日々これ精進なり
ミラ先生の魔法教室が開講され、一ヶ月が過ぎた。
「………」
厨房で鍋を片手に抱えた俺は、目を閉じて必要な準備を整える。
頭の中で一連の流れを思い描く。
より正確に。より早く。
「……っ」
カチリと全てが噛み合ったタイミングを見定め、目を開くのと同時に手をかざす。
するとその瞬間、手をかざした先にロウソク程の大きさの火の塊が出現する。
「よし。次は…」
ここからはさらに難易度が上がる。
意識して、集中力を研ぎ澄ましていく。
これだけ騒がしい音に溢れている厨房において、無音の空間にいるような錯覚に陥っていた。
暫く時間が経過した後、出現した火の塊はゆっくりユラユラ揺れながら、目的地まで誘われるように動き出す。
よし、ここまでは順調。
この調子で着火させるまで集中力を途切れさせないことが重要だ。
しかしその直後、突然怒号のような叫び声が厨房に響き渡った。
「おいソラこの野郎!このクソ忙しい時にボーッとしやがって!!また厨房クビにされてえのか?!」
「っ?!」
オッサンに怒られるという可能性を完全に見落としてしまっていた俺は、驚きのあまり急転直下で現実へと回帰する。
その影響で制御を失った『火』魔法は、足元へと真っ逆さまに落下していった。
「……くっ、間に合えっ!」
『火』が地面についてしまうスレスレのタイミングで、咄嗟に手のひらを差し出す。
間一髪というタイミングで『火』魔法は、俺の手の中に収まって鎮火する。
「…ふう……危なすぎる……」
ひとまず一安心といった心持ちで、ヘナヘナと力が抜けてしまいその場に崩れ落ちる。
しかし、そんな俺に怒りのオーラに満ち溢れたオッサンが鬼の形相で待ち構えていた。
「どうやらおまえには、まだまだ俺の恐ろしさが伝わってねえようだな?」
「そ、そんな何をおっしゃりますことやら!充分に伝わっておりますとも!ははは…」
「ごちゃごちゃうるせえ」
「いだっ」
オッサンのゲンコツが脳天直撃する。
その後といえば、また厨房をクビにされることだけは避けたい気持ちの一心で、謝罪を繰り返す俺であった。
~
「しかし、なんとかなって本当に良かった…」
お昼すぎに休憩を取ろうと宿り木亭のフロアに出てきてくつろいでいた俺は、自分の利き腕の右手のひらが火傷一つしていない事を確認しながら、そんなことを呟いていた。
というのも、先ほど咄嗟に『火』魔法をどうにかしようと行った事が、結果的に功を奏したことである。
あの時、俺の頭の中に浮かんだ方法は実に単純だった。
要するに『水』魔法で相殺してやればいいのではないか、ということだ。
しかし事はそんなに単純ではない。
なにせ魔法にはコンセントレーションが必要不可欠であり、俺といえば一ヶ月かかってもその要領を上手く得ることが出来ていなかった。
まあミラに言わせれば才能がないに等しいらしいので、地道にやるしかないに違いないわけなのだが。
そんなわけで、魔法の錬成には必然的に時間を要するわけである。
しかしあの時は不思議と、自分でも驚くほど無意識下で発動を行えた。
うーん…。火事場の馬鹿力みたいなもんなのか?
そう考え、試しにもう一度『水』魔法を発動してみることにする。
「……」
先程のように無意識下で瞬間的に行えるよう意識する。
…結果俺の右手のひらに、目薬1滴程の水が生成されていた。
うん。後でミラ先生に質問することにしよう。
そうしないと今度は、魔法ではなく俺の涙で両手が濡れてしまいそうだった。




