続・昼下りの出来事
現在宿り木亭の店内は、異様な空気感に包まれていた。
きっと常連のお客さんたちも、巻き込まれるようにこの異常な空気を察知して、胃をキリキリさせていること請け合いだろう。
そんな中、この空気を作り出した張本人である店主のオッサンことラザルは、しまったとばかりに口を開いていた。
「おっといけねぇ。ガキ相手に少しやりすぎたか」
「そうだよ、お父さん!ほら、二人ともさっきからピクリとも動かなくなったじゃない」
俺は、そうだそうだ!やりすぎだぞ!
とガヤりたい気持ちを必死に抑えつける。
そのくらい目の前の二人が気の毒である事は間違いなかった。
「二人とも大丈夫??」
ミントちゃんは、ユッサユッサといった具合に二人の身体を揺らしていた。
「…はっ?」
二人が正気を取り戻したのは、殆ど同時のタイミングだった。
しかしまだ正確に事態を把握できていないようで、
「あれ?さっきまで綺麗なお花畑で遊んでいたはずなのに…」
「おかしい。俺は誰にも邪魔されず本を読んでいたはずだ…」
二人揃ってそんなちぐはぐな事を話しだす始末だ。
どうやらあまりの恐怖に、二人揃ってどこか違う世界に行ってしまっていたらしい。
無理もない。
本当に違う世界に飛ばされた俺が言うのだから、間違いない。
閑話休題。
改めてラルは、コホンと一度息を落ち着かせるようにして話し始めた。
「…まあ、金がないことはわかってくれたと思うんだけど、なにもこれから食い逃げしようってわけじゃないんだ。それだとただのダッセぇ悪党になっちまうよ」
「ほう。それで?」
オッサンは両腕を組むようにして、ラルの話の続きを促す。
しかしそんなラルは、次の瞬間誰しもが想像できない行動に出ていた。
それは芸術的なジャンピング土下座だった。
ラルは、ちょうど額を地面に強く押し付けた体勢で、叫ぶように声を上げる。
「オヤジ、どうか頼む!!ここでしばらく住み込みで働かせてくれないか!?」
「…なんだと?」
「カネがないのに飯を頼んじまった事は謝る!その分はちゃんと働いて返すようにするから!」
それはまさに、魂の叫びというやつだった。
その証拠にラルは、その無理な姿勢から一切動くこともなく、土下座を続けていた。
再び、辺りを静寂が支配する。
オッサンは表情一つ変えないことから、何を考えているのか感情を読み取ることは出来なかった。
そんな中で、最初に口を開いたのは意外な人物だった。
「…ねえ、お父さん。私前々からお願いしていたこと、あったよね?」
ミントちゃんはそれまでとは違った真剣な表情で、オッサンに向けて言葉を投げかけていた。
「お、おう…。こんな時になんだよ」
さすがのオッサンも、突然の事に動揺している様子が伺える。
「…これから話すことは、お父さんの娘としてではなく、この宿り木亭の経営を一任されている経営責任者の言葉として聞いてね。店長」
その顔つきは、先程までの可愛らしい表情がお似合いの人物とは、とても同一人物のものとは思えない。
それ程、精悍なものに変わっていた。
そんなミントちゃんは少し間をおいた後に、目を瞑り、すぅーと息を飲み込む仕草をみせた。
そして、ゆっくりと息を吐き出し終えたところで、ぱっと目を開く。
次の瞬間、それは始まった。
「まず、この宿り木亭において1番の問題点は、個人負担の大きさでした。これは、従業員二人のみでこの店の維持をしてきたわけですから、ある程度は仕方のない事だったとは思います。
しかし、有り難いことにお店は繁盛しており、資金は潤沢に整いつつあります。
このような状況下において、経営者としては今後の展開も視野に入れて、複数の出店なども考えたいところです。
そこで、私達の商売にとって最も重要な点となってくるのが、やはり人材確保。
いかに今二人が元気で働けているとしても、人間には限界というものが必ず存在します。
そして、疲労というものは本人達も気づかないうちに、確実に蓄積していくものなのです。また、そうでなくても回避できない突発的な病気や、怪我による人員欠如などの可能性も見落とせません。
しかし、店長は私の人員確保の提案に、簡単に頭を縦に振らなかった。人材というのは、それだけ慎重にならざる負えないということは事実としてあります。そこに妥協出来ないといった考えには、私にも同意出来る点もありました。
これについては、ソラさんとミラさんがウチにきてくれたことで、大きく改善できたと評価できると思います。しかし同時に、それだけではまだまだ充足していないことも実情です。例えば……」
ミントちゃんの演説は、まるで林檎のマークがトレードマークの会社の、伝説の起業家のスピーチであるかのような振る舞いだった。
それにしてもオッサンの様子といえば、娘の、いや経営責任者の言葉に、何も反論もできずただ辟易としているといった感じである。
まあ、ここまで理論建てて話をされてしまうと、例えオッサンでない大人であっても、殆どが反論出来ないのではないだろうか。
そして、それがまだ10歳前後の少女が行っているという事実は、誰にとっても驚愕であるはずたった。
「…と、いうわけです。何か質問、反論があれば受け付けますので、遠慮なくどうぞ」
「…う、うむ。なんだ。実は俺も同じ事を言おうとしていたところで…」
いや、実に格好悪いぞオッサン。
素直にミントちゃんを認めて楽になりなさい。
むしろそこまで立派な娘さんを持ったのだから、誇っていいくらいだと俺は思うぞ。
そんなことを考えていたところ、土下座を続けていたラルがようやく頭を上げたようだった。
「ということは、じゃあ…」
ラルの言葉を受けてオッサンは、コホンと一度咳払いをして、その動揺を切り替えるようにして答えた。
「採用だ」
「よっしゃああぁああああ!!」
両膝をついたままの状態で、上体を起こして身体全体で喜びを表現するラル。
「言っとくが、ウチは厳しいからな。覚悟しろよ」
「へへっ。そんなことは何も心配ないぜ。根性だけは誰にも負けないからな!」
ラルは鼻の下に人差し指を擦るようにして、そう返事をする。
ようやくこの場にいた客を含めた誰しもが、これで一件落着かと考え始めていた。
「じゃ、そういうわけだから、これから頑張れよ」
ラルはもう一人の少年の肩に、ポンッといったように手を置いた。
「は?」
突然の事にその少年は、まさに理解が追いかないといった様子を見せる。
そしてそれは、この場にいた全員の心の声であったかもしれない。
「は、はあぁああああぁああ!??」
店内に鳴り響く、まだ名前すら知らない少年の叫び声。
というわけで、ここ宿り木亭に新しい仲間が加わったことが決定した瞬間となったのだった。




