予感
途中、魔獣などによる妨害もあったものの、ようやく黒幕とおぼしき男に辿り着いた俺とサラ。
そして現在。
サラは首元に鋭利な氷の刃を突き立て、逃げ場はないとばかりにその男を追い詰めていた。
しかし、その男の表情や言葉からは、命の危機に晒されているといった感情がまるで感じられない。
そんな男の様子に、そこはかとない不気味さを感じてしまう俺だった。
「うーん困りました…。それでしたら一度お互い落ち着きまして、面と向かってお話するというのは如何でしょう?
ふむ。貴方達と話をするのは、実に有意義な時間となりそうだ。
…そうです、そうしましょう!実は美味しいスィールを手に入れましてですね。丁度良い機会ができました。いやー良かった良かった」
男は嬉々とした様子を見せ、笑みを浮かべながらそんな場違いの言葉を口走っていた。
するとサラは、男のあまりにも間の抜けた返答にも一切表情を変えることなく、氷の眼差しを男に向けた。
そして今後一切の戯言を赦さないといったように、首元に突きつけていた氷柱をその男の喉元に向けてゆっくりと這わせていく。
「…もう一度だけ、機会を差し上げましょう。二度はありません」
サラの言葉とともに、明らかに辺りの空気の流れが変わる。
もはやサラの身体からは、絶対零度の凍てつく冷気が放出され始めていた。
それは少し離れた位置にある俺でさえも、身体を震わせてしまう程だった。
しかしそんな中でも、その男はそれまでの軽薄な様子を変えることもなく話を続ける。
「ですから!お話を………っ?!」
二度の忠告をも無視した命知らずの男にサラが下したのは、首から下を氷漬けにするという単純明快なものだった。
そしてようやくその男の表情は、今迄見せることのなかった驚きのものに変わる。
「二度はないと、申し上げた筈です」
サラはそれだけ言い残すと、すぐにその男に興味を無くしたかのように、俺に対して声をかけていた。
「さて、この者が本当の黒幕かどうかは知りませんが、すぐに口を割る気は無さそうです。時間も限られてますし、ひとまずはこれで良いでしょう。
…この先にも扉が続いているようです。気を抜かないで先へと進みましょう」
「…お、おう!」
俺はそれに対して咄嗟に返事し、サラの後に続いて駆け出したのだった。
この時の俺は、ここにいるサラがこの世界でも1、2を争うほどの実力者であることを、信じて疑わなかった。
それ程までにこの女の能力は、俺達のものとは規模感がまるで違っていた。
何より圧倒的な力の行使を鮮明にこの目に焼き付けたことで、この先何があっても大丈夫であろうという、絶対的な安心感を俺に生んでいたのだ。
しかし。
同時にこの時の俺は、大きな思い違いをしていたのかもしれない。
『氷の嘲笑』と呼ばれるサラが、戦いの中でその象徴とされる『嘲笑』を浮かべる事はもはや無いという事実。
そして、氷漬けにされた男の側を通る際に、ふと耳に届いた、
「実に、素晴らしい…」
という小さな呟き。
皮肉にも、この後すぐにその本当の意味を知ることになるとは、この時の俺は知る由もなかったのだった。




