一つの結末
「………」
俺はあのガキの魔法がいつ解けてもいいように、目を綴じて集中力を研ぎ澄ませていた。
身体の隅々まで気が巡り、活力が漲ってくるのが分かる。
…よし、まずはこれでいい。
気を抜くことは決してないが、程よく肩の力を抜いておく。
改めて、瞳をゆっくりと開く。
だがそこで俺が見た光景は、にわかに信じられないものだった。
「はぁっ………はぁ………ふぅ……はぁ………はぁ………」
先程倒した筈のもう一人のガキが、今にも倒れる寸前といった具合に、ふらふらと近寄ってくる。
俺はあまりの衝撃の大きさに言葉を失い、呆然とその姿を眺めてしまう。
「……はぁ、はぁ……くっ、うあぁっ…」
ガキが体勢を崩し、その場に倒れ込む。
しかし、地面にへたりこんだ後も、暫くすると身体を震わせるようにして、再び立ち上がってくる。
「ぐ、ぐううう………だぁっ……はぁはぁ…………はぁ………」
あの眼。
そう、あの眼だ。
俺は知っている。
あれは決して諦めることを知らない、そういう眼だ。
…認めよう。
コイツらは俺が今まで戦ってきた奴らの中でも、一番タチの悪い大馬鹿野郎どもだ。
俺は、口元を釣り上げて嗤う。
こんなにも戦いが愉しいと感じるのは、生まれて初めてかもしれない。
もうコイツらに対して、一切の油断はない。
一武人として、全力で相手をしてやる。
そしてガキはようやくと、俺のすぐ目の前の位置までやってくる。
「へっ……ヘヘっ……よ、ようやく…辿りついたぜ…」
ガキは俺と同じように、口元に笑みを浮かべていた。
「…ごほっ…はぁ…はぁ………」
奴の身体は、とうに限界を越えている。
当然だ。
俺の拳は、水月を貫いている。
奴の臓器や骨に至るまで、悲鳴を上げているに違いない。
しかし、それがどうした。
「ウオオオオオオオ!!!」
俺は、雄叫びを上げながら、持てる自分の力の全てを解放する。
ガキがどんな攻撃を仕掛けてこようとも、絶対に迎え撃つという自信があった。
しかしその時、俺は同時にある異変に気づく。
「……へへっ、やっと……出来た」
ガキは、小さく笑みを浮かべる。
その翳した両手の中には、まるで何層も何層も重ね続けたような、圧縮された風の渦が生まれていた。
「……て、テメェ。まだそんなもんを…」
俺の背筋を、ゾクリとした感覚が襲う。
あれが途方も無い威力を秘めているものだと、直感が告げていた。
ガキはふらつく身体を無理やりその場に留め、顔を俯くようにして、静かに口を開く。
「………なあ?ソラ兄ちゃんて……すげぇんだよ……。
これだって………遊びだとか言って、練習にも付き合ってくれてさ。………ははっ、そっから結局一回も………出来なかったけどな……。
…だけど。
それが今、お前に届くかもしれない」
ガキはそう言うと、両手で大事そうに抱えていた風の塊から、俯き加減だった顔を俺の方に向ける。
虚ろだったガキの瞳に、確かな光が宿っていた。
「…俺の目標を、聞かせてやる」
ガキは風の塊を、身体の脇に持ってくるようにして、腰を深く落とし、構えた。
そして次の瞬間。
ガキの全身全霊の雄叫びが響き渡る。
「ソラ兄ちゃんのような、格好いい男になることだぁあああああああああ!!!!!」
抱えていた両手を突き出すようにして、ついに風の塊が俺に襲いかかった。
「だから、甘いっつってんだろーがぁ!!!!!」
俺は密かにこの機会を伺っていた。
ガキの生成した風の塊は、もはやこれだけ至近距離でないと、俺に届くことはないのだろう。
ならばそれは、俺にたった一つだけ与えられた、反撃の機会となる。
先程と同じように、あちらの攻撃がこちらに届く前に、俺の最大限の拳で、風の塊ごとテメエを貫いてやる。
だがそんな俺の目論見は、脆くも崩れ去る。
そのあまりの濃密な風の塊の威力は、俺の繰り出した拳を安々と弾き飛ばしていた。
「ッッッッッッッ!?」
上半身ががら空きになった状態の俺に、奴のとっておきの必殺技が突き刺さる。
もう一人のガキによって下半身を固定されているせいで、その圧倒的な威力を、余すことなく全て受け止める形となっていた。
その風は俺の身体を外内から、全て捻じり取るかのように掻き回す。
そして、示し合わせたかのように、俺の下半身を縛り付けていた謎の魔法も消失していた。
そのことで俺の身体は、遥か後方に向かって弾けるように飛んでいく。
「…悪くねぇ結末だ」
薄れゆく意識の中で、そんなことを小さく口にした俺であった。




