予期せぬ来訪者
「…まあ、そう簡単にはいかないよなぁ」
やはり魔法というものは、そう簡単に上達するようなものではない。
まあ、この1ヶ月たらずで分かっていた事ではあったが、今回の事で少なからずショックを受けていた。
しかし、切り替えの速さに定評がある俺である。
長い目でみてやっていこうと気持ちを切り替えるようにして、相変わらず午後の休憩時間を魔法の特訓に当てていた。
そんな午後のひとときの事。
カランカランと心地良い音と共に、新たなるお客様の来店をチャイムが告げる。
それとほぼ同時に、この店の接客係であるタキシード姿の少年が、俺に話しかけてきていた。
「おいソラ。てめえに客だぜ?」
こうやって少年が俺に話しかけてくる時は決まって、仏頂面が板についていた。
いつも客に振り撒いているあの笑顔は、いったい何処に行ってしまったのかと問い正したい。
しかしそんな考えも、店に現れたその人物を前にして、一瞬にしてどこかに吹き飛んでしまっていた。
「ア、アイン?!」
「おー、久しいな。その様子じゃ元気にやってるみたいじゃないか。結構結構」
そう言ったアインは、一瞬にして距離を詰めて近寄って来たようで、気づけば俺の肩をポンポンと叩きながら笑顔を浮かべていた。
いや、いちいち驚かすでないよ。
そう簡単に人間が消えるくらいのスピードで動けてたまるものかと、やはり向こうの世界の常識を当て嵌めて考えてしまう俺だった。
「とまあ、感動の再会はこれくらいにして、ちょっと野暮用があってな。ラザルのオッサンは奥にいるか?」
アインは久々の再会を喜ぶのもほどほどに、早速本題に入っていた。
こいつが余計な話も挟まないとは、今回はそれだけ急用ということなのかもしれない。
「ああ、オッサンなら厨房でくつろいでいるんじゃないか」
「そっか、ありがとよ。ちょっと中に邪魔するぜ」
そう言ったアインは、すぐに店の奥の方に消えていった。
「……」
これは絶対に何かあるに違いない。
興味本位全開の俺は、休憩時間をフロアで過ごすことを取り辞め、その話を聞く気満々になっていたのだった。
〜
「よう、オッサン。久しいな」
いつものように厨房の椅子に座った状態で、この国の日刊情報誌(新聞)を読んでいたオッサンは、その声の主に覚えがあるようだった。
「…あ?誰かと思えば疫病神じゃねえか。せっかく来てくれたところ悪いが、さっさと出ていきやがれ」
「おいおい、来た早々でそりゃねーだろ」
アインは、両手を仕方なく上げるようにして、やれやれと溜息をつく。
しかし、いちいちリアクションがサマになるイケメンである。
正直少し羨ましく思っているのは内緒だ。
「生憎てめえがウチにくる時は、決まって厄介事を持ち込んでくる事ばかりだからな」
「言ってくれるぜ。まあ、あながち間違っちゃいねー所が、苦しいとこだな」
ここまでの二人は、まるで長年続くお決まりのやり取りをしているかのように見える。
もしかすると、随分と付き合いが長い間柄なのだろうか。
「で、今回は何事だ?」
オッサンはそれまでの空気感をガラリと変えるかのように、真剣な表情で話を切り出していた。
「実はな…」
ここ、カッシフォード王国には絶対的な身分制度が存在している。
その中でも王国で権力者と言われる類の人物は、大抵が王国に由来のある貴族でその半数を占めていた。
その貴族の中には有能な人物も確かにいたが、その反対に世襲により権力に縋っているだけの人物も、少なからず存在しているのが実情だった。
そういった中で、当然のように貴族以外にも、政治、経済、学問など様々な分野で力を持つものが存在している。
実質的にこの国を成り立たせているものといえば、そういった者達の力に依る所が大きい。
そんな身分制度が顕著に存在するこの王国には、トリニータという特に貧困層が集まる地域がある。
ここは、国に内包されているにも関わらず、統治を一切受けていないという唯一無二の場所だ。
その意味でもまさに、あらゆる権力者の犯罪の温床となっていた。
勿論、王国にもそういった問題を解決するべく勢力が一部存在している。
ここにいるアインも、まさにその一人である訳だが、王国の第三騎士団隊長としての立場もあり、表向きには大きく動くことは出来ない。
現状では、この地域を支援している団体と共に、裏で暗躍してここの治安に一役買う程度に留まっていたのだった。
「ここ最近、トリニータで『女攫い』が横行してるのは知っているか?」
「……」
アインの本題は、まさにこれだった。
そんな衝撃的な話の内容とは裏腹に、オッサンは顔色一つ変えずアインの話に耳を傾けている。
「…こっちでも色々と探ってはいるんだがな。奴等、裏でロクでもない大物と繋がってるらしく、なかなか手を出せずにいる」
アインは、ウンザリといった表情を浮かべている。
恐らく、今回の事は決して初めてではなく、こんな事が至るところで大なり小なり度々と起こっているのだろう。
「知ってると思うが、国としても公に事を荒立てる訳にはいかない。だからまあ、俺等みたいな独立部隊に白羽の矢が立っているわけだ。恥ずかしながらそれでも、制約が多すぎてなかなか動けていないのが正直な所だ」
そこまで聴いた所で、オッサンはようやくと重い口を開く。
「…前置きは分かった。それでおめえは結局の所、俺に何を聴きてえんだ?」
アインは片方の口の端を釣り上げ、ニヤリとさせる。
「相変わらず話が早くて助かるぜ。まあ、要するにだ。最近起きた事件や噂なんかがあったら、教えてくれってとこだな」
「ふむ…。となりゃあきっと、あの事が関係していそうだな…。おいソラ。てめえ当事者なわけだし、話してみろ」
「は、はい」
突然話が降ってかかってきた事に、動揺を覚えてしまう。
このような深刻な話の中で、一人だけまるで空気のようだった俺は、場違い感が丸出しであることを自覚していた。
このままただの野次馬で終わってしまうところを、オッサンがくれた最後のチャンスとばかりに片手をビシッと挙げてみる。
「はい、先生」
「ソラ君どうぞ」
俺はコホンと一息つくようにして、事の経緯を説明する。
「…実は今から1ヶ月ほど前に、おやっさんの娘のミントちゃんが攫われそうになった状況に出くわしている。
その時に居合わせた野郎は二人組で、片方は背の低い細身でキツネ顔、もう片方は店長程ではない恰幅の良い大柄な高身長で、顔も厳つい男だった。
二人揃って上下が同じ黒の服装だったから、やたらと目立っていたのも覚えているな。
あっ。そういや奴等ときたら、ドラ○もんのジャイ○ンとス○夫みたいなコンビだったな。世も末とはこの事だぜ…。
…っごほん、なんでもない。今のはお願いだから忘れてくれ」
俺とした事が、心の中の台詞まで洗いざらい披露してしまっていた。
その証拠に二人は顔を見合わせ、こいつ大丈夫か?といった表情をしている。
あまりの恥ずかしさに顔から火の魔法が出そうな俺だった。




