均衡
サラのその一言を皮切りに、半人半獣の生物が動き出す。
その四足歩行の獣の脚力で、次の瞬間にはサラとの間合いを詰めていた。
サラより一周り二周りも大きな巨体から、渾身の拳が振り下ろされる。
「あらぁ?意外と早漏なのねぇ」
サラは顔色一つ変えることなく、まるで風に揺られて舞う花びらのように、それをヒラリと回避する。
行き場を失った拳は、地面を抉り取るように深々と突き刺さった。
粉々に砕け散った地面の破片が宙に舞うことで、その途轍もない威力を物語っていた。
「いいわぁ。もっと愉しませてねぇ?」
「……」
勢い余って前にのめり込む格好になった生物は、その反動すら利用するかのように、今度は前脚を軸にし、下半身を無理やり捻るようにして、身体の向きを換えた。
ちょうどサラに背中を向けるような格好になり、獣部分である後ろ脚を、猛烈な勢いで蹴り上げてサラへと襲いかかる。
しかしサラは、それすら軽やかに後退する事で、難なく躱してしまった。
「うふふっ…じゃあ私も」
サラの両手から、鋭利な氷柱が生成される。
その直後、生物との距離を瞬時に縮めたサラは、その二刀を駆使し、圧倒的な手数と共に氷の剣撃の雨を降り注いだ。
しかし一方で、その巨大な体躯からは想像がつかないスピードと柔軟性を持って、その尽くを振り切ってしまう。
そうしてその場から後退しながら回避を行った生物は、一度体勢を整えるように男の側へつけた。
「……」
確かに意味を持った視線を、男へ向ける。
「…そうですね。このままではつまらない」
そう呟いた男は小さく笑みを見せ、今度は少し距離が開いたサラへと向き直し、声を掛ける。
「いやーすみませんね。完全に貴女を甘く見ていたようです。というわけで、こちらもご期待に添えるようにしたいと思うのですが、如何です?」
「良いわよぉ。見たところ、そっちもぜーんぜん本気出してないみたいだしぃ」
「いや、ははは。全く構いませんねぇ。では少々お待ちを」
その男は何を思ったのか、部屋の一部の壁の近くまで歩み寄ると、隠されたボタンに手を掛けた。
開かれた隠し扉の中に入った男は、すぐに身体より倍近くあるであろう槍を抱えて戻ってくる。
「ゼエゼエ…はえー…しんどいです。これ重すぎませんか?」
男がやっとの思いで槍を放り投げると、上半身を司る男性はそれを軽々と受け取った。
「……」
その生物は、槍へとじっと視線を向ける。
すると突然槍を頭の上に構え、轟音をたてながら回転
させ始め、流れるように片腕で構えをとった。
それは愛用している武器を扱うときに魅せる、癖のような動きに近いものだった。
「……」
そうしてその生物は、初めて静かに微笑んだ。
その身から溢れ出るオーラは、研ぎ澄まされた刃のように冴え渡っている。
そこには常人では思わず足が竦んで動けなくなる程の、威圧感が存在していた。
「…あら、素敵」
サラはそれに応えるかのように、うっとりとした表情に拍車をかけ、顔を紅潮させる。
その身体からは、再び冷気が漏れ出していた。
しかしそれは、先程まで部屋全体に吹き荒れていた吹雪とは、もはや別物である。
サラの身体の周囲のその領域はもはや、視界が歪むほどの濃密な冷気の渦と化していた。
そんな場の光景を、まるで観客席から眺める客のように見つめる男は、口の端を釣り上げて嗤う。
「…さて、私も大いに愉しませてもらいましょう」
戦いは、次なる局面へと推移していくのだった。




