ…。眠いわぁ…むにゃむにゃ」
男はサラのそんな様子に、顔を俯きながら怒りに身体を震わせる。
「……お前、どうやら我に殺されたいみたいだな……」
「…ん?うーん、そうねぇ。さっきの遊戯は生きてきて一番愉しかったしぃ、じゅーぶん満足したから別にそうしてくれてもいいわよぉ?
あっ、でもぉ、痛いのはイヤよぉ?寝ているときにでもサクッと殺ってねぇ?
ふぁあああ……もう駄目、限界ぃ……というわけでぇ、おやすみぃ…………」
そう言い残したサラは、男をその場に置き去りにして、ふらふらとミラと少年がいる壁際の方まで歩き去る。
すると、到着するなりすぐに横たわってしまい、宣言通りといったように寝息を立て始めた。
その場を、なんとも言えない静けさが包み込む。
しかし、それを最初に打ち破ったのはその場で一連の出来事を見ていた少年だった。
「……ぷっ、うあははははははははは!うははははははは!!
いやーダサい!
貴族様がダサすぎて我慢できねぇ!?
ふははははははは!ははははははは!はぁー腹痛ぇ!!!!ふははははははは!!!!」
少年は、両目に涙を浮かべながら貴族の男に指をさして笑い続ける。
「……くっ………もうやめて……死んじゃう……ふふふっ……」
ミラも口元を抑え、身体を捻るようにして笑うことを我慢できないといった様子を見せていた。
「あははははははははは!!あははははは!!!」
さらには、先程貴族の男に殴られた白衣を着た男さえも、笑い転がる様子を見せる。
このように先程までの緊迫した空気感は、何処かに吹き飛んでしまっていたのだった。




