ピクニック
そんな売上も快調な宿り木亭に、個人的にはかなり喜ばしい変化もあった。
なんと、年中無休で営業を続けていたこの店に、休みの制度が設けられたのだ。
その制度を発案してくれた人物といえば、何を隠そうこの宿り木亭の経営責任者こと、ミントちゃんその人だった。
「店長。ここまでお話してきた通り、この宿り木亭の今後のより一層の発展には、この制度は欠かすことのできないものなのです。そもそも…」
「分かった認める。だから、もうそのへんにしてくれ。頭が痛くなる…」
例の一件でそうとう懲りてしまったのか、オッサンは娘のミントちゃんに反論することを基本的に諦めたらしく、早々にこの制度が適用されることとなった。
ちなみに休みといっても営業自体は続けているわけで、その日に関してはオッサンとミントちゃんで店を回してくれるということらしい。
そういった万事抜かりないところも、実にミントちゃんらしいと思った次第だ。
流石に二人の体調を心配する声が上がったのも事実だったが、オッサンいわく、忙しくしていた方がよっぽど身体に良いとのこと。
またミントちゃんの方も、久々に従業員として働いて、この店の今後の課題、やり方についてを改めて考えたいそうで、その意味でも丁度良いとのことだった。
まったく、普段も一緒に働いている筈なのにと、頭が上がらない思いがする。
まあそもそも、俺たちがここに押しかけてくるまでは二人きりで店を回していたわけだから、なんとかなる算段ってところだろうか。
そんなわけで、晴れて初の休日を翌日に控えた、前日の夜。
日課となった次の日の仕込みを早々に終え、部屋でくつろぎながら明日の休みの過ごし方を考えていた。
この世界の情報収集や、アインの奴に借金を返済する事など、やりたいことを漠然と思い浮かべていると、ふと部屋の隅から聴こえる物音に気がついた。
コンコン
なぜだろう、最近同じ事があったような気がしてならない。
うん、デジャヴかな?
その時と同じとばかりに、ちょうど音がしている窓のような木枠に近づき、ゆっくりと開げてみる。
すると、やはりと言っていいのか、途中で何かにぶつかってしまった。
「あいたっ」
「……ミラ?」
「……人違いです」
「嘘つけ」
これにはもはや、狙ってやっているんじゃないかと疑う俺であった。
~
「明日、出かける」
寒空の下、やっとの思いで屋根上にたどり着いてすぐに、ミラはそんな提案をしてきた。
正直、これにはかなりの驚きを覚える。
何せ、仕事以外で口を開くことといえば、大抵は『お腹すいた』関連であることが多いミラだ。
自分からこんなことを言い出すという事は、なにか重要な用件であるのかもしれないと、少し身構えてしまう。
「おう、そうか。んでどこいくんだ?」
「お散歩」
これは予想外にポップなワードが出てきたもんだとさらに驚きつつも、ミラはその後も短く言葉を重ねた。
「みんなで」
「へ?」
ーー
翌日。
俺たち少年少女探検隊の一行は、俺とミラが以前訪れた教会を目指して、森の中を進軍している真っ最中だった。
「よっしゃあ!皆のもの、俺に続けー!」
「おい、調子乗ってんじゃねーぞラル。ほら、足元見て歩きやがれ」
「……」
個性溢れるメンバーの面々は、各々が平常より五割増しほどの高いテンションを保持して、お散歩をしている真っ最中だ。
ミラも言葉には出さないが、楽しげといった表情をしている。
もちろんその顔といえば無表情であり、表情には一切反映されてはいないのだが、そこはこのミラマスターの心眼を舐めてもらっては困る。
しかし、この楽しい楽しい御一行の中にあって、一人だけ明らかに疲労困憊の人物がいた。
「ソラ兄ちゃん。なんかめちゃくちゃしんどそうだけど、大丈夫か?俺も荷物持とうか?」
「ケッ、ほっとけ。ソラの奴には天の裁きでも下ったんだろうぜ。荷物は引き続き奴一人に持たせとけ」
「は?天の裁き?なんのことだよ?」
「俺が知るかよ」
「…」
しかし俺はそんな二人の会話を聴きながらも、返答できる気力を持ち合わせていなかった。
では、何故俺がこんな状態に陥っているのか。
昨夜。
ミラは突然皆で出かけると宣言した。
しかし、その後も話を進めていく過程で、その計画には絶望的に下準備が足りていないことに気がついた。
まずそもそもの話、ラルと少年は昨日の夜の時点で、このイベントの存在を知らなかった。
その上さらに、俺には明日必要になるリストというものを渡され、そこには何に必要かもわからない道具たちや、大量の食料を用意しておく事が明記されていた。
…そこからは地獄を見たとだけ言っておこう。
とにかく、そんな下準備を夜なべして行っていた結果、ほぼ不眠不休でこの楽しいイベントに臨んでいるということだ。
ようするにもう自棄っぱちを通り越して、無になるしかなかったのである。
~
道中大きな問題に直面することもなく、無事に目的地まで到着することができた俺たちは、教会のある広場まで辿り着いていた。
「よっしゃあ!ようやく着いたぜー!」
「ここか。…ゲッ、なんだか気味の悪い建物が建ってやがる」
「……」
各々が目的地に到着した事で感想を漏らしている中、いまだに喜びの感情とは無縁といった者が1人いた。
そう、言わずもがな俺である。
しかし、おかしいと思わないだろうか?
ついに地獄の行進曲から解放されたはずであり、それはもう喜びを爆発させてもおかしくはない状況のはずだ。
どうか安心してほしい。その理由はきっとすぐにわかる。
ぎゅるるるるるるる………
「お腹減った…」
「うん、ですよね」
俺はもはや、ミラの腹減りタイマーが正しく機能していることに逆に安心するレベルに至っていた。
また、背中に抱えている大量の食材を調理するのは、宿り木亭のコックである俺以外にはあり得ないわけであり、しからば、この事態はとっくに想定済みなのであった。




