青年との出会い
意識が戻った時に最初に目に入ってきたのは、分厚い鉄格子と、現代ではとてもお目にかかれそうもない、身体の一部を甲冑で固めた兵士だった。
これまでの全てが実は夢であり、現実に戻っている事もあるかと期待をしていたが、どうやらそんな都合のいい事はないようだ。
まあ、自分が先程までしでかしていたことを考えると、この状況にも自然と納得できる自分がいた。
ここは本当に異世界のようだし、露出狂なるものが法で裁かれるのかとも思うが、そもそも法が存在しているかもわからない状態だ。
その意味でも命があっただけ物種かもしれない。
強いて言えば、同部屋にお仲間がいたらどうしたものかと考えてもみたが、その心配も杞憂に終わったようだった。
ここは一時的に閉じ込めておく簡易的な牢屋のようであり、上の判断次第で外に出れることもあるらしい。
もちろんその逆も然りで、そうなった場合さらに地下の牢獄にご案内とのことだ。
おーこわ。
それだけは御免被りたい。
では何故そんなことを俺が知っているかというと、それは今現在、分厚い鉄格子を隔てた先にいる青年が教えてくれたからだった。
その青年とは、俺をここまで連れてきた張本人にほかならない。
そいつは丸椅子に座り片足を組みながら話を続ける。
「んで、なにか事情があったのか知らないけどよ。なんであんなことしたワケ?」
…
「俺も連絡受けたときは、さすがに何かの冗談かと思ったぜ。本当だとしたら世の中には相当な奴がいたもんだとな」
…
「おい、聞いてんのかよ」
青年がこちらに聞き返してくる。
話が聞こえてないわけではないが、俺は敢えてそれに反応する様子を見せなかった。
「腹減ってただろうし、飯食うのはいいけど、人の話も聞けよなー」
…こやつ、聞き捨てならんこと言いよったな?
俺の両イヤーは聞き逃さなかったぞ。
いいか、ご飯の時間は神聖なものだ。
決して人の話を聞きながら、ましてや喋りながら行うなど言語道断。
まず、食材に感謝。
作ってくれた人に感謝。
これはたとえ異世界であっても道理は同じ。
しからば俺はそれを実践するのみなのだ。
しかしながら、また気絶させられても困る。
君の実力は知っているからな。
勝手に納得した俺は、何も聞かなかったことにして食事の続きを楽しむことにした。
「俺も時間ないんだよ。サラのやつから書類纏めろ纏めろってうるせーのなんのって……。
ん?まてよ」
明らかに話の途中だったはずだが、青年は突然話を区切り、何か考えるような仕草を見せた。
次の瞬間、はっと閃いたと言わんばかりの表情を浮かべる。
「いやいや、食事の時間に話しろっていうのも、おかしいよな〜!俺のことは気にせずゆっくり食べてくれたまえ。ゆっくりとな。はっはっは!」
…至極不自然な流れだ。
どうやらこいつは悪知恵を働かせたらしい。
そうに違いない。
だってそういう顔してるし。
どうせ俺に時間を割くことで、サラって人に書類仕事でも押し付ける気だろう。
そういえば、あの時に一緒にいた容赦ない系の美人がサラって人なのだろうか。
まあどちらにしても、食事を落ち着いて食べられるとはありがたい。
俺はお言葉に甘えて、異世界での初の食事を堪能することにした。
できれば牢獄では遠慮したかったが。
〜
食事の時間を十分に堪能した俺は、改めて青年と会話をすることにした。
彼の名はアイル=ノートリアス。
ここ、カッシフォード王国の第3騎士団隊長という役職であるとのこと。
こんなに若くして隊長とは、相当な実力者であることは間違いない。
そう言われてみると、人を一瞬で気絶させることができてもおかしくないのかもしれない。
もちろん、あっちの世界では無理な話なのは違いないのだが。
そして、先程も話に出てきたサラという女性が副隊長だということも教えてくれた。
ということはあの時、わざわざ俺の為に隊長、副隊長と出張ってくれていたのか。
随分と豪華なお出迎えではと感じた俺を、アイルはなにか察したようで、
