悪党と女
外はとうに日も暮れる時間を迎えていた。
しかし、陽の光が届かない地下に広くがるこの場所においては、外の時間の流れを知るすべはない。
よってここに長時間監禁されていると、自然と昼も夜もない感覚に陥ることになる。
また満足に食事も与えられない環境や、排泄の時間さえも他人と共有しなくてはならない点など、精神的負担は相当なものとなっていく。
すると、次第にどんな気の強い女であっても、内にある本性を曝け出すようになるものだ。
奥でこちらを睨みつけている女も、きっと時間の問題だろう。
そう結論づけた俺は、その女に向けていた視線をゴーツに戻し、飯を出すように合図を送った。
ゴーツはそれを理解し、頷くようにして女達に向かう。
「お前ら、飯の時間だぞ」
ゴーツは張り巡らされている鉄柱の下方にある、開扉から飯を差し出す。
それにいち早くといったばかりに擦り寄ってきた女二人は、
「…わ、私の!」
「いえ、私のよ!」
先程までの衰弱した姿がまるで嘘だったかのように、飯の奪い合いを始めていた。
ここではさして珍しくもないその光景に、うんざりと溜息を漏らしていると、突如として凛とした声が響いた。
「貴女達、落ち着いて。そんな姿をこんな奴らの前で晒すのは勿体ないわ。二人で半分に分け合えばいいのよ」
奥にいた女は立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。
すると争いあっていた二人の女の肩に軽く手を置き、食事を二人分に分け始めた。
「ね?これなら問題ないでしょう。もう大丈夫」
「……」
二人の女は、啞然とした表情を浮かべている。
暫く時間が経った後、ふと我を取り戻したかのようにお互いに声をかけていた。
「ごめんなさい…。私、自分の事で精一杯で…」
「ううん、私こそ…」
大した女だ。
これだけの極限状態で、他人の事を気遣えるってわけか。
その女はひとまず一安心といった表情を浮かべた後に、すぐさま切り替えるように俺達を睨みつけていた。
「で、アンタ達は私達をどうするつもりなの?」
「…どうするってのは?」
「惚けないで。早くここから出しなさい」
女は強い意志を宿した瞳で、真っ直ぐにこちらを見据えている。この女が本当の意味で、芯の強さを兼ね備えている事が伺えた。
「そうはいかねぇことはお前もさすがに分かるだろ?それよりだ。お前、飯食わなくて良いのか」
女二人は分け合った飯を食べるのに夢中の様子だ。これでは、この女の分はすぐに無くなってしまうだろう。
「アンタ達みたいのに恵まれた食事なんて、御免だわ」
「てめぇ女!なんて口聞きやがるんだ、ああん?!ぶっ殺されてーのか??!」
ゴーツが女の言葉に激昂する。
しかし、女はそんなゴーツの威圧に対しても、表情を変えることもなかった。
「ゴーツ、少し黙れ」
俺の少し威圧を込めたその一言で、ゴーツはそれまでの威勢を萎ませるようして、応える。
「…す、すいやせん」
俺は改めて女に向けて視線を送る。
「…おい女」
「な、なによ」
「これは命令だ。お前も飯を食え」
「嫌だと言っているでしょう?冗談じゃないわ」
そんな女の言動を無視するかのように、ゴーツに向けて声をかける。
「ゴーツ。コイツの分の飯を持ってこい」
「はい」
ゴーツは俺の命令に黙って従うように、上に向かう。
俺はその場で膝を折り、その女と正面から視線を合わせた。
「…なによ?」
これだけ威圧をかけているにも関わらず、その女はこちらから視線を外すこともなく、依然として俺と真っ向から向き合っていた。
しかし、その身は小刻みに震えている。
相当無理をしているのだろう。
「…心配するな。お前は俺たちにとって大事な商品だ。傷モノにする気はねぇよ。むしろ、このまま食べずに痩せ細ってもらっちゃあ、こっちが困る。考え方によっちゃ、お前にとっても悪い話じゃねぇだろう?」
「何度も言わせないで。冗談じゃないわ」
…まったく、コイツは。
とんだ上玉ときたもんだ。
だが、俺は悪党だ。
こいつには個人的に思うところはないが、やることはやらねばならない。
「お前、ガキがいるな?」
女は俺の発言に一際目を大きく見開き、身体を震わせた。やはりといったように、その動揺を見逃すはずがなかった。
「…いないわ」
「そうか。なら、それでいい。じゃあお前とは関係がない、そのガキの話をしようか。そのガキは何故かお前の住んでいた家を出入りしていてな。当然、俺たちはそいつの居所も行き先も把握できている。つまり、お前の出方次第でどうとでもできるっつーわけだな」
「………」
女は俺の挑発にも奥歯を強く噛みしめるようにして、耐えているようだった。
「…まあさっきも言ったが、悪いようにはしねぇから安心しろよ?そのお前に関係ないガキも、お前が何処かで生きているって方が、きっと救われる。人間、死んじまったら終わりだからな」
女は俺の発言を黙って聴き入っていた。
すると、ちょうど先程飯を取りに行かせたゴーツが、上から戻ってきたようだった。
「…ゴーツ。わりぃな」
「いえ、大丈夫っす」
ゴーツは持ってきた飯と水を鉄柱の下から差し出すと、その女は他の二人の女に声をかける。
「私は半分でいいから、残りは貴女達で分け合って。いい?」
「で、でもそれじゃ貴女は…」
「そうよ。私達さっき貰ったもの。貴女も食べなくては駄目よ」
女二人は、先程とはまるで人が変わったかのような柔らかい表情を浮かべていた。
「…有難う。そうさせてもらうわね」
その女は、二人の申し出を快く受け入れたのだった。




