氷の嘲笑
現在の時刻は朝5時。
まだ外も薄暗い時間帯である。
店の前には、俺たち宿り木亭のメンバーであるミラ、ラル、少年、俺の4人と、王国の第三騎士団副隊長であるサラさんが勢揃いしていた。
昨夜。
突然のサラさんの来訪で、ようやくラルの母親に繋がる希望を見い出せた俺たち。
最後サラさんのお腹が豪快に鳴るというハプニングもあったが、そこは俺とオッサンが腕を振るうことで、今日に向けての英気を養ってもらった。
何故かミラの分まで作る羽目となったが、それはご愛嬌といったところだ。
「…昨日は、御馳走様でした」
サラさんは今迄のキツイ態度を少し改めてくれたように、俺に話しかける。
普段は冷徹なイメージが強いサラさんであるが、こういう所を見ると、きっとそれは彼女の本質ではないのではないかと感じた。
「では、参りましょう」
サラさんの一言で場の空気感が引き締まる。
とにかく、ここからが本番だった。
〜
出発して特に障害もなく目的地に到着した俺たち一行は、物陰から隠れるようにして現場を伺っていた。
「ここです」
そこは一見すると、他の民家と変わらないボロボロの建物だった。
「…余程この場所に自信があるのでしょう。事前の情報では、中には悪党が少数しかいないとありました。しかし、その情報を鵜呑みにするのはおやめください。ここからは何が起こっても不思議はありません」
それを聴いた俺たちは、一同に頷いて見せる。
サラさんは時刻を確認し、改めて俺たちに声をかけた。
「突入します」
サラさんはそう短く言葉を言い残すと、腰を深く屈めるようにして、その建物へと突入を開始した。
俺たちも遅れをとらぬようにと、物音をたてぬようにすぐにそれに続いていく。
どうやらこの建物は施錠もされていないようで、俺たちはすんなりと屋内へ侵入することが出来た。
入ってすぐの部屋には、男がだらしない格好で横になっている。
目を瞑りイビキをかいている様子をみると、こちらの作戦が奴らに漏れていないということが分かる。
まずは順調といった所だろう。
サラさんは一瞬にしてその男の側に近づくと、ナイフのような短剣を男のこめかみに突き付ける。
その男も異変を察知したようで、咄嗟に声を上げようと抵抗する意志を見せた。
しかし、サラさんはそれすらも事前に分かっていた事かのように、言葉が発せぬよう口を押さえつけていた。
流れるように男の耳元に向けて、囁く。
「…捕らえられている彼女達の居場所と、黒幕を吐きなさい。それ以外の内容を話した際は、即処分します」
サラさんは、まるで死刑判決を下すかのように、仄暗い瞳でそう告げる。
俺の全身を悪寒が駆け巡り、嫌な汗が吹き出す。
それ程に彼女の放つ冷徹なオーラが、その場一帯を支配しているような感覚があった。
「……」
まさに絶体絶命といったその男は、言葉の代わりに首を横に向け、こちらの要望に答える気がないことを態度で示していた。
「…成程。話す気はないということですか。それではその口、二度と開かないようにして差し上げましょう」
サラさんは、男の口を塞いでいた手をそっと離し、そのまま人差し指を口元に近づけていく。
するとその指で、男の口の端からゆっくりとなぞりだした。
「……っ?!な、何だ?!辞めむむむんむ!?」
男の口元は、サラさんがなぞるように動かす指と同時に、嘘のように凍りついていく。
まるで口にチャックをされている状態に陥ったその男は、恐怖と混乱で声にならない声を上げていた。
「んんん??!んむんんんんん!!」
「…ふふふっ…なんと情けない姿…。ふふふっ…はははっ…」
サラさんはそんな男の姿に、実に愉しそうに嘲笑っていた。
サラさんのそんな姿に、改めて昨日ミントちゃんが言っていた言葉を思い返す。
「…ずっと頭に引っ掛かっていましたが、やっと思い出せました。
あの方は王国でも屈指の使い手と名高い、
『氷の嘲笑』サラ=エドゥアール。
彼女が唯一嗤う姿を見せるのは、相手を貶めて愉悦に浸る時のみ。
…そんな噂を聴いたことがあります」
まさにその異名に恥じない姿に、ここにいる皆は誰一人として言葉を発することができなかった。
「……ふふっ。では、このまま永遠に口を閉ざして差し上げても良いのですが、もう一度だけ問いましょう。先程私が申し上げた質問に答える気はありませんか?」
男は顔を上げ下げし、必死にサラさんに命乞いをしていた。
サラさんはそれに返事するかのように、再び男の口の端に人差し指を当て、チャックを開けるようにゆっくりと動かす。
「ぷっ?!…ぶはぁ!!……はあはあ……」
余程息が苦しかったのだろう、その男は肩で息をして呼吸を乱している。
「では、改めてお尋ねします。先程の私の質問のみ答えてください。…余計な事をされるようでしたら、今度は容赦しません」
サラさんの目が細まり、怪しく光を帯びる。
すると、その男はようやく諦めたようにゆっくりと口を開いた。
「…そこに下に続く隠し通路がある。下に降りて道なりに行きゃあ、すぐに兄貴と女共がいる場所に辿り着くはずだ。俺はそれ以外のこと詳しくは知らされてねぇんだよ。信じてくれ…」
男は身体から力が抜けきっており、地面にへたり込んでいる。
その姿は抵抗する気を完全に失っているように見えた。
「…良いでしょう。では」
サラさんはそう言うと、今度は男に対して手をかざしていた。
「な、なんだ?!ちゃんと喋ったじゃねーか?!や、辞めてくれ!!」
男は動揺して再び取り乱す様子を見せていた。
必要な情報を吐いてしまったせいで、用済みになった自分を処分されると考えていたのだろう。
しかし次の瞬間。
実際に起こったことといえば、男の頭から下の身体を全て包むように、一瞬にして分厚い氷が現れた。
「………っ?!」
その場にいる誰しもが目を疑う景色に、その男も状況を理解できないといった表情を浮かべる。
しかし、それを行ったサラさん本人は全く動じることもなく、男に告げていた。
「せいぜいそこで極寒に耐えながら、気長に待っていて下さい。貴方が耐えられなくなるのが先か、助けられるのが先か…ふふふっ…実に愉快ですね…」
サラさんは嘲笑いながらそう告げると、すぐに男に興味を無くしたように俺達の方に向き直した。
「申し訳ありません。貴重な時間を浪費してしまいました。それでは、下に参りましょう」
俺たちは、頷くようにしてそれに応えていた。
「…兄貴、すまねぇ…」
首から上だけ自由が利く状況のその男は、力なく小さく呟く。
俺はその男に見覚えがあった事を口に出さず伏せておいた。
それは、今そのことを話題に上げても、大切な時間を無駄に費やしてしまう気がしたからだった。
ラルも恐らく同様であるのだろう。
とにかく今は、ラルの母親を助ける事が最優先事項であることに違いなかった。




