騎士
先程の俺のやり過ぎた失言の結果、アインは散々笑い終えた後に、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「…ふう。いやー笑ったぜー。とまあ、大分スッキリした事だし、ここらでホントに邪魔するぜ?」
「さっさと消えちまえ」
俺は自分史上最高に不機嫌な表情を浮かべた上、仕返しとばかりにシッシッと追い払うような仕草を見せていた。
「ははっ。じゃあな」
そうして、今度こそといったようにアインは別れの挨拶を口にし、店の扉が開かれる。
しかし、扉を開けたその先に、何故か呆然と立ち尽くしている人物がいた。
そんな姿に見覚えがあった俺は、思わず声を掛けていた。
「……ラル?」
そこには、いつもと明らかに違う雰囲気を纏うラルの姿があった。
ラルはその場で顔を俯けたまま、何も言葉を発する素振りをみせない。
その姿は普段元気一杯で店に押しかけてくる少年と、とても同一人物とは思えなかった。
暫くした後、ラルはようやくといったように、ポツポツと俺たちに語りかけてくる。
「母ちゃんが……何処にもいないんだ……。
俺、このへん全部捜し回ったんだけど、どうしても見つからなくて……」
ラルは顔を俯けたまま、身体を小刻みに震わせている。
まるでその事態を引き起こってしまった悔しさに、自分自身を許すことが出来ないといったようだった。
その証拠に、ラルが強く握りしめた右手からは、ポタポタと血が滴り落ちてしまっていた。
俺はそんなラルの深刻な様子に、かける言葉を失ってしまう。
事の重大さを鑑みるに、大事なのはどうしたらこいつの力になれるのかという事だ。
だというのに、さっきからどれだけ頭を使っても、全くと言っていい程上手い策が浮かんでこない。
そんな己の無力さに、吐き気がする思いがしていた。
そんな時、意外な人物がラルに対して口を開く。
「…少年。初対面でいきなり悪いが、聴かせてもらいたい事がある」
アインは両腕を組むようにして、真剣な表情を浮かべている。
「……」
返答する様子もなく、口をつぐんでしまっているラル。
それをよそ目に、アインは話を続ける。
「お前の母親がいないと分かったのはいつだ?」
「……昨日の晩だ」
「それで、お前はどうした?」
「っ!?すぐに探しにいったに決まってんだろ?!オマエは一体なにが聞きたいってんだよ!!」
ラルはアインの真意を測りかねる質問に、憤る感情を抑えられないといったような様子を見せていた。
そんなラルの取り乱した様子にも、至って冷静な姿勢を崩さないアインは、溜息をつく。
「…まあその様子じゃ、昨日から今の今まで一人で探し回ってたってところか。
はっきり言うぞ。夜に宛もなく一人で探し回るなんざ、馬鹿のすることだ。
そんな行為はただ効率も悪けりゃ、自分の気を紛らわす自己満足にしかすぎない」
「てめぇ…。言わせておけばこの野郎!」
ラルは次の瞬間、怒りのあまり腕を振り上げアインに殴り掛かった。
確かに俺にはそう見えた筈だった。
しかし、その後俺が目にしたのは、アインの手がラルの頭にポンと置かれる光景だった。
「…まあ、落ち着け。話を最後まで聴けよ。結果的にお前が今やっている『人に頼る』って選択肢はな、お前のようなガキにしたら及第点ってとこだ」
アインは先程までの真剣な表情から、顔の表情を少し緩めていた。
「しいて言うなら、お前の母親がいないと分かった時点で、その選択肢を取れたらもっと良かった。とにかく、お前は十分良くやったよ。後は俺に任せろ」
「………」
ラルは、最後までアインの言葉に口を出さず、聴き入っているようだった。
しかし、依然としてラルは顔を俯けたままである。
その姿は、頭では理解できていても、心では到底納得が出来ないといった、そんなラルの中の葛藤を酷く表しているようにも見えた。
アインはそんなラルの様子に、軽く頭を掻くように顔を背ける。
「…ったく、本当は堅苦しいからやりたくはないんだが、しょうがねえ。よく見とけよ?」
そう言葉にしたアインは突然、片膝を地面につけ、その場に跪く。
そして、そっと手を胸に添えるようにし、ラルを下から正面に見据えた。
「…我、栄光あるカッシフォードの名に懸けて、必ずしやこの忌まわしき事件を早期に解決に導くことを、ここに誓う」
場の空気感が、突如として一変する。
この場にいる誰しもが、言葉を忘れ、その騎士の姿に目を奪われていた。
果たして、このように敢えて振る舞うアインの瞳の奥に写るのは、これまで幾多の責任と役割を果たしてきた、自信の表れなのであろうか。
それとも、こうやって自分を追い込みながらも、ラルに対して最大の敬意と責任を負おうとする、彼の不器用な照れ隠しなのだろうか。
そんなものはきっと、後者に違いないのだろう。
俺は嫌ほどそれを知っている。
こいつはそういうヤツだ。
「…っと」
アインは跪いた態勢から一瞬で立ち上がり、元の気の抜けた表情に戻ってしまっていた。
そんなアインの様子を、最後まで固唾を呑んで見守っていたラルは、それまで俯いていた顔を上げ、呆然とした表情を浮かべている。
「あんたは…一体何者なんだ……?」
「ん、俺か?そうだな。この国のしがない一介の騎士ってとこさ」
「…騎士?あんた、騎士なのか。…そうか、それなら…」
もはやラルは、先程までアインに向けていた敵意ある感情を捨て去っている。
そしてそこには、自分の恥も外聞も全て捨て去ってでも、大事な人を守りたいという、強い決意があった。
「頼む。俺の母ちゃんをどうか……助けて……くれ……」
「任せろ」
ラルはそのまま意識を失ってしまったのだった。




