昼下がりの出来事
宿り木亭の午後の静かなティータイ厶。
そんな優雅なひとときを打ち破るように、店のドアが勢い良く開かれる。
いつもはカランカランと心地良い音色で客の来店を告げてくれるチャイムも、ガランガランと騒々しい音色に変わってしまっていた。
「邪魔するぜー!!」
「……」
バタバタと店内に入ってくる二人組。
いつもの少年は見慣れたものであったのだが、もう一人の方は初めてみる少年だった。
「おい、少年。いつも言っているが、普通に入ってくることはできないのか?」
「まあまあ、細かい事はいいじゃねーかソラ兄ちゃん。てか、いい加減俺には『ラル』っていう名前があんだから、そう呼べよってー」
ちょうど両腕を上げて首のあたりで組んだポーズを取りながら、ジトッとした目でこちらを睨む少年。
どうやら気を悪くさせてしまったらしい。
「悪い悪い」
すまんな少年。
これは癖みたいなもんで、直す気はさらさらないんだ。
「まあ、いいけどよー。そんなことより、今日は紹介したい奴がいてさ」
「……」
視線をもう一人の少年に向ける。
その少年は何も言葉を発さない代わりに、明らかな仏頂面をぶら下げていた。
ぱっと見た外見からは、ラルと身長も同じくらいであり、歳も同じくらいである。
上下ボロボロの服を身に着けていることから、ラルがいるスラム街の出身であることが予測できる。
また、ボサボサのまま無造作に伸びてしまった金髪は、両目を覆うか覆わないかという程の長さになっていた。
前髪の間からは、こちらを品定めするかのような鋭い視線が伺える。
少なくてもその事で、年齢以上の知性を感じさせていた。
「ほら、お前からもなんか言えよ」
ラルがその少年を脇で小突くようにする。
「別に、てめぇに頼まれたからきたわけじゃねえ!ここに食い物があるって聞いたから、仕方なく来ただけだ!」
その少年は、ラルに向かってそんな乱暴な言葉遣いを披露した。
「おっ、そういやそうだったな。てなわけで、これから飯を注文させてもらうぜ」
そう言ったラルに、ミントちゃんがすぐに反応する。
「うんわかった。二人共、こっち座ってね」
ミントちゃんに促され、二人は席へと案内される。
その後の二人のやり取りといえば、ラルが一方的に色々と話している事を、もう一方の少年が不機嫌そうに聞いているだけのようだった。
それにしても、二人はどういう関係なのかと疑問に感じる。
まあ俺みたいな部外者があれこれ詮索したところで、それに何か意味があるわけではない。
とりあえず、オッサンから下された店内を隅から隅まで余すことなくキレイにしろという命令を、渋々と実践する俺であった。
〜
「かぁー食った食った!ごっそーさん!!美味かった〜」
ラルは目の前に出された食事を全て平らげた後、自分の腹をポンポンと叩きながら声を上げていた。
もう一方の少年の方も出された食事を一通り食べ終わったようで、既に皿は空っぽになっている。
その表情は相変わらずの仏頂面だったが、その中にも少し満足気な様子が伺えた。
「ふふん。満足して頂けたようだな?」
俺は二人の食器を片付けに来たついでに、両腕を組んで堂々と言い放つ。
なぜならそれだけこの店の料理には自信を持っていたし、俺の師匠がそこいらの料理人に負けるはずがないと確信を持っていたからだ。
「…なんでてめぇが偉そうにしてんだよ」
そんな予期せぬ声の襲来とともに、頭のてっぺんあたりに突然衝撃が走る。
「いでぇっ!つつつ…」
頭を抑えながら、思わずその場にしゃがみ込んでしまう俺。
どうやらオッサンに軽く頭を小突かれたようだ。
全然ノーマークだったが、オッサンはいつの間にかここまで来ていたらしい。
「はは!ソラ兄ちゃんだっせー」
ラルはこちらをみて指をさしながら笑っている。
おいこら少年。
お前だって似たような目にあったことを俺は覚えているぞ。
しかし、そんな事を改めて口にするのも恥ずかしい思いがしたので、胸に秘めておくことにした。
「んで、なにかあったのか?ミントのやつに呼ばれたからきたんだがよ」
オッサンはそう言って、横にいるミントちゃんに視線を投げかけた。
その場の皆の視線がミントちゃんに集まる。
「うんお父さん。ラル君がね、お話したいことがあるんだって」
「ほう。おいラル、なんか用なのか?」
「へへっ。実はな…」
今度は皆の視線がラルに集まって行く。
ラルは何を思ったのか、その場に立ち上がる。
その後、皆の視線を十分に引ききったラルは、片手を胸の前にギュッと握り締め、口を開いた。
「カネがないんだ!」
何を言い出すかと思えば、そんな事を突然宣言するラル。
その表情といえば、言い切ってやったと満足気な気持ちに満ち溢れているようにしか見えない。
しかし、その内容がとてつもなく情けないものであることに、果たして彼は気づいているのだろうか。
そして、当然のように辺りがシーンと静寂に包まれていた。
そんな静寂を打ち破ってみせたのは、何を隠そう目の前に座っていたもう一人の少年だった。
「……げほっげほっ!!て、てめぇ正気か!!?ここの勘定は任せておけとか言ってやがったじゃねぇか!?」
あまりの驚きに、その少年は飲んでいた水を盛大に喉に詰まらせてしまったようだ。
ああ、可哀想に。
「…そんなこと言ったか?」
「言ったっつーの!頭の中どうかしてんのかてめぇ!」
二人のテンポの良い掛け合いに、喧嘩しているというより新手の漫才師かなにかかと勘違いしてしまいそうになる。
その証拠に、ミントちゃんはその二人の様子を、聖母様のような優しい微笑みで見守っていた。
正直、俺の知っている神様よりよっぽどそれらしいと思う。
「…おい、てめーら」
そんな緩みそうになった空気を、一瞬で凍りつかせる野太い声が響く。
それはまるで、決して起こしてはいけない眠れる獅子を、ぶん殴って起こしてしまった時のような緊張感だった。
さすがの二人もそれを受けて一瞬にしていざこざを辞めたようで、二人揃って青白い表情を浮かべ黙ってしまう。
威圧感をより増した様相のオッサンが、追い打ちをかけるように言葉を続ける。
「金がないことはわかった。それで、わざわざ俺をここに呼んでその事を告げたということは…俺に喧嘩を売っていると捉えてもいいんだな?」
うわぁ…。
怖いよぉ…おしっこチビッちゃうよぉ…。
あまりの恐怖に一時的な幼児退行を引き起こした俺だった。
それにしても傍から聞いている俺がこのザマだ。
当事者の二人はいったいどうなっているのだろうと二人に視線を向けてみる。
…ああ、あかん。
二人揃って仲良くフリーズしている。
この魔法はいったいどれ位で解けてくれるものなのか、全くもって予想もつかない俺だった。




