もう一人の新入り
そんなミントちゃんとのやり取りの後の事だった。
カランカランと店のドアが開く音がする。
どうやら新しいお客様が来られたようで、ここ宿り木亭で働くもう一人の接客担当がそれに対応していた。
「……しゃせー」
その接客といえば、お客様を迎えるには明らかに声量が足りておらず、声にも張りがなかった。
しかもその表情は、傍から見れば無表情といっていい。
正直、これでは接客においてあるまじき態度だった。
勤務態度に難ありと店長に叱られるレベルである。
お客さんが席に着いたところで、その店員は注文を取りに近づく。
「…注文は?」
「えっと、スィールを氷なしで…」
席に案内された客も、なぜかソワソワしている様子で、その店員の方にチラチラと視線を送っている。
「…」
注文をとったその店員は、返事もせず無言で厨房に向かう。
ドリンクのみの注文ということで、すぐに客のもとに戻ってきたその店員は、客の前にスィールを丁寧に置いた。
「ごゆっくり」
少し頭を下げたその店員はすぐにその場から去ろうとしていた。
「あ、あの!」
お客さんは、それを遮るように店員を呼び止める。
「…?」
首を横に傾ける店員。
その表情は無表情の中にも不思議そうにしている様子が伺えた。
「…好きな食べ物はなんですか?」
「……」
考えこんでしまう店員。
暫くして、はっと何か思いついたように顔をあげた。
「…美味しいものなら全て」
客がまばらであるはずの店内が、おおっ!?といった具合にざわめきたっていた。
「おい、あのミラちゃんが、無視せずにあんなにも普通の事を…」
「なんていう成長だ…感動した…」
「あの野郎、みんなのミラちゃんと仲良くしようなんて百年早いんだよ…やっちまうか?」
…
何を隠そう、その店員とはミラに他ならなかった。
『未知の大陸に咲く無垢な原石』
これが先程にもあった会議での、ミラに与えられた二つ名だ。
これについては、もはや何を言いたいのかわからなくなっていると思う。
というか、いちいち二つ名にする意味がわからない。
それにしても、ミラが働き始めた時にはどうなる事かと思ったものだった。
それ程までに、ここまでの道のりは前途多難すぎたのだ。
〜〜
話は遡ること、この宿り木亭に到着した翌日。
外もまだ薄暗い朝方に起こされた俺とミラは、今後のこの店での仕事についてオッサンに話を聞いていた。
「おい、お前は接客担当だ。面倒はミントにみてもらえ。頼んだぞミント」
「うん。任せといて。ミラさん、よろしくお願いします」
「…」
まるでそれが自分の話だとはわかっていないかのような、静けさを放っているミラ。
「…おいおい、本当に大丈夫なんだろうな?」
オッサンが心配そうに呟く。
それも無理はない。
正直、俺にしてみたら不安しかなかった。
ミラがこういう奴というのは、そりゃあもう痛い程痛感している俺である。
しかし、今回はどうやらオッサンの愛娘であるミントちゃんの強い推薦もあって、そういうことになったようだった。
「大丈夫だよ、お父さん。ミラさんならしっかり出来るようになるから。私が保証するよ」
「まあ、ミントがそこまで言うのなら、俺はいいんだけどよ…」
「…」
そんなわけで、晴れて接客デビューを飾ったミラだったわけだが、それはもう伝説に残るデビューを飾ることになる。
基本的に、人の話を聴いても無表情の上に、返事もせずに無言で黙々とそれをこなすのみ。
それを果たして接客といえるのか。
つまり、与えられた命令を機械のようにこなしていくだけの、人形と化していたのだった。
〜〜
たしかにあれからの成長は著しいものがあるのかも知れない。
それもこれも、ミントちゃんの献身的なサポートがあってこその賜物だったのだろう。
まあ本人の努力もあったのかもしれないが、そこに関しては正直良くわからなかったのが本音だった。
しかし、どこの世界でも物好きはいるようだ。
向こうの世界で言う『塩対応』が、この世界でもたしかに需要がある事に驚きがあった。
なぜなら、ミラが接客をして明らかに無視をされたり無下にされたりしても、相変わらず通い続けている客が一定数存在しているという事実がある。
先程までミラに接客を受けていた客もそんな客の一人で、
「……もっと、もっと冷たくしてくれても、いいんだ…」
彼は何かを噛み締めながら、そんなことを呟いている。
俺にはもはやレベルが高すぎてついていけない世界だった。




