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殺人姫  作者: エムポチ
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はじまりの殺意

 1905年のバイエルン王国。

 バイエルン王オットー1世の治世ではあったが、狂王と呼ばれた彼はすでに亡くなっている先王のルートヴィヒ2世と同様に精神的な病気であった。その為、政治は全て、執政であるルートヴィヒ3世が行っていた。先王による国費の無駄遣いと呼ばれる多くの事柄あったにも関わらず、王都であるミュンヘンの発展に伴い、国は堅実に成長していた。

 

 湖上の島に建てられたヘレンキームゼー城。

 ルートヴィヒ2世によって、ヴェルサイユ宮殿を模して造られた城である。

 とても豪奢で、元のヴェルサイユ宮殿さえも凌いでいた。

 とても豪奢に造られた城であったが、主を失って、長らく、放置されいる。

 王国の殆どの臣下はそう思っていた。

 ただでさえ、ルートヴィヒ2世が建設した城は幾つもあり、その多くは使い勝手の悪い場所ばかりにあった。ヘレンキームゼー城もそうであった。その為、ここを訪れる者など誰も居なかった。

 だが、そんな城にも使用人は居て、兵も置かれていた。

 常に美しい状態が維持された城。

 その為に垂れ流される国費を思えば、これがどれだけ無駄な事だろうと思う。

 しかしながら、ここは主を失って、忘れ去られた城では無く、主の存在する城なのだ。

 新しい主は光り輝くブロンドの髪を背中まで垂らし、頭に宝石の輝くティアラを載せた絶世の美女と呼んでも差し支えの無い程の美しい美女であった。引き締まった四肢に均整の取れた身体を覆い隠す真っ赤なドレス。吸い込まれそうな程に深い青色の瞳で彼女はカップに注がれた紅茶を眺める。

 優雅な仕草でカップを口に運ぶ。香る匂いを楽しみながら紅茶を口に含む。そして、彼女はゴクリと飲み込んだ。それから徐に傍に立つ老齢の執事を見た。

 「退屈ね」

 その一言に執事は軽く頭を下げる。

 「左様ですか」

 そう答えられ、女は微かに笑う。

 「えぇ・・・こんな湖に囲まれた城で幽閉された身だと酷く退屈で仕方が無いわ」

 「左様ですか」

 「何か面白い事はないかしら?」

 「申し訳ありません。こんな老いぼれではなかなか面白い事など思い付きもしません」

 執事は深々と頭を下げる。

 「マイヤーが謝る必要は無いわ。元はと言えば、摂政が悪いのよ」

 「姫様、お止めください。仮にも父親を悪く言うのは」

 「父親ね・・・面白い冗談・・・」

 「冗談ではございません」

 執事の顔色を窺った女はつまらなそうにそっぽを向く。


 彼女の名前はディートリンデ・マリー・ヨーゼファ。

 ルートヴィヒ2世の子女である。今年で17歳となるが、この歳になるまで、彼女はこの城から出た事は無い。彼女は生まれながらにして、幽閉されているのだ。その理由を知る者はルートヴィヒ2世以外に僅かな者だけである。因みに彼女の存在自体、秘匿されており、ここの使用人や兵も同様に秘匿されている。その為、ここの実態を知る者もやはり、国中を探しても数少ないのであった。 


 マリーは退屈をしていた。

 17年間、身体を鍛え、本を読み、お茶をする。その繰り返しだけだ。

 物心つく前から城からの外出を禁じられ、この城の使用人以外、誰とも会ってはいない。それが父とされるルートヴィヒ2世とでもある。

 何故、自分が軟禁されないといけないのか?

 そんな疑問が浮かぶ。だが、それまでだった。

 幾ら不満を抱えようと、それを誰かにぶち撒けようと、この生活に変化など無い。

 いつまでも幽閉され、ここで死ぬまで過ごすしか無いのだ。

 確かに貴族としての扱いを受けている。それに不満は無い。ここに居る使用人は全てがマリーの言うがままに動く。別に街に出る事を阻害されているわけじゃない。しかしながら、自分がルートヴィヒ2世の娘である事を口にする事。誰かに知られる事は厳に禁じられている。もし、下賤の者がそれを知れば、密かに殺されるし、それなりの身分の者であっても我が身を案じなければならなくなる。

 それほどにマリーの存在はこの国にとって、禍とも思われる程に秘匿されているのだ。

 

 ある日、マリーは夜の寝室に侍女を呼んだ。

 ここの使用人は全て、城内にて生活をし、必要とあれば、いついかなる時もマリーの元に訪れる。

 「姫様、ご用件は何でございますか?」

 侍女はマリーと同い年のあどけない少女である。左程、美女では無いが、清楚な感じがした。

 「あぁ、ロッテ。そこに座りなさい」

 「はい」

 マリーに命じられれば、素直に従う。そう幼い頃から訓練されているから彼女は何の疑問も抱かず、椅子に腰掛けた。

 「ロッテ・・・あなたは神を信じますか?」

 マリーは聖書を片手に彼女にそう尋ねる。ロッテは祈るように右手で胸を抑えて答える。

 「神ですか・・・当然です。私が今、こうして、生きていられるのも神の御加護があるからこそ」

 「そう。あなたは神によって生かされているのね?」

 マリーは意地悪そうに尋ねる。それにもロッテは素直に答える。

 「左様です。私の命は神の御手にあります」

 「生きるも死ぬも神次第・・・そう、神は人の命を自由にするわね」

 マリーは聖書をロッテの脇に置かれた机の上に置く。そして、自身はロッテの背後に回り込んだ。

 「ねぇ・・・ロッテ。人の生死を自由に出来る存在があるとしたら・・・それは神かしら?」

 その問い掛けに一瞬、ロッテは背筋を凍らせる。言葉はすぐに出ず、沈黙がランプの灯りのみの薄暗い室内に漂う。

 「さ、さぁ・・・人の生死を自由に出来るというのがどういう事か・・・」

 ロッテは何とか言葉を絞り出した。それを聞いたマリーは微かに笑みを浮かべる。だが、それをロッテが知る由も無い。

 「私は神になるわ」

 マリーはそう告げた。その言葉にロッテは恐怖の余り、ビクンと身体を震わせるだけで何も言えなかった。ただ、漂う冷たい空気が身体の自由を奪ったようにも思えた。

 刹那、彼女の首に何かが通り過ぎた。

 突然、首に痛みが走ったと同時に息が出来なくなる。気付けば、首から血が噴き出している事に気付く。首が鋭利な刃物によって、切られてしまったのだ。それに気付いたロッテだが、すでに声も出せず、身体の力も入らず、椅子から転げ落ちるだけだった。

 最期に見た光景はナイフを持って、見下ろすマリーの姿だった。

 ルージュの口紅を塗った唇がまるで慈愛に満ちたマリア様のように穏やかな笑みを浮かべた彼女を見つめたまま、マリーの意識は途絶えた。

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