母親
男が指し示した場所には、確かに地下に繋がる隠し扉があるようだった。
改めて情報に偽りがないことを確認し、梯子を降りて地下に向かう。
問題なく下に到着した俺達は、さらに奥へと続く通路を進んでいく。
するとあの男の言っていた通り、すぐに開けた空間に出た。
そこには鉄格子が張り巡らされた牢屋がある。
薄暗い中で把握しづらいが、中に人が捕らえられているようだった。
また、牢屋の手前には椅子に腰掛けている男がいる。
よく見れば、その大柄な体つきと厳つい顔立ちには見覚えがあった。
やはりあの時ミントちゃんを攫おうとした奴の片割れに間違いないようだ。
その男は俺達に気づくと、視線だけをこちらに向ける。
しかしその男は侵入者である俺達に、慌てふためく様子など一切見せない。
まるで日常の一コマであるかのように、実に落ち着いて声をかけてくる。
「…客か?それにしては随分と大所帯だな」
先頭にいるサラさんが、呆れ果てたように返答していた。
「そう見えるとしたら、貴方の頭の中はお花畑ですね」
「頭の中がお花畑か。そりゃあ毎日が楽しそうで何よりじゃねぇか?くっくっく…」
男は、何が愉しいのか静かに嗤っている。
そんな中で、牢屋の中に捕らえられている女性達も、この場の異変に気づいたようで、こちらに駆け寄るように近づいてきていた。
その中の一人の女性が、驚いたように声を上げる。
「……まさか、ラルなの?!」
「?!か、母ちゃん!!無事か?!」
ラルはすぐに牢屋に向かって走り出す。
すぐに牢屋の側まで近づいたラルは、
「助けに来たぜ、母ちゃん!へへっ…」
安心して少しホッとしたのか、照れくさそうに笑うラル。
しかしその女性は意外にも、怒ったような表情を浮かべていた。
「なんでこんな危ないとこまで来たの?!」
「お、おい母ちゃん!?こんなとこでまで殴ろうとしないでくれよ?!」
牢屋に捕らえられている残りの女性たちも、二人のやり取りに安堵した表情を浮かべているようだった。
こうして、二人は牢屋越しの再開を果たすことが出来た。
しかし一方で、まだ根本的な解決には至っていないことも事実である。
緩んだ空気を締め直すように、サラさんは男に語りかける。
「てはあそこにいる方々を即刻開放し、降伏しなさい。
素直に従って頂ければ、上にいる哀れな氷漬けの男と共に命は保証しましょう。そうでなければ、分かりますね?」
その男はサラさんの台詞に、大きく溜息をつく。
「降参だ」
意外にも男は両手を上に挙げるようにして、抵抗する意思が無いことを表明していた。
「おや、やけに素直ですね?」
「…俺みたいな中途半端者でも分かっちまうんだよ。お前みたいな化物との絶望的な実力差ってやつをな。生憎と自殺覚悟で任務遂行って柄じゃねぇ。ほらよっ」
そう言った男は、ラルの方へと何かを軽く放り投げた。
咄嗟にそれを受け取ったラルはすぐに意味を理解したようで、牢屋を解錠し始めた。
「これでよしっ。さあ、他の姉ちゃん達も」
中にいたラルのお母さんと他の女性達が、それに頷くようにして外に出てくる。
「この先にある梯子で逃げるんだ。いいな?」
ラルは女性達にそのように指示を飛ばす。
勿論、サラさんもそれに合わせるように口を開いた。
「…ミラさん。じきに部下がここに到着する頃合いです。彼らに彼女たちの引き渡しをお願い出来ますか?」
「……」
ミラはコクリと頷くようにして、それに答える。
そうして、ミラと彼女達は梯子がある方へと早々と移動を始めていた。
しかしそんな時、突然男が口を挟んでくる。
「よう、女。良かったじゃねぇか。俺みたいなクズにはお似合いの終わり方だろ?」
男は椅子に腰掛けた状態で、そう声を上げる。
すると驚いたことに、ラルのお母さんは男に言いたい事があるといった様子で、その男の元へ歩み寄っていった。
「おい母ちゃん?!」
ラルはいかにも心配そうな表情を浮かべている。
そんなラルの心配もよそに、ラルのお母さんは男の正面に立ち塞がっていた。
「…煮るなり焼くなり好きにしろ」
男は小さく呟く。
ラルのお母さんは両腕を抱えるようにし、ゆっくりと口を開いた。
「アンタ、この仕事向いてないわよ」
「……あ?」
男は罵倒を浴びせられたり、何かしらの仕返しをされると予想をしていたのだろう。そうなることは、この場にいた誰しもが予想していた筈だった。
しかし予想に反して、彼女の口から放たれたその言葉は、男に戸惑いの感情を与えていた。
ラルのお母さんはそんな男の様子に、大きく溜息をついた。
「大体、全てにおいてやり方が甘いのよ。私達にはなんだかんだいって手も上げてないし、食事だって提供して。まあ、ある程度打算もあったんでしょうけど」
「………」
男はバツが悪そうに顔を背けてしまう。
「そうね。しっかり罪を償って出所してきたら、私が良い就職先でも斡旋してあげるわ。せいぜいそこで、今までの悪事の分も世の中に貢献することね。じゃあ…」
そこまで普段の世間話のような気軽さで話していたラルのお母さんは、突然座っている男の胸ぐらを掴み、顔を急接近させるようにして正面から見据えた。
「…くだらない理由で死んだりしたら、私が赦さないから。これからはしっかり生きなさい」
男はその心の中を全て見透かされているかのような言葉に、目を大きく見開き、驚きの表情を浮かべる。
「約束よ」
すぐに踵を返すようにして、颯爽とその場を後にするラルのお母さん。
その姿は自分に対して妥協することなく、決して人を見捨てることもないといった、ラルのお母さんの本質が色濃く繁栄されているようで、何より格好良いと感じた俺だった。
「……チッ。これだから女って奴は…」
男は誰に聞かせる訳でもなく、独り言のように小さく呟く。
しかし、その表情は今までのどこか冷めきったものとは違い、感情が籠もっているようにも見えた。
「ラル。お前の母ちゃんて…本当にすげぇ人だな」
「へへっ。なんてったって世界一の母ちゃんだからな」
鼻高々といったように、堂々と答えるラルなのであった。




