依頼
森の奥にある小さな屋敷。
王国でも僅かな者しか知らない場所。
鬱蒼とした森の中にひっそりと建てられた屋敷の周囲には兵士が配置され、厳重な警備が敷かれている。
そこに一台の馬車が訪れる。
馬車からは身なりの良い女が下りて来る。
美しいドレス姿ではあるが、顔を仮面が覆っていた。
同じく仮面をした執事を伴い、彼女は屋敷へと入る。
屋敷の中は豪奢な雰囲気であり、従者を連れた男が彼女を迎え入れる。
「ようこそ・・・姫」
そう挨拶をされて、女も丁寧に挨拶をする。
「お久しぶりね・・・ワット卿」
「歓迎の準備は出来ております」
「そう」
ワット卿と呼ばれた紳士は仮面の女を屋敷内に案内する。
限られた従者達。
それなりに豪奢な造りの屋敷内はひっそりとしていた。
ガランとした広い空間にポツンと置かれたテーブルセット。
ワット卿と仮面の女は向かい合わせに座る。
最初に口を開いたのは仮面の女だった。
「それで・・・何の用件ですか?」
「はい。実は姫様に殺害して貰いたい者が居まして」
ワット卿の言葉に仮面の女は少し笑う。
「私に殺してほしい?」
「はい・・・姫様の噂はお聞きしております」
「彼方此方で人を殺して回っている事かしら?」
笑みを浮かべながら答えるとワット卿も苦笑いを浮かべる。
「左様です。街では娼婦やゴロツキが次々と殺され、先王の呪いだとか」
「あながち間違いじゃないわね」
「あなたの出自に関してはあくまでも噂ですので・・・」
やはりワット卿は苦笑いをする。
「それで・・・普通の貴族は私に関わり合いたくないはずだけど」
「そうですね。私も出来れば・・・いや、失礼しました」
「気にしないで・・・慣れてるわ」
「左様ですか。お頼みしたい事がありまして」
「へぇ・・・まともな話じゃないわね」
「はい。あなたにしかお頼みが出来ません」
「殺しかしら・・・それもかなり厄介な?」
「察しがよろしいですね。実は少々、私事で厄介な案件がありまして」
ワット卿は一通の手紙を女に渡した。
「私の部下からの手紙です。商売の為にスペインに居まして」
「ふーん・・・」
女は手紙を封筒から取り出し、読み始める。
「文が汚いわね。もっと教育した方が良いわよ」
「申し訳ない。下賤の者なので」
手紙を読み終えた女は手紙をワット卿に投げつける。
「なるほど・・・仕入れ先を流民の商人に奪われたと」
女の言葉にワット卿は少し顔色を悪くする。
「はい・・・忌々しい連中です」
「忌々しい・・・まぁ・・・商売の才覚じゃ、勝ち目は無いわね」
「はっきりとおっしゃいますな」
「それで・・・この商人を殺して欲しいの?別に私じゃなくても良いと思うけど」
「いえ・・・ヤツの後ろにはフランスの貴族が居るので・・・安易に手が出せないのです」
「フランスの貴族・・・むしろ、それって、本当に私じゃダメなヤツじゃない」
「ははは・・・姫様は存在しないお方じゃないですか」
「なるほど・・・成功しても失敗しても亡霊は裁かれないか・・・」
その言葉にワット卿は笑みを浮かべているだけだった。
「それで・・・必要な情報はあるでしょうね?何も無しで何かをさせようとか思ってないでしょう?」
「無論であります。奴らは商隊を組んで、こちらに向かっています。こちらが予想される経路と行程であります。手の者を偵察させておりますので、逐一、情報をお持ちします」
「殺すのはこいつだけ?」
「出来れば家族皆殺しで」
「そうね。それが一番ね。家族と共に行動しているの?」
「左様です。奴らは流民ですから」
「解ったわ。それで・・・あなたはわたしに何をしてくれるのかしら?」
ワット卿はゴクリと息を飲む。
「もちろん・・・ご用意しております。あなた様を支持する事の盟約を示す契約書です」
「ふふふ。下手をすれば・・・この国を二分するわよ?」
「覚悟の上でございます。あなた様を支持する事も賭けですから」
「わかったわ。・・・・だけど、裏切ったら・・・解ってるわね」
女の瞳が僅かに色が変わったようにワット卿には思えた。それで彼は一瞬、身震いをする。
「も、もちろんでござます」
その姿を見て、女は席を立ち、扉から出て行った。