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俺の異世界転生が完全にやっている件  作者: 箸乃やすめ
一章 俺の異世界転生は情けない
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ミラ


突然彼女の腹の虫が盛大に鳴り出したもんだから、徐々に食べ物にも挑戦していってはどうかと考えた俺は、事前に準備をしていた果実を持ったまま固まってしまっていた。


まだ顎が上手く動くかわからないことだし、あまり無理しないほうがいいのではという気もする。


うーんどうしよう。

せめてすりおろしたりできたらな。


俺がそんなふうにしてあれこれと頭を悩ませている間も、彼女は俺の持つ果実をじーっと見つめていたようだった。


しかし次の瞬間、驚くべき事態が起きた。


彼女は何を思ったのかその口を勢い良く開き、果実に噛み付いていた。


あまりの突然さとその動作の速さに、何が起こったのか理解が追いつかない俺である。


…てかあれ?おかしいな?

この人死にそうなんじゃなかったっけ?


「…甘いけど苦い」


モッシャモッシャと咀嚼しながら顔をしかめる彼女。

とりあえず予想以上に元気があるらしい。

いや、驚くからそういうのやめてくれって感情はこの際置いておく。


「ま、とりあえずこれで…一安心…だな…………」


ここまでの彼女の様子ですっかり気が抜けてしまった俺は、それまでの極限状態で無理をさせていた身体にツケを支払うとばかりに、そのまま気を失ったのだった。



それから数日が経過し、彼女の身体は順調に回復していった。

というか、あっという間に回復していた。


今ではしっかり自分で立つこともでき、身体もほとんど動かせるようになっている。

これだけ聞くと、あれだけ衰弱していた筈なのにという疑問が当然のように湧いてくるが、その驚くべき理由にもなんとなく思い当たる節があった。


きっとこの世界には、やはり回復魔法のようなものがあるのではないか。

でないと、俺が一日にしてボロボロの状態から復活した理由に説明がつかない。

まあ、彼女がそれをやってくれたという確証はないのだが、それを今更聞くのもなんだかなと思った次第だ。


また驚きだったのは、彼女は元気になった途端に、俺が取ってきた多量の食料を食べ尽くしてしまった。

…こやつ、もしかしなくても大食いキャラなのかもしれない。


さて食料も尽きたことだし、もうこれ以上ここに留まっている理由はないように思う。

移動していくことも含めて、今後の事を彼女に相談しようと考えていた俺だった。


と、その前にといったように、ふと気になっていることを尋ねてみる。


「なあ、そういえば名前とか聞いてもいいのか?」


「ミラ」


あっさりと教えてくれた。

しかし、無表情が板についているのは相変わらずである。


「そっか、ミラ。教えてくれてありがとな」


「…そっちは?」


改めて聞かれてようやく気づく。

まず名前を相手に尋ねるなら、自分から名乗らなくては失礼に当たるものだ。


そんな基本的な事すら出来ないとは、なんとも情けない。

母ちゃんが知ったら嘆くに違いなかった。

心の中で出来の悪い息子でごめんよと謝っておくことにする。


しかし、ここでさらに追い打ちをかけるように重大な事実にも気づいた。

俺ってば、こっちの世界で名前無くね?


「えっと、実は俺ってば記憶喪失で名前とか全く思い出せなくてな。いやー困った困った。ははは…」


我ながら苦し紛れに無茶苦茶な事を言っているのを自覚する。

こんな都合の良い話、まるで説得力がないのが丸わかりだった。


しかし、言ってしまったことは仕方がない。

せめてミラに怪しまれない事を祈るのみだ。

俺は内心ヒヤヒヤしているのを隠しながら、平気な顔を装うようにしていた。


「…」


そんな明らかに不自然な様子の俺を、無言で見つめているミラ。

その様子は少し訝しんでいるようにも見えて、俺は内心でさらに焦っていた。


しばらくするとミラは両腕を組み、目を閉じて、うーん、うーんと唸りながら、何かを悩みだしたように見えた。


おいおい、マズイぞ。

完全に疑われているだろこれ。

大ピンチってやつじゃないのか。


そんな彼女の様子を固唾を呑んで見守っていたのだが、ついにミラは閉じていた目をカッと見開き、口を開いた。


「私が、名前を考えといてやる」


やだなにこのイケメン。

俺の乾ききった心に染みわたる超イケメン心。


いかん、男の子なのに泣いちゃうかもしれない。

だってこの娘ったら俺を励まそうとしてくれている。

その証拠に、「大丈夫だ、元気出せよ」って顔をしている。


いや、相変わらず無表情だけど。

きっとしているはずだ。たぶん。


そんなミラに対して、俺は精一杯の言葉を振り絞った。


「頼んだ」


「任されよう」


そんなやり取りがあった後、ようやく本題について話すこととなったのだった。


「でさ、これからの事なんだけど。ミラはなんかやりたい事とか目的とかあるか?まあ、こんな状況だったわけだから、言いたくなかったら無理に言わなくてもいいぞ」


「別に気にしないでいい。やりたい事は特にない。

……いや、ある」


ミラの顔が若干引き締まった気がした。

こいつはいよいよ異世界で魔王とか討伐しに行っちゃう展開か?と、俺は少し身構えてみる。


「ほほう、聞こうか」


「美味しい…」


「うん、その先は知ってるから言わなくていいです」


どうやら、とにかく美味しいものを食わせてくれということらしかった。

まあ考えてみれば、ミラが意識を失いかけている時にそういう約束もしたことだしな。


「提案なんだけど、暫く一緒に行動するのはどうだ?美味しいものが食べたいというのは十分に理解したし、もちろん協力もする。というか記憶喪失の俺には、仲間がいると非常に心強いんだが。どうだろう?」


俺はさらっと何事もないように提案してみる。

しかし内心は心臓の鼓動が高まる程、ド緊張していたのだった。


だって、断られたらどうしよう。

立ち直れないかもしれない。


そもそも、女子にこんなお誘いをする自体、前世では考えられなかったわけだ。

34歳独身男性のメンタル舐めんなと誰かに言いたい。


「…」


ミラからは暫く返事がなかった。

ただでさえ無表情なので、何を考えているかまったくわからない。


しかし、こんな男と一緒に行動するなんて嫌だよな。

考えてみれば裸体がファーストコンタクトだったわけだし、情けないところしかみせていないし…。

そうやって勝手に自暴自棄に陥りかけていた所、ミラがさも不思議そうに呟いた。


「そのつもりだけど。なにか問題でも?」


「…は、はは。いや別に」


内心でガッツポーズを決めて喜ぶ、恥ずかしい俺なのだった。


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