嵐の前の静けさ
俺はラルが気を失ってからの経緯と、アインから聞いたミントちゃん誘拐未遂の話の顛末、そして『女攫い』の事件についてを、ざっと皆に説明していた。
「…あの騎士には恩が出来ちまったな」
俺の話を黙って聴き終えたラルが、困ったように苦笑いを浮かべる。
「先生」
「…なんでしょう?」
「俺、正直このままじっとしていられない。たった一人の大切な母ちゃんなんだ…」
先生はラルのその言葉に、こちらも困ったように苦笑いを浮かべた。
「そう言うと思ってましたよ。まあ、事情が事情ですし、仕方ありません。
…ただし、条件があります。今からというのは絶対に許可出来ません。今夜はしっかり食べて寝て、体力を回復させて下さいね?」
「ありがとう先生。そうするよ」
ひとまず、ホッとするその場にいる一同。
しかしそんな中でも、俺はラルにどうしても言っておかなければならない事があった。
それを伝えようと口を開く。
「ラル。お願いがあるんだが」
「……」
俺の真剣な表情でラルは何かを察したのか、こちらに視線を向ける。
「頼む。俺も明日、一緒に同行させてくれないか?今回の事はどうしても他人事で済ませられない。というか、もしかしたらあの時のリベンジの機会があるかもしれんしな。今こそ特訓の成果を見せてやるさ」
「ソラ兄ちゃん…」
ラルは俺のそんな不器用な言葉を聞き入れてくれているようだった。
「…私も」
すかさずといったように、ミラも俺の言葉に続いてくれる。
「ミラ姉ちゃんも…。本当にありがとう」
正直、これはかなり有り難い申し出だった。
ミラは俺達にとって魔法の先生である為、戦力としては申し分ないだろう。
敵陣に乗り込む可能性も考えると、こちらから同行をお願いしようかとも考えていたところだ。
後でミラには、感謝の気持ちとしてたんまりと好物をご馳走することにしよう。
そして、順番とばかりに少年に、自然と皆の視線が集まっていた。
そんな皆の視線を受け、少年は眉間にシワを寄せて口を開く。
「…けっ。まったく仲良しこよしってやつか?くだらねぇ。
おい、ラル。お前あそこに暮らしている時点で、こうなる可能性が常にあったことは理解していたか?あの場所がそういう場所ってことは、重々分かっていた事だろう。そんな不条理は、当然のように至る所で起きている」
少年はラルを正面に見据えていた。
その表情は至って真剣そのものである。
ラルはそんな少年に対して、
「ああ。その通りだ。全て俺の責任だと思う。だから本当は、自分一人で全ての片をつけたい気持ちが強くあるんだろうな。…そのくせ、実際は皆に頼ってばかりのくせにな。情けない奴だろ?ははは…」
力なく笑顔を見せるラル。
そんな痛々しい姿に、思わずといったようにミントちゃんが声をかけていた。
「それは違うよ、ラル君。責任を一人で全て抱え込むものではないよ。…ラル君のお母さんの気持ちも考えてあげて?
とにかく、今は休むことを第一に考えなきゃだめ。無理矢理にでも寝るんだよ?」
ミントちゃんはラルを気遣う様子を見せながらも、その瞳には動揺の色を隠せていなかった。
余程ラルの事を心配しているのだろう。
少年が再び話を続ける。
「…てめえら、これがあまりにも危険の伴う事だってのを、本当に理解してんのか?ミラに教えて貰ったとはいえ、俺達は魔法も覚えたてのヒヨッコだぜ。
…ちっ、行きたいのなら勝手に行っちまえ」
少年はそう言って、顔を背けてしまった。
ラルはそんな少年に申し訳なさそうに応える。
「…すまねぇな。こればっかりは譲れないんだ。店には迷惑かけるが、必ず借りは返す。お前は二人の分も、この店を支えてくれると俺も助かるよ」
「ケッ。好き勝手言いやがって。俺はもう寝るぜ。明日も早いしな」
少年はそれだけ言うと、そのまま退出しようと扉を開いた。
「…お、おい」
思わずそれを呼び止めようとした俺だったが、言いかけたところでミントちゃんが俺の肩を掴み制止する。
すぐに視線を向けると、ミントちゃんは言葉を発さずに首を横に振っていた。
…ミントちゃんには、本当に敵わない。
頭に血が上った俺は、その事で冷静さを取り戻すことができたのだった。




