異変
「…ったく、何してやがんだ。俺は」
どうやら物思いに耽ることで、その場に暫く立ち尽くしていたようだ。
柄にもなく、感傷的になっちまっているのかもしれない。
戦闘時のまま緊張した身体に、改めて芯を抜くように命令する。
「ふぅぅぅ……………」
ゆっくりと息を吐き出すようにして、呼吸を整えていく。
ようやく、片がついた。
後は長い刑務所生活でも、のんびり過ごすことにしよう。
その後は…そうだな。
いい加減悪党やるのも飽きちまったし、他にこれといってやりたいこともない。
いっそのこと、ゴーツの奴と店でも出してみるのもいいかもな。
そんなことを漠然と頭に思い浮かべていた俺は、きっと気が抜けてしまっていたのだろう。
それを頭で理解した時には、既に俺の全身を、悪寒と共におぞましい感覚が襲っていた。
間違いない。
何者かが、俺に対して敵意を向けている。
戦いはまだ、終わっていない。
すぐに頭の中と身体を、臨戦態勢に切り替える。
…まず可能性として上がるのは、俺のすぐ目の先にいるガキだ。
長年の戦闘経験から言って、あそこまで痛めつけた後に再起する事など、万に一つもありえない。
その証拠に、こいつはさっきからピクリとも動く様子を見せていない。
一先ず、その可能性は低いと踏む。
…では、先に倒したガキの方か?
いや、ありえん。
アイツはド素人だったし、俺の攻撃を全て貰っている。
下手すりゃこっちにいるガキよりも深い傷を負っている筈だ。
…いや。ちょっと待て。
筈だ、だと?
俺はようやくとそこで、戦いの中で絶対にしてはならない禁忌を犯していることに気がつく。
相手の力量を一方的に決めつけて判断するなど、愚の骨頂だった。
現に、俺はあの後一度でも、あのガキの様子を確認したのか?
「まさか、アイツ?!」
振り向こうとした時には、もはや全てが遅すぎた。
気づけば俺の下半身は、透明な何かに覆われている。
傍目からでは決してわかることはないが、下半身だけ地面に埋もれてしまっているかのように、ピクリとも動かすことが出来ない。
まさに、両足の自由を完全に奪われた状態に陥っていた。
「クッ?!」
俺はその透明な何かを打ち破るように、上半身からありったけの拳を打ちつける。
しかし、その透明な膜のようなものには、見た目では決してわからない驚くべき強度が備わっており、
何度全力で拳を叩きつけても、逆にこちらの拳が消耗していくだけだった。
これが何らかの魔法であることは確かな筈だ。
経験から、大抵の魔法に関しては知識もある。だが、こいつはそのどれにも当て嵌まらない。
これが半端な魔法であるならば、いかに初見のものであっても、その場で対応し無力化できる自信もある。
現に今まで、そうして何度も修羅場を乗り越えてきた。
だがこいつは、もはやそういう次元の話ではない。
重さも色も匂いもなく、ただただ圧倒的な強度をもった何かが、相手を絶対的に拘束する魔法だと?
そんな無茶苦茶な魔法など、あってたまるか。
苦し紛れと両脚に、自分が持てる全ての気を集め、動かそうと試みる。
しかし、やはり案の定びくともする気配もない。
そうして俺に残されたのは、無理やり身体を捻じるようにして、遥か後方にいる筈のもう一人のガキの様子を確認することくらいだった。
「っ?!アイツ……」
ガキは、俺が叩きのめして吹き飛ばした場所で、相変わらずべたりと地面に横たわっていた。
遠目からでもその様子は、力が抜けきっており、身体を動かす事など到底できるような状態ではないように見える。
だが。
唯一奴は、その右腕を震わせながら上げ、掌だけをこちらに向けていた。
「野郎…やってくれる」
確固たる証拠は何も無い。
だが、何故かこれがあのガキの仕業であるという確信があった。
自然と俺の中に、焦りの感情が芽生え始める。
そしてそれを自覚していた俺は、冷静さを取り戻すように、改めて状況を整理する。
まずこの状況を省みるに、この魔法には絶対的な拘束力があるのは確かだ。
しかしその反対に、それを利用して攻撃に転化するということは、どうやら出来ないように見える。
何故ならもしそれが出来るならば、俺はとっくに倒されているに違いないからだ。
それを踏まえ、俺に残された選択肢は恐らく一つしかない。
見たところアイツは限界を超えた先にいる。
恐らくこの魔法も長くは持続出来ない筈だ。
であるならば、どんな状況にも対応できるよう、常に気を研ぎ澄ませておくことしか出来ない。
幸い身体自体は殆ど力を使っておらず、全開の状態に近い。
「なんとまあ、情けねぇことだがな」
改めて俺は、そんな独り言を呟く。
…だが、面白ぇ。
こうなったからには、持久戦でもなんでもとことん付き合ってやろうじゃねぇか。
そうやって一人決意を新たにする俺であった。




