クソッタレな事態
男を氷漬けにすることで身動き取れないようにしたサラは、早速と次の扉に手を掛ける。
そうしてサラが扉を開いた先に待ち受けていたのは、今迄の部屋とは比べ物にならない大きさの、だだっ広い真っ白な空間だった。
その広さは、宿り木亭の敷地面積程はあるだろうか。
高さも充分といったように確保されており、2階建ての一軒家の屋根上くらいまではあるように見える。
そんな部屋一面は、天井の至る所にある装置によって、眩いほどの白色に照らされていた。
また壁一面も単一な白の基調で統一されており、視界を遮るものなども一切置かれてはいない。
「…今度は打って変わってなんにもねぇ部屋とはな。全くここはなんつーメチャクチャな造りしてやがるんだ。まったく」
俺はここに来てから何度目になるか分からないボヤキを漏らしながら、中心部に向けてゆっくりと歩き出していた。
途中ざっと辺りを見渡しても、今迄とは違い先に続く扉などは見当たらない。
「チッ、ここで足止めかよ」
せっかくあの男を置いてまで先に進んだというのに、こうも八方塞がりでは元も子もないと舌打ちする俺。
選択肢としてこの部屋を隈なく探すというのもあるものの、とりあえずサラの意見を聞こうと決め、元いた入口の方向へと振り返る。
「んでどうするよ、サラ……ん?」
そこで俺は、すぐに違和感に気がついた。
何故なら俺の視界には、サラと一緒にここにいる筈のない人物まで写っていたからだった。
「ってミラ!?お前いつの間にここにきやがった?!」
「………」
ミラは特に返事をすることもなく、相変わらずの無表情でその場に立ち尽くしている。
「…これはどういうことですか?」
突然この場に現れたミラに対して、流石のサラでさえも驚きの表情を浮かべていた。
「ミラさん。お任せしていたあの方々は?」
「…騎士団に渡した」
「そうですか。では、何故ここに戻ってきたのです?」
ミラはその質問に、唇に軽く指を添えるようにして、少し考える仕草を見せた。
「…なんとなく?」
そんなミラの言葉に、俺とサラは大きく溜息をついてしまう。
「…まあ、今はそれは置いておきましょう。それより、どうやらこの先に続く扉は見当たらないようですね」
「ああ。となると、やっぱりさっきの男か?」
「ふむ。手掛りがない以上、止む得ませんか…」
そんなふうにして暫く悩むような仕草を見せていたサラは、突然ふと何かに気づいたように視線を先の方向に向ける。
俺はそのサラの反応に対して、その時点では全くと言っていいほど事態を飲み込めていなかった。
「……来る」
俺がその異常事態にようやく気づけたのは、そんなミラの呟きとほぼ同時の事だった。
ちょうど入り口と正反対にある向こう壁の一面が、けたたましい轟音と共に、下から上に迫り上がっていく。
そして、その扉の先にはおぞましい何かが、確かにいた。
「……ダあああアアダダスススウウウスス、ゲゲゲケケケェええエエええエエエ、デエエエエぇエエェェ…」
声にならない声が、部屋中に響き渡る。
それは、聴くもの全てに己の苦痛と絶望を伝染させてしまう程の、恐ろしく不快ななにかに違いなかった。
「…ゴオオオオヴォおおおおジイいいいい、ドゥううエエェェええ……」
その姿は、まさに憐れな化物だった。
その化物の上半身を織り成していたのは、人間の身体のように見える。
そしてその残りの下半身は、二足歩行の脆い人間の代わりといったように、桁違いの大きさを誇る四足歩行の獣の体躯になっていた。
「ヴゥウウウウ、ガアあああアアアアア…」
しかし、その化物は扉が開ききったその後も、不思議とこちらに襲いかかってくる様子は無い。
むしろ上半身である人間の身体は、悶え苦しみながら身体を拗らせているように見える。
またその下半身の方も、その場で暴れ回るように地団駄を踏んでいるようだった。
「二人共、早く私の後ろへ!」
そんな中、サラは俺とミラにすぐさま指示を飛ばす。
そうして、すぐにサラの指示に従おうとしたちょうどその時、俺達の直ぐ側を横切る人影があった。
「…ふーむ、やっぱり調整不足ですかねぇ。我ながらかなりいい線いっていた筈なんだけどなぁ」
それは、先程確かにサラが氷漬けにした筈の男だった。
その白衣の男は、一直線に化物の目の前まで辿り着く。
「グウううウヴううう、グヴァアアアああアアアっ!!!」
「困りましたねぇー。…まあ、いいでしょう。少し強引ですが、せっかくの機会ですし。最後の調整といきますか」
「グゥウウヴウウウっ?!………………」
こちらからではその男が何をしたのかまでは到底把握出来なかった。
しかし、あの男が何かをしたことによって、その化物は落ち着きを取り戻してしまったことだけは分かる。
それだけで、俺は事態が悪い方に転がっていく思いがしていた。
「…うん。良い子です。それではお待たせしてしまったあの方々に、改めてご挨拶に参りましょう」
まるで化物を従えるように、こちらへとゆっくりと近づいてくるその男。
その男の顔には、氷漬けにされてもなお浮かべ続けていた、あの嫌な薄ら笑いが顔に貼り付いている。
「…クソッタレ」
こんなクソみたいな状況に、俺は思わずそんな言葉を吐きだしたのだった。