「独立部隊だからみんな忙しくてな。たまたまだ」
と、補足していた。
一通りの話が済んだところで、改めて事情聴取に入る。
当然の話だが、アイルに俺が経験した事をそのまま伝えるのはリスクがある。
そもそもな話で理解できない可能性が高いと判断した俺は、すべてを記憶喪失という都合の良い言葉で片付ける強硬手段に打って出た。
我ながら無茶な話だと自覚していたが、アインは意外にもすんなり受け入れてくれた。
話がわかる男は好きだぜ。
やっぱりイケメンは嫌いだがな。
話が一段落すると、アイルは後ろで控えていた兵に指示を飛ばした。
それを聞き終えた兵は、はっ!と腰の入った敬礼をし、礼儀正しく部屋を出ていく。
脇に調書のようなものを抱えているところをみると、あらかた必要な情報は揃えられたのだろう。
「さあて、そろそろ俺も戻るか。これぐらいにしないといい加減サラのやつに愚痴られる」
そう言ったアイルは大きく伸びをし、片方の腕をぐるぐるといった様子で回している。
すでにこちらに背を向けている所を見ると、俺とのやりとりの時間は終わったようだ。
しかし俺は、そんな背中にどうしても気になっていたことを投げかけていた。
「とうして俺の言うことをすぐに信じてくれたんだ?」
自分で言うのもなんだが、怪しさ全開のヤツが言うことである。
ましてや隊長という立場なら、疑って然るべきであるはずだ。
俺でもわかるような事を、こいつが理解していないとは考えにくい。
アイルは背を向けたまま気怠そうに頭を掻いた後、そのまま声だけで返事をした。
「嘘をついてるやつはなんとなくわかるんだわ。目が違う」
そういうことらしい。
そんな能力を得るには、若いなりに様々な修羅場をくぐり抜けているのだろう。
一方、一般人代表の俺には嘘を見抜くなどできる気がしない。
よく考えたらめちゃくちゃ便利スキルだなと思う。
出来るものなら是非ともご教授願いたい。
「そういや兄ちゃんさ。これからどうするつもりだ?そのへんの記憶は戻ってきたのかよ」
改めてこちらに向き直ったアイルは、ちょうど両腕を組んだ格好で尋ねてくる。
「いや全く。正直、戻る気配もない。お手上げ状態」
記憶喪失というのがフェイクだとしても、異世界での今後の予定など未定も未定に決まっている。
お手上げ状態なのは事実なだけに、このときの俺はさぞ困った顔をしていたことだろう。
「ふーん…。まあ今日はとりあえずここにいてもらうぜ。夜のうちになにか思い出せるといいな。万が一思い出せなくても、心を強く持てよ、少年」
…少年だと?
こいつは34歳ミドルエイジに向かってなんてことをほざきやがるのだ。
お前の方が明らかに年下だろうに。
しかし、そこで重大な可能性を見落としていることに気づいた。
「なあ、悪いんだけどさ。もう一つだけどうしても確認したい事があるんだが」
「ん?いったいなんだってんだ」
〜
アインが出ていってから、何時間か経過していた。
「これからどうするよ…」
冷たい床に寝そべった俺は、誰に聞かせるわけでもなくそんな事を呟く。
これがホントの独り言ってやつか。
俺が現在いる牢屋は、非常に簡素な造りをしていた。
3畳程の広さの中に、用を足すトイレのみ。
どんな造りか確認してみると、仕組みとしては地面深く穴が空いているだけのものだった。
ああ、温かいお湯が出てくる水洗トイレが恋しい。
寝転びながら視線を上に向けてみると、小窓のようなものがある。
景色でも楽しめたら良いのだが、ちょうど視線を遮るように鉄格子があり、隙間からわずかに景色が見える程度のものだった。
それでも外気の冷たさや薄暗さを感じられ、時間の経過をしっかりと感じ取る事ができた。
しかし、これからのことなど考えなくてはならないことはあまりにも多い。
この世界で生きていくには、知らないことが多すぎる。
ここを出たら、まずこの世界について情報を集めなければと考えていたところで、疲れがピークを越えたのか、いつの間にか意識が途絶えていた。