長い1日の終わりに
はれて異世界で職を得る事ができた俺は、早速オッサンの仕込みを手伝うべく、ひたすら水を汲んでは運びこむという大役を仰せつかっていた。
こういう作業をしてみると、改めて向こうの世界は恵まれていた事に気付かされる。
きっと、今後もこんなふうにして色々な違いなどに直面し、その都度適用していくのだろう。
そして、それが異世界で暮らしていくということなんだろうと、勝手に納得していた俺だった。
「おう、それくらいでいいぞ。わかってると思うが、覚えることは山程ある。まず、お前には厨房の仕事を仕込むつもりだから、覚悟しておけよ。まあ、1秒でも早く一人前になるよう、死ぬ気で働け」
「へい!おやっさん!」
「返事だけはいっちょ前にしやがって。朝も早いからさっさと寝ちまえ」
「わかりやした!」
そんなやり取りがあった後、俺はさっそく天井裏に割り当てられた部屋に向かうことにした。
「おおっ、ここが我が城か。悪くはないぞ。はっはっは」
簡易的な敷き布団に転がり、そんなことを呟く俺。
よく考えれば賃貸もいいところだが、それは気分の問題である。
しかし、ここのところ野営ばかりの身の上だった為、ここは贅沢極まりないと言っていいのではないか。
改めてだが、美味い飯が食えて、安全なところで寝るなんて、なんて幸せな事なんだろう。
そうやってひとしきり感動を堪能したところで、部屋の中を見渡してみると、先程オッサンにお願いをしておいた物を見つけた。
「よし。ではさっそく…」
袖を通してみると、サイズもちょうどいい。
お願いしていたものとは、ズバリ洋服のことだった。
少しずつ覆う部分を増やしていたとはいえ、いまだに野生児のような格好だった俺なのだが、これでようやく卒業できるわけだ。
グッバイ裸体生活。
ようこそ洋服のある普通の生活。
うむ。これでひとまず、衣食住の問題はクリアといっていいんじゃないか。
ここまでだいぶ苦労してきたが、ようやく一段落つけた思いがした。
さて、オッサンの言っていた通り、明日の朝は早くに起きなきゃいけない。
疲れも溜まっているし、さっさと寝るのが一番なのだが…。
そこでふと、なんとなくミラのことが気になった。
寝る前に、今後の事など少し話がしたい気分だ。
たしかあいつはミントちゃんと相部屋にしてもらっていたはずだ。
しかし、ここで素直に会いに行こうものなら、オッサンに殺されるのが目に見えている。ではどうするべきなのかと悩んでいたところ、部屋の一角からコンコンといったように物音がしていることに気が付いた。
音の方に近づいてみると、壁にむかって、ちょうど窓のような木枠が組まれていた。
そこの下部にグッと力を加え、押し出すようにしてみる。
予想通り、やはり開閉式になっているようで、ガコッという音と共に上部に開いたようだった。
ゆっくりと上部まで扉を開ききったところで、反応がある。
「あいたっ」
何かに接触した感触と、聞き慣れた声が聴こえた。
なにかの気のせいという可能性もあるので、念の為声をかけてみることにする。
「まさか、ミラか?そこにいるのか?」
「…」
返事はないが、たしかに人の気配がある。
おそらくミラのやつに間違いないとは思うんだが、はてさて。
とりあえず、屋根上に出る方法を模索してみることにする俺だった。